第26話 妙な島 3

 やがて僕らは、冴山さんの言う見晴らしの良い高台に到着した。

 海沿いの崖に手すりが付いているだけの場所だけれど、文句なしの絶景スポット。

 日が多少傾いてきたこともあって、水平線に浮かぶ夕日が綺麗だった。


「なあ冴山さん」


 だけど、僕はその絶景をつかの間堪能したのちに意識を切り替えて語りかけていた。


「実は冴山さんに訊きたいことがあるんだ」

「……き、訊きたいこと?」

「そう。僕はちょっと冴山さんのことを怪しんでる部分があってさ」

「……な、なんのこと?」

「冴山さんは取材旅行って言って僕をこの離島に誘ってくれた――けど、多分ここに僕を誘った真の目的って取材旅行じゃないよな?」

「……っ」


 冴山さんは動揺したみたいに身体を跳ねさせていた。

 僕は構わず言葉を続ける。


「まず僕が思うに、冴山さんはこの離島に来るのが初めてじゃない。この離島は十中八九――冴山さんの生まれ故郷だ」


 だから迷うことなく島を巡ることが出来る。


「よ、よく分かった、ね……」


 誤魔化すつもりはないようで、冴山さんはあっさりと認めていた。


「……な、なんで分かったの?」

「島の移動が手慣れているのと、ネットに情報のない民泊に予約を入れられたのは出身地ゆえのコネだと思ったからだ。……まぁコネって言うか、アレ、実家だろう?」


 そして実家があるからこそ、冴山さんは他の離島じゃなくてこっちを優先したんだろう、というのが僕の推察である。


「そ、そうだよ……女主人は、私のお母さん」

「だよな。似てたから」

「や、やっぱり芳野くんの洞察力はすごい、ね……」


 冴山さんは感嘆したように前髪カーテンの隙間から僕に綺麗な瞳を向けていた。

 僕はゆっくりと首を横に振るう。


「いいや、多分誰でも気付けると思うよここまでは。……まだ分かっていないのは、それらの情報を僕にひた隠していたのはなぜか、って部分だ」


 お母さんに女主人の演技をさせてまで、どうしてここが出身地であることや、実家のことを隠していたのか?

 

 とはいえ、それも想像が付いている部分は一応ある。


「これはまだ推測の域を出ない話にはなるんだけど、」

「……うん」

「冴山さんは恐らく、僕と付き合い始めたことをお母さんに報告したんだ。あるいは僕とのことで探りを入れられて彼氏になったことを肯定したと思ってる。その結果としてお母さんに『顔を見せに来なさい』的なことを言われてしまったんじゃないか?」


 冴山家は由緒ある家という話だった。あの武家屋敷的な外観を見る限り、それは事実なんだろう。

 だったら親としては、良家に生まれた娘の彼氏のことはしっかりと吟味したいはずである。

 ましてや居候先の相手なわけで、一度会いたいと思うのは必然のはず。


「お母さんからのそんな要請に対して、冴山さんはしかし乗り気になれなかった。なぜなら付き合って間もない僕を親に紹介するのは、僕に引かれるかもしれない重いことだと考えたから」

「……」

「でもお母さんに反抗しても良いことはない。だから冴山さんはお母さんに対してこういう返事をしたんだと思ってる――OK、ってね」


 それなら僕にお母さんと会ったとは思わせないまま、お母さんに僕の顔を見せることが出来る。

 お母さん的には民泊の女主人として接することで、僕の態度から人となりを大まかに見抜くことが可能。悪い提案じゃないわけだ。

 

