第27話 続く関係(最終話)

「あ――見なよ時雨、ほら、もう平積みがなくなりかけてる」

「う、うん……ありがたいこと、だね」


 僕と時雨が付き合い始めてから、2年と少しが経過している。

 僕らは今年都内の同じ大学に進学し、キャンパスライフに精を出す新たな青春のステージに移行している。

 まぁ今は夏休みだから、大学に顔を出す機会はあまりないんだけれど。

 

 今日に関しては、ミステリ作家レインの5作目の著作『陽キャグループ錯綜事件』がおととい発売したので、都内の本屋を巡って在庫がどんなもんか確認して回っているところだ。

 時雨は自著が発売するたびに在庫確認行脚をしているようで、去年発売した4作目『陽キャグループ遭難事件』のときも本屋巡りをしていた。売れているかどうかが気になるらしい。


「アマランでも見れば売れ行きなんて大体分かるんじゃないの?」

「じ、実際の本屋で減ってる方が実感湧く、から……」

「まぁそれはそうか」


 隣に佇む時雨に頷き返す。

 自慢のカノジョは、付き合い始めた2年前に比べて容姿的な部分で変化している。

 まぁ微々たる変化ではあるんだけれど、鼻が隠れるくらいだった前髪が、目にかかる程度まで短くなっている。高校卒業後のイメチェンで、ちょっと前向きになろう、という時雨なりの意識の表れだった。

 猫背もマシになったし、なんかもう普通に美少女。

 おかげさまで進学したての時期には時雨が色々と声を掛けられることが多くて、僕は躍起になって大学構内でのナンパを阻止したもんだ。


「も、もう本屋巡りは大丈夫……ここからはきちんとデートしようね、九郎くん」


 立ち寄った本屋から出たところでそう言われ、僕らは手を繋いで歩き出す。

 付き合ってから2年が経っても、僕らはマンネリしたりせず、ただ一緒に居るだけで安らぎに包まれる関係が続いている。

 今現在も引き続き僕んちで同居しているから、普通の学生カップルに比べたら長く一緒の時間を過ごしているはずだけど、それでも飽きたりはしない。それだけ相性が良いんだと思っている。


「あ、そういえば編集の塩崎さんが言ってたんだけど、映画化の話が来てるってさ」

「ほ、ホントに?」


 お昼。

 小洒落たイタリアンのお店でパスタを食べながら、僕は時雨に仕事の話を伝えている。

 なんで僕が先にそういう情報を握っているのかと言えば、時雨のエージェント的な立場をやり始めているから。

 時雨は僕や身内以外には凄まじいコミュ障を発揮するので、時雨の仕事がもっと円滑に進むように間に入らせてもらったわけだ。

 僕がそうすることで時雨は執筆業務に集中出来るから、良いことずくめである。


「映画化なんてウソでしたー、とか言うわけないだろ。ホントだよ。1作目の『陽キャグループ一掃事件』を映画化したいんだってさ。原作者的には賛成? 反対?」

「も、もちろん賛成……やってもらえるなら全然やって欲しい、から……」

「なら色々と要望を聞きたいらしいから、後日制作会社の人とかも交えて実際に会って話すのは大丈夫?」

「く、九郎くんも来てくれるよね……?」

「もちろん」

「そ、それなら大丈夫……」

「じゃあスケジュール組んでおくから」


 早速スマホを取り出して時雨の担当である塩崎さん(20代後半の女性編集)に連絡し、制作会社との打ち合わせについて予定日時のすり合わせを行う。

 エージェント活動は言うまでもなくやり甲斐バッチリ。

 大切な恋人兼推し作家を支えられるなんて夢のようで毎日が本当に楽しい。

 これからもこういう日々を過ごしていきたい限りだ。


「と、ところで九郎くん」

「うん、何か?」

「な、夏休みが終わる前にね……私、山奥の山荘に旅行してみたいんだけど、いい、かな……?」

「山奥の山荘かぁ……ミステリ読者としてはあんまり良い印象がないシチュエーションなんだけど、時雨が取材したいって言うなら全然大丈夫。行こうか」

「う、うん……ありがとう」


 そう言ってフォークでパスタを巻き取る時雨は、小さく微笑んでいて上機嫌そう。


 今更だけど、僕らは自分たちが縁遠いと思っていた陽の存在になっているんだろうな、と思う。

 でも完全な陽じゃなくて、陰陽師のマークみたいに陰と陽が半々。

 気持ち陰が多め。

 きっと僕らはちょうどいい在り方を見つけられたんだ。


 そしてこの先、僕は何があってもこの心地良い関係を守れる男で在りたい。

 そう胸に誓いながら、今日はひとまずデートを楽しむ。


 実は冴山時雨という女の子は僕の脳内で生まれたイマジナリーフレンドで、僕はここまでずっと一人芝居を続けていたんだよ、とかいうふざけたオチはないので安心して欲しい。

 逆に目の醒めるようなドンデン返しもないけれど、僕らはその分まったりと青春を謳歌していこうと思う。


「それはそうと、ランチ後はどこに行こうか?」

「しゅ、取材がてら裁判の傍聴っ」


 ……たくましい恋人だよまったく。





――――――――――


読了のほどお疲れ様でした。

まだ続けられる余地はありますけれど、惜しまれるうちが花ということで、今作はここまでにしておこうかなと思います。


作者は今後数日のチャージ期間を挟んで新作を投稿予定です。

今作とは毛色が変わりますが、気になる方はお待ちいただけると嬉しいです。

(作者のフォローがまだの方はぜひ)


ともあれ、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

機会がありましたら次作にてまたよろしくお願いします。

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クラスの根暗陰キャ美少女を痴漢から助けたらめっちゃ懐かれたけど案外悪くない 新原(あらばら) @siratakioisii

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