こんにちは。さようなら…。
竜胆モミジ
第1話
こんにちは。さようなら…。
それは、太陽が分厚い雲に隠れた薄暗い日。
いつもと変わらない日常のはず。しかし、私の目に映るのは、色褪せた日常。
学校に着くと、多くの人が私から目を逸らしていた。私を心配する人もいた。
しかし、あの人達は話しかけて来ない。ただ、友達同士で私の事を話題に出しているだけ。
席に着くと、空っぽの席と机が私の目に入ってくる。この色褪せた世界を象徴するかのような席だ。または、今の私自身だ。
ふと、窓を見るとそこには反射した自分が見えた。酷くやつれ、生気を微塵も感じない死んだ目。
その姿を見て、私は私を心の中で嘲笑った。同時に涙も溢れ出していた。こんな状態でも、時間は一刻一刻進んでいく。止まりもしない。
気が付けば、下校の時間。二人で仲良く帰る人もいれば、大勢で帰る人も。中には、一人で帰る人もいる。
それでも、彼ら彼女らには希望があった。目的があった。そして、意味があった。
私には、それがない。希望も目的も意味も。何もかも。存在意義を自分で見出せなかった。
それでも、私は毎日同じ場所に還る。あの席に。
私に意味を与えてくれた人の聖地へ…。
出会いは、入学後すぐだった。まだ、先生の名前も教室の場所もあまり覚えていない時だった。でも、彼女の名前、表情、仕草だけは何故か不思議と覚えていた。毎日、前の席から振り返って私に話しかけてくる。
彼女の話は、時に面白く、時に疑問をそして時に……時に……喜怒哀楽を与えてくれた。
下校の時間になると、彼女は決まってある言葉を言う、「それでは!」と。
朝になり教室で会うと笑顔で「また会ったね!」と、言う。
そして、またいつもの鮮やかな色が強く染まる日常が始まっていた。
私は、それを当たり前と思っていた。いや、人であれば必ずそう思う。そして、その時を心に深く刻まない。何故なら、まだあると思うから。
その日常が壊れたのは、月が空に輝く薄明るい日。祝日だからと、夜遅くまで外にいた。
でも、その日だけは人が多く集まっていた。立派な軕が提灯に飾られ、幻想的な風景。私と彼女は、見入っていた。一年に一度だけのこの体験。この風景を。
その時、彼女に打ち明けられた。彼女は、病気だったと。そして、近いうちに手術をするため、明日から会えない…と……。
その言葉を聞いた時、私はまだ、楽観的であった。しかし、今思えばあの時、彼女の目は笑って居なかった。しかし、彼女は私を心配させたくないあまりに偽りの笑顔の仮面を顔につけた。
彼女は
「また、会えたら良いね!それでは……」
あれほど、活気のない「それでは」は初めて聞いた。
それから数週間後、私独りだけ担任から聞いた。彼女が冷たくなったと。その言葉を耳にした時は、私の日常は瞬く間に色褪せた。
そして、いま私の中にあるのは、彼女の残影だけ。
記憶にある。私の記憶。しかし、その記憶さえも、針が一刻一刻と進むたびにゆっくりと褪せてしまう。
その記憶を失いたくないあまり、私は私の紅い命の線を切った。記憶を保ったまま冷めてしまっても悔いは無いと。
目が覚めるとそこは、白く包まれた部屋だった。運悪く冷めきれなかった。
部屋から開放されては、また拘束される。それが続いていた。
そんな、意義のない日常が続いたある日。手紙が届いた。彼女が私宛に書いた手紙だった。
私は分からなかった。何故、今さら手紙が届くのか。
しかし、そんな思いとは裏腹に私の手は手紙を開いて私が読む事を待っている。
手紙の書き出しには、彼女がいつも言う「また、会ったね」では、無かった。整った字で「こんにちは。」と。
私はそれを小さな声で読み上げていた。
「この手紙を書いてるのは、手術の2日前だと思うよ。私もずっと病室に篭っているから時間感覚がよく分からなくなっている。
でも届くのは、だいぶ先になると思うけどそれには、訳があってね。この手術が成功していれば、この手紙を回収出来るから、敢えて長くした。その方が良いからね。
でも、この手紙を読んでるなら、たぶん私はもう天使になっていると思うよ。
知っているよ、この手術自体がただの茶番だって事を。でも、少しでも希望を持ちたかった。ただ、何もせず悠々と死を待つのは怖かったから。それに、まだ君と話がしたかった。君と話す時は、世界が色鮮やかに見えてとても楽しかった。私は、それを当たり前と思っていたのに、今ではそれが恋しくなるほどだ。
私は君が私の死によって、希望や目的、生きる意味までも失って欲しくない。ましてや、自殺なんて考えて欲しくない。
こんな事書いちゃったら駄目だけど、私は君がそうしそうで怖い。だから、生きて欲しい。私のせいで君の人生を台無しにしたくない。
だから、私と約束して。私に逢いに来る前にたくさんの面白い事を蓄えてから、来てね。そして、またいつもの様に話し合おう。
長くなったけど、約束だよ!これを守らずに来ようとしたら、祟るからね。
でも、本当にありがとう。私にいろいろしてくれて。私の為に、ありがとう。また、必ず逢おうね。
さようなら。」
…。
………。
なんで…。
………………。
なんで……そんなに……して、くれるの?
涙が溢れ、乾燥している無機質の紙に零れ落ちた悲しみが染みていく。
声にならない、声を出しながら私は、月明かりが灯す色褪せない世界で産声をあげた。
こんにちは。さようなら…。 竜胆モミジ @KatyusyaKB2
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