第七章 藤吉真尋②
二年生に進級しても
校則の
ほぼ一年時から持ち上がりのクラス。希望通りの学級委員への就任。それらは新年度、新学年の始まりとしてはこれ以上ないほどの順調な滑り出しと言えた。しかし、全てが順風満帆というわけにもいかない。特筆すべき不安材料を藤吉は指折り数える。
まず一人目は
二年連続でクラスメイトとなった昼川はサッカー部期待の新星からエースへと部内での足場を着実に向上させていた。基本的には同じサッカー部に所属している男子生徒や運動部との関わりが目立つが、その運動神経の高さや体格、
昼川くん自身の
藤吉が二人目に数えたのは
学級委員という立場を利用すれば堤先生を探る機会はいくらでもある、と藤吉は
そして、三人目に藤吉は
その存在を藤吉は一年生の頃から認識していた。整った顔立ちと抜群のプロポーション。そして、自身のその特異性に無自覚だという
爽町や昼川
異性である昼川くんよりも、接点の多くなりそうな爽町さんの方が危険度は上かもしれない。女子同士、事によれば男子を巻き込んだ不和や
周到な備えと警戒態勢のおかげか四月は何事もなく穏やかに過ぎた。二年四組の生徒間に大きな問題はなく、藤吉が不安要素と考えていた昼川と爽町にも目立った動きは見られなかった。そのため、藤吉はその間に堤の情報収集と
堤先生のことは大方調べがついた。真面目に授業を受けてさえいれば問題はなさそう。爽町さんも思っていたほどではなかった。むしろ孤立している節すらある。教室の雰囲気を悪くされる前に手を打った方がいいかもしれない。
そんな藤吉の心配をよそにゴールデンウィークが明けた頃から爽町の隣に
五月の下旬、六月の足音が聞こえてくる頃には教室での爽町の印象は他の四組の生徒と大差ないものへと落ち着いていた。
昼川くんの扱い方は
それらの意味するところは一つだった。
二年四組の中にもう脅威はない、そう藤吉は
日誌の記入法を教えてほしいと爽町達が頼んできたのは丁度その頃だった。
「ねえ、藤吉さん。何か困ってない?」
それは質問ではなかった。確信めいた考えから発せられたらしい爽町の言葉に藤吉の中で
「えっ? 急にどうしたの、爽町さん?」
藤吉のその反応を予想していたように爽町は用意していたであろう言葉を続けた。
「日誌さ。藤吉さんばっかり書いてるでしょ?」
よりにもよって、と藤吉は苦虫を噛み潰したような気分を覚えた。この日の日誌当番である杉江を伴っている爽町がその事実を確認していないはずがない。ここで否定するのは悪手だと考え、藤吉は「ああ、うん。そう、だね」と控え目に笑って
しかし、爽町はそんな
「それって不公平だよ」
爽町が目をつけたのはクラスの学級日誌。だが、それはただの日誌ではない。当番制度を知らない、もしくは忘れていた生徒の代わりに記入することで積み上げた目に見えない点数がそこには刻まれている。二年四組の学級日誌は藤吉がこつこつと教員の心証を稼ぐために使ってきた
堤先生が気づく分には構わなかった。むしろ気づいてもらわなければ困る。でも、と藤吉は思う。
不公平と言われたら、もう私は日誌を使えない。
手中の
「……でもほら、あたし、学級委員だから」
藤吉はその言葉を
「それとこれとは別だよ、藤吉さん」
「そうそう。学級委員だからってなんでもかんでもやらなきゃいけないわけじゃないよ」
寄ってたかって神崎と杉江が言い募る。その二人を
「でも」
そう言って未練がましく食い下がる藤吉を見るに見かねてか杉江がある提案を始めた。
「私、男子達に言ってこようか?」
それだけは駄目! と藤吉は心中で絶叫した。
問題の共有は即ちクラス内での問題の
「いやいや、今日も堤先生が注意してくれたから大丈夫。大丈夫」
事態の沈静化を
「でも、このままじゃ良くないよ」
不公平を指摘するだけでは飽き足らず、現状の
「駄目だよ。こういうのはハッキリさせなきゃ。私、藤吉さんの代わりに男子達に怒ったげるよ」
この爽町の提言に藤吉はなぜか無性に腹が立った。あくまで善意から藤吉の
結局、藤吉には優等生の仮面を着けたまま爽町達を
「――みんなと同じクラスになれて良かったよ」
心にもない言葉を口にしながら藤吉は顔の表面に微笑みを形作る。そこに苛立ちが
爽町達はすぐさま行動を開始し、学級日誌は藤吉の
その結果、授業は幾度となく中断され、二年四組の授業進度はゆっくりと、しかし、確実に
藤吉の全ての努力は
しかし、爽町の前に対処すべき問題に藤吉は直面した。
夏期休暇を控えた一学期の最終日。藤吉は昼川から呼び出しを受けた。
昼川蓮司。爽町同様に要注意人物の一人ではあったが、藤吉は昼川の扱いを心得ているつもりだった。けれど、藤吉が理解し、
「話って何かな、昼川くん」
呼び出された倉庫で待ち合わせた昼川に藤吉はそう声を掛けた。
「あ、あのさ、えっと」
そうして言いあぐねている様子の昼川に藤吉は助け船を出す。
「もしかして爽町さんのこととか?」
呼び出された理由を藤吉は爽町の件だと信じて疑っていなかった。クラス内で
けれど、昼川は藤吉の言葉に驚きをもって返した。
「えっ、なんで爽町?」
その反応に藤吉もまた驚いた。
「あれっ、違った?」
「うん。違くて」
爽町さんの話じゃないなら、何の用だろう。部活のこと、それとも試験結果。堤先生の話を私にするとは思えない。ひょっとすると、美ノ瀬くんのことかもしれない。
予測される相談内容に藤吉の頭が回転を始めた。昼川の相談が何に対してであろうと優等生として適切な回答を返せる準備をして藤吉は待ち受けた。いつでも構わないというように見上げていた視線が昼川と交わってすぐに外される。
そして、その言葉は
「俺と付き合ってくんない?」
その告白は藤吉にとって正に
けれど、それも束の間、藤吉は即座に我に返って昼川を窺った。
見られた?
藤吉は自らの
事態は何も好転していない、と藤吉は心中で音高い舌打ちを鳴らす。
異性であるという危険性を正しく認識していなかった甘さが引き起こした状況に対処する
苦心して作り上げた
最悪の想定が藤吉の脳内に渦を巻く。
不純異性交遊による築き上げた信頼の
救いのない二択。どちらを選んでも藤吉に待っているのは地獄だった。
昼川の言葉によって既に
どうしていつもこうなる。どうしていつも私の手にサイコロはなく、投げられた後になって、そうと知らされるのか。
「ごめんなさい」
藤吉は爆弾を抱え込むのではなく、告発に
昼川蓮司という危険因子は私の手に余る。そうでなくても私は優等生という重い仮面を抱えているのだから。
その場を逃げるように立ち去った後、迎えた夏期休暇中、藤吉は気が気ではなかった。
“藤吉真尋”を
およそ一月を掛けて
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