第35話 長縄跳び

「なぁ。あいつ変じゃね?」


 藍沢の姿が見えなくなると、俺は千明の顔を見ながら問いかける。


 どことなくいつも以上に言葉が冷えていて、距離を置かれていることを彷彿させるような行動。


 最近藍沢と近くにいることが多かったから分かるが、明らかに様子がおかしい。


「いつもの藍沢さんではなかったね〜」

「……なんかニヤついてね?」

「気のせい気のせい〜」

「絶対気のせいじゃないと思うんだが」

「それよりもほら、玉入れ終わったよ?次は崇くんの出番じゃない?」

「うまいこと話そらすなぁ……」


 見るからにニヤつきを見せる千明は運動場を指差し、玉の入った籠を運ぶ実行委員を見ながら言ってくる。


 俺も実行委員に目を向けながら、やっと回復してきた重い身体を持ち上げた。


「頑張ってね〜」

「いつか聞き出すからな」


 上手く話をそらせたからか、それとも何かを理解しているのかは分からないが、ずっとニヨニヨとする千明は手を振ってくる。


 そんな千明にジト目を返す俺は靴を履き、ハチマキを巻いて運動場へと向かった。


 今回の競技は大縄跳び。クラスから12名が選ばれ、そのうちの2人は大縄を回す係なので飛ぶのは合計で10名。


 もちろん大縄の練習を一つもしていないうちのクラスからは「無理だろ〜」だとか「2回は行きたいな!」という各々の言葉が大縄の周りで飛び交っていた。


「あっ、いたいた!って、善田くんもう大丈夫なの?」


 俺を見つけ、はにかみを浮かべながらこちらへやってくるのは先ほど心配の声をかけてくれた面川さん。


 わざわざ俺のところに来て、心配の言葉をかけてくれるほどの優しさの持ち主だ。


「んーまぁ、行けると思うよ?」

「そっか!なら一緒に頑張ろうね!」

「だなー」


 そんな会話をする俺達に、お馴染みの放送部部長の声がスピーカーから聞こえ、ルール説明をしてくれる。


 数時間も声を出し続けているのにも関わらず声色の一つも変わらず、声量も変わらない部長には尊敬の拍手を与えるべきだと思う。


「うわぁ。5分も飛び続けなくちゃいけないんだ……」


 ルール説明を聞き終えると、隣に立つ面川さんが不安げな言葉を溢した。


 なんでも、5分間他2クラスと一緒に飛び続け、連続回数が一番多かったチームが勝ちらしい。


 途中で詰まってしまえば体力の回復が見込めるのだが、ずっと続くと考えると今の俺にはしんどすぎる。


「善田くんは大丈夫?5分も行けそう?」


 どうやらこの不安は俺へのものらしい。

 眉根を顰める面川さんはこちらを見上げて言ってくる。


「まぁずっと飛び続けるってわけでもないだろうし行けると思うよ」

「ほんと?もししんどかったら言ってね?」

「ありがとねー」


 心の底から心配してくれているのだろう。

 つま先から頭の上までじっくりと目を通した面川さんは、やっぱり眉根を顰める。


 流石に数分も休めば少しぐらい飛ぶことはできるので、大丈夫だということを示すために腕を持ち上げて力こぶを作る。


「そんな心配すんなー?それで自分が飛べなくなったら元も子もないぞ?」

「そ、それはそうかも……」


 手を顎の下につけ、なにを考えているのか視線を地面に落とす。

 そして言いにくそうに瞳だけをあげると、少し頬を赤らめて言ってくる。


「じゃ、じゃあ……わ、私の前で飛んでくれる……?もし倒れそうになっても支えてあげるから……」

「なるほど。ならお願いしようかな?俺も後ろに面川さんがいるなら安心して飛べるし」

「ほんと!?やった!」

「なぜに面川さんが喜ぶ……?」

「あっ、つ、つい……。ごめんね?」

「あーいや、別に責めてるつもりはないから大丈夫」

「そっか!」


 分かりやすく表情を明るくする面川さんは小走りで俺の後ろにまわる。


 あの女も面川さんの優しさを見習えばいいのにな。

 なんてことを正面にいるサッカー部副キャプテンの後頭部を見ながら考えていると、開始を合図するピストルの音が鳴る。


「いーち」「にーい」とサッカー部副キャプテンが元気よく数えているのをよそに、俺は別の方向に意識を向けていた。


「はいっ。はいっ」


 可愛らしい掛け声が飛ぶ度に後ろから聞こえ、その声の主は俺の肩を掴んでいた。


 飛べていることが嬉しいのだろう。漏れる息の中に笑みが混ざっており、肩を掴む手には力が込められている。


 多分、肩を掴んでいる面川さんは支えがあって飛びやすいのだろう。

 でも本当にごめん。俺は足とかが当たらないかという心配が勝って飛びにくいんだ。


 相変わらず掛け声をあげる女子に意識を向ける俺は、今何回飛んでいるかなんて数えられるわけもなく、けれどかなり飛んでいるなという感覚だけはあった――


「――あっ」


 瞬間、俺の足に嫌な痛みが走った。


 捻挫とか骨折とかのズキズキとする長期的な痛みではない。けれど、今月味わったどんな痛みよりも痛く、長ズボンじゃなければ跡がつくのではないか?と思うものが当たったのだ。


「さんじゅーう――ってあれ?縄は?」


 縄が来ないことに不思議がる声を上げたサッカー部副キャプテンはこちらを向く。

 そして俺の足に視線を向けた。


「あーなるほど。次行こーぜ」

「副キャプテン……!」


 俺の足元には大縄があり、誰が見ても俺が戦犯だと思う状況。

 だけど副キャプテンは責め立てることなく、前に身体を向き直して再開を願った。


 感極まった俺は思わず両手を組んで顔の前で拝むが、有無を言わさず縄は回り始める。

 

 副キャプテンが俺の拝みに言葉を返すことはなかったが、それでも後ろ姿はかっこよく、背中には気にするなと書かれている気がした。


「だ、だいじょう、ぶ?ぜん、だくん」


 なんて言葉が背後から聞こえ、俺の意識は副キャプテンから面川さんへと切り替わる。

 荒れる息に混ぜての言葉だからか若干聞きづらい。けれど面川さんの優しさはしっかりと伝わる。


「大丈夫。ごめんね?詰まっちゃって」

「ううん。私も、危なかった、から」

「そっか」


 相変わらず荒れる息とともにかけてくる優しい言葉は身にしみる。

 俺が詰まってしまったことには何ら変わりはない。責め立てられてもおかしくはないし、ダサいと思われても仕方がない。


 けれど目の前にいる副キャプテンに始まり、後ろの面川さんは優しくしてくれる。

 それを見る度につくづく思う。藍沢とは全く違うな、ということに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る