「っていうのが僕の推理なんだけど、どうですかねレイン先生?」


 こんな風にイキった問いかけをして外れたらクッソ恥ずかしい。

 けれど――


「……す、すごいね」


 冴山さんの反応がそうだったから安心した。


「ま、まさにそう……今芳野くんが言った通りのことが、ここまでの流れ、だよ……だ、だから……ごめんなさい……」

「え、ごめんって何が……?」


 急に謝られてキョトンとしてしまう。


「い、家の都合で土日潰させちゃったし、船酔いまで……」

「あぁそういうことか……大丈夫だよそれくらい。むしろちょうどいいって思ってる」

「……ちょうどいい?」

「僕は冴山さんとの将来を歩みたい男だから、ここで冴山さんの両親にきちんと決意表明しておくのはアリ、ってことさ」

「――芳野くん……」

「だから、これから冴山さんの実家に戻って改めて挨拶させて欲しい」


 僕は心の底からそう思っている。

 すると、


「……こ、後悔しない?」


 と、冴山さんが恐る恐る問うてきた。

 だから僕は頷く。


「するわけないよ。むしろここでしっかり覚悟を見せない方が後悔しそうだ」


 僕は推し作家たる冴山さんを支えられる男になりたい。

 もちろん推し作家とか抜きにして、冴山時雨という恋人を幸せに出来る男になりたい。

 その覚悟をここで示せないようなヤツが、そういう将来を引き寄せられるわけがないはずだ。


「さあ行こう。暗くなる前に戻らないと危なくもあるしさ」


 そう言って自転車の方に引き返し始めた僕の背に、


「……ありがとうね、芳野くん」


 と、涙ぐんだ声が届いたので、僕はくるりと振り返って冴山さんに歩み寄り、


「どういたしまして」


 と、軽く抱き締めた。

 それから僕らは自転車に跨がって人里に帰った。

 そして冴山さんの実家に到着したところで、


「――よ、芳野九郎ですっ。娘さんとお付き合いさせてもらっていますっ!」


 なんて挨拶しつつ、ありがたいことに夕飯を共にさせてもらえることになった。


「時雨とはまだ肉体関係はないんですね?」

「あ、はい……それはないです」


 そして、そのやり取りは夕飯後に冴山さんのお母さんこと咲恵さきえさんの部屋に呼び出され、2者面談的な状況での会話だ。

 冴山家はこの離島の地主で、当主は咲恵さんだそう。

 お父さんは婿養子なんだとか。


 ともあれ、僕の返答を受けて咲恵さんは更に訊ねてくる。


「なら、えっちなことはナニもしていないという解釈で大丈夫ですか?」

「あ、えっと……」

「む……まさかナニかしているんですか?」

「ま、まぁその……」

「怒らないから具体的に」

「て、手とか口で……」

「まぁ、あなた方は年頃の男女ですからそういうことに興味があるのはしょうがないことでしょう――ですが、まだ子供なんですから節度は持たないとダメです」

「は、はい……」

「と言っても、このあと部屋に戻ったらどうせ時雨とイチャつくんでしょう? せめてこれは持っておくようにしてくださいね」


 そう言って咲恵さんが手渡してきたのは、――ゴムだった。


「もしあの子と本番をするにしてもそれを絶対に付けること。いいですね?」

「ぎゃ、逆に言えば付ければしてもいいんですか……?」

「時雨が許可した場合だけですよ?」

「も、もちろんですっ」


 冴山さんが嫌がればしない。

 当たり前のことだ。


 このあと、僕は一旦お風呂をいただいてから冴山さんの部屋に顔を出すことになる。


「さ、さっき、お母さんの部屋で何話してたの……?」


 冴山さんも僕のあとにお風呂に入っていて、今は湯上がりの状態。

 ラフな部屋着姿で畳の上にぺたんと座っている。

 

「あぁ、えっと……要約するなら『避妊はしっかりしろ』って話を……」

「そ、そうなんだ……」

「ゴムまで渡されてさ……」


 そう言ってゴムを見せると、冴山さんは照れ始めていた。


「よ、芳野くんは……私とえ、えっちしたいって思ってたりする……?」

「そ、そりゃ出来ることなら……」

「じゃ、じゃあこのあと、する……?」

「!? ……い、いいのっ!?」

「う、うん……私もしたい、から……」

「っ……さ、冴山さんってやっぱりえっちだよな……」


 手や口で普通にしてくれるし……意外とムッツリで旺盛だ……。


「え、えっちな女子は嫌い……?」

「い、いやむしろ願ったり叶ったり……」

「じゃ、じゃあお母さんに貰ったそのゴム、使っちゃダメ、ね……?」

「!?」

「せ、せっかくの初めては……芳野くんのすべてをしっかりと受け止めてあげたい、から……調べてみたら、今日は安全日だったし……」


 ……ごくり。


「け、けど芳野くんが私なんかに貴重な遺伝子を注ぎたくないって言うなら……」

「い、いや注ぎたいよっ。受け止めて欲しいっ」

「――っ、じゃ、じゃあ……いっぱい注いでくれる……?」

「もちろんっ」



 ――そこからはもう、僕はナニをしたか覚えていない。


 ひとつだけ確かなことは、気付いたら明け方で。

 僕と冴山さんはぐちょぐちょのべちゃべちゃになりながらベロチューをしていた、ってことだけである。








――――――――――

次が最終話になります

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