第37話 友達が俺の事で悩んでるらしい
それから小一時間は休憩も兼ねてか、トラック内でなにか種目を行うこともなく、テントの下で談笑をしながら弁当を突付く生徒。
所々、教室で食べたいと思う生徒が友だちを連れて移動していたり、カップルが一つのお弁当を突付く姿も見受けられるが――というか、そのカップルというのが美緒たちなのだが。
少し離れたテントの下で見せつけるように大きな弁当箱を囲うあのカップルは、クラスメイトからもてはやされている。
なんとも羨ましい光景に、弁当を食べ終わった俺は頬杖をついた。
「話し相手が居ないから今日は早いね〜」
「だな」
未だに弁当の中身が残る千明は口元を隠しながらからかうように言ってくる。
その顔を見るまでは佐野さんのことを言っているのかと思ったが、どうやら藍沢のことを示しているらしい。
チラッチラッと藍沢のカバンを見やる千明に、俺は目を顰めた。
「なんで藍沢なんだよ」
「んー藍沢さんと言い合うことが多いからー?」
「言い合うことが多いからってな……。それは遅くなる理由になんねーよ」
「じゃあなんで前は遅かったの?」
「あれは藍沢が話しかけてきたからだろ」
「何が違うの……?」
苦笑を浮かべる千明からスッと視線を逸らした俺は、再度美緒の方へと睨みを送る。
あの男はもてはやされていい気になっているのか、頬を赤らめて嬉しそうにはにかんでやがる。
美緒もまんざらでもないのか、彼氏の肩を軽く叩いて何かをはぐらかそうとする。
「ケッ!」
「負け惜しみが過ぎない……?」
「負け惜しみじゃねーし。ちゃんと負けたことは認めてるし。それを加味してのこの睨みだよ」
「崇くんって愛が重いよね……」
「うるせーなー」
美緒のことを見ながら千明に言葉を返す俺は、カバンから水筒を取り出して蓋を開ける。
後ろに手をつき、唇に呑口を当てて上を向――
「ん、藍沢か」
水筒にこもる声を頭上にいる藍沢に渡した後、喉を潤す俺は水筒をおろして蓋を閉めた。
足音一つもしなかったからか、今の今まで気がつくことのできなかった藍沢は、弁当袋を持ってこちらに睨みを落としてくる。
けど、目が合うや否やすぐに逸らしてしまう。
どういう心境で俺のことを睨んでいるのかは分からないが、様子がおかしいことは少し前からわかっている。
けれどわかっているのはそれだけであり、他の情報は何一つとして理解できていない。
身体をクルッと180度回転させた俺は藍沢を見上げて首を傾げる。
「どした?あの男のことか?」
俺の言葉に、更に目を細めてくる藍沢は弁当箱を自分のカバンに突っ込みながら口を切る。
「いつもより口調が優しいじゃん」
「ん?あー。面川さんと話したからかな」
言われてみれば、藍沢に向ける口調がいつもよりやんわりしている気がする。
顎に手を当てながら大縄跳びのことを思い出していると、ガサゴソとカバンの中を漁る藍沢は、釈然としない口調で言ってくる。
「面川さんと何かあったんだ」
「まぁな。大縄の時にちょっと」
「へー」
「自分から聞いといてその反応はないだろ……」
「だって興味ないし」
「さいですか」
やっと見つけたのか、カバンから水筒を取り出す藍沢は、先ほどの俺を彷彿とさせるように蓋を開けて呑口に唇をつけた。
「というかなんだ?あの男のことじゃないのか?」
結局なんの用事なのかも分からずじまいに会話が終わってしまったので、首を傾げながら問いかける。
すると、首を横にふる藍沢は目を閉じながら水を喉に通す。
「全然三鶴のことじゃない。私の個人的な悩みだから」
「え、藍沢に悩みなんてあんのか?」
「私のことを何だと思ってんのよ」
「粘着気質な女……?」
「だから違うって」
なんて、いつもどおりの会話をする俺達だが、藍沢は一度たりとも目を合わせやしない。
目があったのは、最初の睨みを落としてきたときだけ。
それ以外は水筒やらあの男の方やら、俺のことを意図的に視界に入れようとしない。
俺のことを嫌っているのか?という思考も脳裏によぎったが、いつも通りの話ができている以上それはないしなぁ……。
直角に首を傾げる俺は脳をフル回転させるが、どんなに考えても答えなんて出てこない。
首を傾げたまま、千明に目を向けて助けを乞おうとするが、なぜか首を振ってくる。
「自分で考えてねー」
「なんでだよ。わかってんなら教えてくれ?」
「やだねー」
やっと食べ終わった弁当箱の蓋を閉める千明は、ニヨニヨと笑みを浮かべて弁当袋に丁寧にいれる。
そんな千明に、小さくため息を吐いた俺は藍沢に目を向け直す。
「その悩みって俺に言えることか?」
「んー……分かんない。言えそうでもあるし、言えなそうでもあるんだよね」
「はぁ……。よくわからんな」
「私もわかんないから悩んでるの」
「ほーん」
どことなく儚い面影を見せる藍沢は、水筒をカバンの中に片付けて腰を上げる。
そして千明の方には目を向けるが、こちらには視線を向けずに靴を履きながら言う。
「それじゃ私、障害物レース行ってくるから」
「いってらっしゃ〜い」
「いってら」
最後の最後までこちらに目を向けことがなかった藍沢に、不服気な目をぶつける俺はまた、ため息を吐く。
先週で近づいていたはずの距離が一気に離れた気がするな。
別に離れようが離れまいがどっちでも良いんだけど、藍沢は唯一の理解者だからな。
何処かで哀情が湧いてくることに気がつくこともない俺は、スピーカーから流れる放送部部長の声に耳を傾けた。
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