サメくん、歯科へ行く

2121

治療方法はただ一つ

 待合室にサメがいる。サメは歯が生え変わるため歯医者とは無縁だと思っていたから、珍しい患者だ。

 サメ肌でスーツの似合うサメだった。センスのあるネクタイにオシャレなタイピンも光っている。きっと仕事も出来るサメなのだろうとその出で立ちから想像できた。

 保険証も確認したし、問診票も書いてもらった。主訴は歯並び……とのことだったが、サメの歯並びとはそもそも悪いのが普通では無かっただろうかとサメの歯列を頭に思い浮かべる。まぁ見てみないと分からないところではあるのだろう。見るからにすごい歯並びかもしれないし、人から見て分からなくとも本人は気にしていることだってある。仕事の出来るサメは歯に対する意識も高いのかもしれないし。

 そんなわけでサメを診療室へと通した。歯医者によってはきっと端から診療拒否してもおかしくないが、実際の歯を見てからでも遅くはないだろうと俺は判断した。困っている患者には寄り添いたい、と思うのは医者として当然の姿勢だろう。

 サメはイスへ座り、まずはコップでうがいをした。

「今日はどうされました?」

「歯が多くて噛みにくいんです」

 人間ではまず聞くことはない悩みだった。サメの口腔内事情を分かっていない俺は「そうなんですね」と相槌を打ちつつ口を開いてもらう。

 ズラリと歯がたくさん並んでいる。歯並びは悪いが、見た目には真っ白で綺麗なものだった。歯磨きをしっかりとしている証拠だろう。歯科医としてはこんなに歯を大事にしてくれているのは嬉しい限りである。ただ確かに想像より歯が多いように思う。

「地上に来たときはあまり気にならなかったんですが、どうも最近歯が多過ぎる気がして」

 サメの歯の手前には大きい歯がズラリと並んでいた。この歯のせいで歯並びが気になるのだろうと当たりを付ける。

「普段は何を食べて暮らしていますか?」

「時間がないもので、吉野家の牛丼とか回転寿司とか……ハンバーガーも好きです。サムライマックとか特に」

 それだけ聞けば原因は確定する。

「――現代食が原因ですね」

「現代食……?」

「近年は食べ物が柔らかいものばかりだから、人間もアゴが小さくなっているとはよく言われます。サメにとっては硬いものを噛まないせいで歯が生え変わらないため、手前の歯が抜けず成長しきった歯が幾重にも連なり大人の歯がこんなに並んだ状態になったのでしょう。ですので……」

 人間にはあまりしない提案だが、サメにならば仕方ない。

「抜きましょう」

「え、そんな、いきなり歯を抜く提案をすることがあるんですか!?」

「仕方ないですからね。ここまで真っ白な歯を保ってくれたことは嬉しいですが、抜かないと良くはなりません」

「他に方法は?」

「抜くしかないです。出来れば今から手前三列全て抜きましょう」

「あんなに歯を磨いて大事にしていたのに、『はいそうですか』と言えるわけが無かろう!」

 サメはイスから立ち上がり歯をむき出しにしていた。俺はいわゆるペンチのような形をした鉗子を持ち、サメと対峙する。

「口コミにこの医者は『すぐに歯を抜く』と書いてやる!」

「必要な抜歯です!」

「他の歯医者に行ってやる!」

「他の歯医者ではサメは門前払いを食らいますよ!」

「医者が脅すのか!? ええいやぶ医者め――お前はサメ界には不要な医者だ! 今ここで食ってやる!」

「いいですね! 私を食べれば骨を砕く際に一緒に歯が抜けるだろうから一石二鳥……しかし私も黙って食われるわけにはいきません! 適切な処置をしておうちへ帰すまでが私の仕事。食われる前に三列抜いて差し上げましょう!!」

 サメは大きな歯で俺の肩を狙い突進しながら噛みついてきた。俺はそれを間一髪で避けつつ、すれ違いざまに鉗子を前歯に掛けて勢いよく引き抜いた。三角形の歯が、床に落ちる。

 まずは一本。

 命を賭けてでも、俺は患者の口腔内を守ってみせる!!

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サメくん、歯科へ行く 2121 @kanata2121

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