大学生の時に作ったある同人誌について

 高校卒業後、私は都内の美大への入学した。美大と言ってもほぼ新設の学校で漫画やアニメ、ゲームに映画などを専攻してる学校で、要は専門学校のような物なのだが、一応大学の体を取ってるのでちゃんと経済学だったり語学だったりもあるような、そんな珍奇な大学に入っていた。ここに入るのは私同様、特に成績は良くないが何か専門の道に進みたい、でも専門学校よりも大学の方が大卒になれるから良いよね、という思考で来てる人が大半だったように思う。


 当時はまだTwitter(X)がなく、SNSと言えばmixiが全盛期だったのだが、入学前にこの大学のコミュニティを見つけた。そこにはまだ作成者の一人しか入っておらず「入学したら友達になりましょう!」という文が添えられていた。私も大学に入ったら地方から上京して一人暮らしを始める為、身近に知人は誰もいなくなってしまうわけで、少しでも交友関係を増やすのに良いかと思いそのコミュニティに参加した。


 参加してから数日経って覗いてみたが、参加人数は1人か2人増えてる程度だったと思う。そんな状態で入学したわけだが、情報リテラシー系の必修科目を受ける際に隣の男性と雑談になった、そしてその時にこの学校のmixiのコミュニティがあるの知ってるか?と聞くと「それ作ったの、俺なんだよ」と返ってきた、まさかの作成者本人と最初に会話していた。


 それから何気ない会話をして日々は流れ、GWに入った時私は一度実家に帰省した。今思い返すと入学してたった一か月で帰省なんて早すぎるな、とも思うのだが、当時は大型連休と言えば家族に会うか地元の友人に会うかだったので自然に帰る流れとなった。




 GWが明けてみると、例の男性の姿が見えなくなった。どうもGWを明けると何人か来なくなる生徒がいるというのは、大学ではよくある事らしく、この学校も例外なくそういう人物が居たというわけだ。その時私は既に仲良くしてるグループがあったし、彼とは授業で数回話す程度だったので、少し気にかけてはいたけど、そこまで心配していたわけではなかった。ただmixiは毎日チェックしていたのでその一環で彼の日記もチェックしていた。


 確か5月上旬頃の日記では「ネトゲやりすぎ笑、バレたら親に●ろされそう」みたいな内容だったと思う、親から仕送りをもらい一人暮らしをしてる状態で大学にも行かずに家でゲームしてるとなれば、それはどこの親だって怒るだろう。彼もそんな自分の状況がダメだとはわかっているが、中々抜け出せないようだった。


 私は彼にもっと友達がいたら良いのではないかと思った。実際私は大学に入ってから何人かかなり意気投合した友人が出来、ほぼ毎日どちらかの家に泊まっては遊んで過ごしていた。もちろん一緒に課題をするという名目もあったが、寝坊したので一緒に2限までサボろう、みたいな事はよくあった。


 だからこそ彼にもそういう付き合いがあれば、自然と大学に行く習慣が出来るのではないかと思った。しかし私がどう思おうとそれをアドバイスする立場にないし、どんな言葉で言ったとしても彼自身に現状を変える意志がなければ意味がないのも明白だった。




 そうして彼は大学に来なくなった、ウワサによると休学した末に退学したらしい。決して安くない学費を払ったはずなのに勿体ないな、とも思うが、まあそこも含めて本人の自由だし、それを認めた親の責任でもあると思った。しかし彼が大学を辞めてからもmixiのあのコミュニティは残り続けていた。


 夏頃には参加人数が25名ほどまで増えており、どうやら漫画学科の生徒たちで一緒に同人誌を作らないかという話題で盛り上がっていた。参加者の殆どは同人経験はなかったようだが、主催者が高校時代に自費出版をした事があり、何でも既に出版社に持ち込みをして編集が付いているそうなのだ。


 私と言えば、当時漫画を描くのは好きだったがノートに設定を書き殴ったり、ネットのお絵描き掲示板(当時はお絵描きBBS、オエビと呼ばれていた)でオリキャラや流行りのキャラを描いたり、まあなんというか漫画家志望未満の状態だったのだ。だからそのような流れがある事に興味を持ちつつも、少し尻込みしていたのだが、結果的に私はこの同人誌に参加することになった。


