回転因果(仮題)

や劇帖

回転因果

 ショッピングモールの一階、吹き抜けになっている広場に血肉の塊が咲いた。

 挙動不審な男が、家族連れの幼い子供を三階から投げ捨てた。一瞬のことだった。一階の客に二次被害が出なかったのが奇跡ですらあった。

 そして﹅﹅﹅



 ◆◆


 ……はい、お願いします。

 今までのこと、これからのことも感謝しています、ありがとうございます。せっかくの好意を台無しにして、自分から全部駄目にしてしまうかもしれないのもわかっています。それはお母さんたちとも話し合いました。たとえ本物じゃなくても、このまま、延長戦の人生を送るのもいいんじゃないかって。

 でも、私は戦おうと思う。正直すごく馬鹿な思いつきだし、戦うとか大げさだけど。でも、やれるみたいなので、やります。

 とりあえず……50kgくらい? 目指そうと思ってるけど……足りないかな、相手が興奮状態だったらあまり効果ないかもしれない。どう思いますか? あー、答えにくいかもだけど、率直な意見を聞きたいです。……あっ、女子平均ってそんななんですね。大して重くないんだ。わあーなんか恥ずかしいな、もの知らないのがバレちゃう。あっいえいえ、話ずれたとか全然、構わないです、なんかすみません。

 うーん、じゃあマシマシで70。70kgで。あとは背がどれくらい伸びるか……うん、そうですよね、身長大事。まあ駄目なら横に行くだけですけどね。うち、家族皆ちっさいんです。ハハハ。

 元気にもりもり育ちますよ。

 それと、リミットギリギリまでちゃんとするって約束しました。うまく行っても行かなくても、延長時間の中身を大事にしないと、他の皆に申し訳ないです。私の都合で切っちゃうわけで。あっそうだ、私以外の人たちって、どうなってるんですか? 親とか、友達も、その、自由意志みたいなやつがあるのか、それとも……。…………。……分かりました。最後まで行きます。絶対に行きます。

 あの野郎に一発食らわせてやります。食らわせてやってください。元気に育った私を喰らえ。



 ◇◇



 ショッピングモールの三階、女児を吹き抜けから投げ捨てようとした男が急にその場に崩れ落ちた。

 女児を持ち上げた瞬間、その重さに耐えられないといった風にいきなり手元からバランスを崩し、床に転げるように倒れた。周囲の客は後にそう証言する。

 男は、女児の父親と近くにいた男性客、警備員らによって取り押さえられた。



 ……ここに来てようやく私は一息ついた。全ては頭上、三階での出来事であり、遠目にしか確認はできないが、当該女児が降ってこなかったことが答え合わせになる。

加賀倉かがくらさん、お疲れっしたー」

 弓永ゆみながが軽く手を振りながらこちらに向かってくる。

「すまなかったな、急なことで」

「お構いなく。過去にぶん投げるだけならまあ楽ですし。その分責任持てないんですけどね」

 博打ですよねえ、と言いながら弓永は休憩ベンチの隣に座った。

「昔は土地ごとめくって﹅﹅﹅﹅改変とかしてたんですよね。よくも日和ひよりましたね僕ら」

「実際厄介だからな。その割に今回みたいなケースは流されるから、結局は規模や影響の大小によるんだろう。何にせよ、めくって﹅﹅﹅﹅の改変は無しだ。やるなよ?」

「しませんよ」と笑う弓永の目は笑いきれていない。早晩やるかもしれない。



 仮想圧縮時空による《生存if》は、不意の無念の死に寄り添う擬似人生であり、擬態種によって自動的に展開する。

 死者の連続した自我が担保される理屈は圧縮時空を展開する当事者ですら把握していないが、任意の空間をめくる﹅﹅﹅――ループ構造の閉鎖空間化する――かつての特性によるらしい。過去に遡らず、未来に向かう仮想の空間を取り扱うのが現在のあり方になる。共に時間の流れは速い。

 今回はこの《生存if》を途中で強制解除、過去に遡及し、男が女児を持ち上げた瞬間に《生存if》の中核、すなわち成長した女児、の体重71kgを当該女児に着地させた。女児自身への直接の影響はオミットした。あくまでも一時的な、男への重量負荷となる。

 過去への遡及もめくりからの派生的なもので制約が多く、オペレートもほぼ不可能だ。介入を最小限かつ最大枠まで利用するために体重のみを遡らせた。それでも五分。ギリギリではあった。圧縮時空にして十五年、もう少し少なかったか。

「正直言うと、皆よく受け入れてるよな、こんなクソみたいな結末をさあって思うことが多いから、今回は割とねえ、にやにやしてるんすよ。あっいや、めくりませんよ? さすがに?」

「すまんな」

「えっ、いやえーっと」

 露骨に目を泳がせる弓永に、ため息が出そうになるのをこらえた。

 ただでさえ経緯が経緯だ。擬態種の性格気質によっては死者に引きずられかねない。



 どういう経緯でばれたのか、に関しては弓永は特に引っかかりもなく素直に吐いた。

「やっぱねえ、真面目にやると情報さばききれないんですよ。ダイジェストで夢みたいに走馬灯っぽくふわっと流して丸めるのがいいんだけど、今回の子はまだちっこかったからある程度詰めにいった方がいいかなと思って、その過程でしくじりました」

 めくっていた時代は一度踏襲した既存の過去をなぞればいい。核の人間の動向に応対してれば事足りたし、半自動的に対処もできた。そこから改変に至るわけだが。

 まっさらな未来を描くのは予想し難く消耗も激しい。《生存if》内に立ち上がる人間は独立自律した意思を持つが、それでも擬態種から一定のコントロールを受け、また擬態種も一定のフィードバックをされる。負担を軽減しようとして結局増している。引きずられるという意味で。

 今は変化の流れが早くて未来を予想し難く情報網も密という事情もある。この点、また改変されていく余地があるのだろう。

「異世界転生とかが落としどころかな」

「やるなよ?」

「駄目ですかねえ」

 めくるより本気で言ってるな、とは思った。


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