第36話 的外れの考え
一度詰まってしまった大縄跳びは、その後は詰まることなく、赤チームの勝利で幕を閉じた。
多分、勝てていなかったら俺は責められていただろう。
『何詰まってんだごら』だとか『おめーのせいで負けたぞ』だとか。
考えるだけで肝が冷える。
「おかえり〜」
相変わらずに色々と重い身体をブルーシートに乗せると、弁当袋を持った千明が出迎えてくれる。
瞬間、俺に彼女が居たらこんな感じなのだろうという想像が脳裏をよぎる。
俺のために作った弁当を片手に、彼女――美緒が笑顔で俺のことを出迎えてくれる。それだけで体に溜まっていた疲れがすべて吹き飛びそうだ。
あーあ!あの男ずっりー!
「しゅ、崇くん〜?」
靴は脱がず、四つん這いに倒れ込む俺に、弁当箱を置いた千明は背中を擦ってくる。
なぜ俺がこうなっているのか、千明ならもう分かっているだろう。
勝手に期待して、勝手に悔しがる。なんとも恥ずかしいったらありゃしない光景だが、こうして背中を擦ってくれるだけでありがたい――
「善田くん!?大丈夫!?」
「あ、面川さんじゃん〜」
「床並くん?善田くんは大丈夫なの?」
「大丈夫だよ〜」
「そうには見えないよ?」
「大丈夫大丈夫」
千明が大丈夫だと俺の代わりに言ってくれるが、不安が勝ったのか腰をかがめてくる面川さん。
「本当に大丈夫?さっきのことならみんな気にしていないよ?それとも体になにかあったの?」
「千明が言ってくれた通り大丈夫だよ。疲れたことには変わりないけど……」
「無理してない?もし何かあったら言ってね?」
「おう。ありがとね」
相変わらず四つん這いになったままだが、顔と親指をあげて言う。
すると、本人の言葉に一安心のため息を吐いた面川さんは微笑みを浮かべ、立ち上がる。
「大縄の時の善田くん、すっごくかっこよかったよ」
「おぉ……突然だな。けどありがと」
返すように俺も微笑みを浮かべると、満足そうにして面川さんは友達の元へと帰っていく。
『かっこよかったよ』という言葉は慰めのひとつなのだろう。
俺のことをあそこまで心配してくれているんだ。それぐらい分かる。
面川さんの背中に感謝の眼差しを送る俺に対し、千明はトントンっと手のひらで背中を叩いてくる。
「多分、崇くんが思ってることは的外れだよー?」
「的外れ……?どゆことだ?」
「あー、んー。気づかなくて良いことだから教えな〜い」
「なんでだよ。そこまで言ったなら教えてくれ。気になって夜しか寢れんぞ」
「じゃあ教えなーい」
「……ツッコミ飛ばすのかよ」
ツッコミを忘れる……というよりかは、めんどくさくてツッコまない千明はお弁当袋を開く。
この千明に対してはどんなに粘っても言葉が出てこないことは前からわかっている。
もちろんなにが的はずれなのか気になるところだが、詮索する気が起きない俺は四つん這いのまま、カバンから弁当袋を取って座り直す。
「そういえば面川さんと面識あるのか?」
仕切り直すように口を切る俺は、弁当箱を取り出す。
チラッと面川さんの方を見れば、あちらもあちらでお弁当を突いており、こちらの視線に気がついたのか、振り返って手を振ってくる。
お箸を持つ手で手を振り返す俺に、千明は表情ひとつ変えず卵焼きをつまみながら口を開く。
「同じ中学だったんだよねー」
「なるほど。だからあんな砕けた感じなわけだ」
「そそ〜」
パクっと卵焼きを頬張る千明に続くように、俺も唐揚げを口にいれる。
母さん特製の唐揚げはいつ味わってもうまい。
サクッとした食感がないのは弁当なので仕方ないのだが、口の中に広がる我が家の味はとにかく美味しい。
昨晩から浸していたのか、鶏肉に下味がよく染み込んでいる。
けど、なんかなぁ……。
あの唐揚げを食ったからか知らんけど、なんか満足できないんだよなぁ……。
「唐揚げ美味しくなかった感じー?」
「いやそんなことはないんだけどさ。なんか癪だわ」
「何に腹立っているのか知らないけど、せっかくのお弁当だから美味しく食べなよー」
「それはそうだな。美味しく食べさせていただきます」
仕切り直すように手を合わせた俺は、ミニトマトのヘタを取って口の中に放り込んだ。
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