 同人誌はいくつかのテーマが用意され、そのテーマに沿った作品を各々が描いて載せるという内容だった。全体的に見たら稚拙な内容ではあったが、主催者の絵のクオリティが高い事や、装丁がきちんとしてるからか、素人学生が作ったにしては中々の出来になったと思う。出来上がった同人誌は秋にあった学祭で頒布する事となった。


 正直ほとんど売れてはいなかった、よくよく考えてみればこんな内輪ノリな本、どんなにクオリティが高かろうが大抵の人は興味がないのだ。こういうのよりももっとデザインが凝ったステッカーだとか、キーホルダーだとか、そういう物の方がウケていた。しかし我々は1冊の本を作ったという目標を達成した事で満足していたし、なんだかんだ各々が親や友人に2,3冊ずつ買ってもらう事で、なんとか全50部は掃けていたと思う。




 私が今なぜこんな話を思い返しているのかというと、実はその本の内容についてであった。最近になって商業デビューした友人がおり、その友人が今描いてるキャラがどうも当時作った同人誌が初出だという事で知人の間で話題になったのだ。私は押し入れに長年保管していた同人誌を探し当て、その友人の作品を探した。確かにその通りだった、当時明らかに流行りのJRPGの作風に影響を受けているなと感じたファンタジーキャラ達だったが、長年描き続けて今ではその友人の看板キャラクターのようになってるらしい。


 私は懐かしさを感じながら、他の作品も見渡していた。当然そこには私が描いた稚拙な漫画も載っており、薄ら笑いを浮かべながら流し読みをしていた。


 そんな時ふと気になる記述を見つけたのだ、この同人誌は一般的な右綴じであり、私の漫画は8Pで左ページ始まりの右ページ終わりであった、だからその次の人の作品が始まるとしたら最後のページの左になるのだが、どうもその次の人が右ページ始まりだったせいか、空白の1ページが挟まれていたのだ。割とこういうのは珍しくはない、むしろ1、2Pずつ作品を離すことはよくある事なのだが、そこがただの空白ではなく、何か寄せ書きのようなコメントが書かれていた。




「10年後の君へ、元気ですか?」




 私はまずこれが発行された年月を調べた、巻末にある奥付ページに記載されている発行年月は2007年10月であり、10年後と言えば2017年だが今は2024年である。これを書いた人は2017年にこれを読まれるであろうという確信があったのだろうか?それともこういった意味ありげな文章を入れることで、空白を埋めたかっただけなのだろうか。


 この一文がどうにも気になって、知人の間で聞いて回ったのだが、誰も知らないと言った。そもそもこの本の編集をしたのは誰なのかと聞いたら一人の知人から「当時のコミュニティの管理人だよ」と返答があった。


 私はこの時点で少し驚いていた、てっきりコミュニティはあの後管理が放置されていたとばかり思っていたのだが、どうも退学した彼が編集を手伝っていたらしい。他の人にもこの事を聞いたのだが、よく覚えてないと言われてうやむやにされてしまった。当時管理人の彼の実名も覚えておらず、HNの「アイリス」というのしか覚えてないので、これ以上調べる事は出来なかった。



 しかしどうしても考えてしまう、彼はあの時既に休学していたはずなのだ。それなのに学校の生徒たちが作る同人誌の手伝いをし、その後退学をしている。ひょっとしたら退学する前にせめて大学での思い出が作りたかったのだろうか?もしかしたら学祭当日に大学に来ていたのかもしれない。しかし当時のことをどんなに思い出しても彼が来ていたような記憶はなかった、そもそも学祭の後の打ち上げには参加者全員がいたはずなのだから、そこに居たら覚えていないはずがない。


 彼は一体あの時どんな事を考えてこの一文を残したのだろうか、私にとってはこれが小さなミステリーであり、何か答えが欲しくてここに書き記してしまっている。だが未だ答えは得られていないままだ。


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