第34話 夫婦じゃないです!
「それで、なんで善田は全身から力が抜けてるのかな?」
帰ってきたばかりの善田を見下ろしながら私は言葉を切る。
綱引きが終わり、床並くんに支えられながらこちらに帰ってくるところはもちろん見ていた。
クソデカため息をついていたのも見ていたし、綱を引っ張っている途中で力が抜けていたのも見ていた。
現に今も、ブルーシートに突っ伏している善田からは気力すら感じられず、ザラザラとする砂の痛みなんて感じない様子。
床並くんが隣に座って慰めるように背中を擦っているけど、なんでここまで力が抜けているのか理解がしがたい。
「美緒ちゃん?に応援されなくてしぼんだんだってさ〜」
「あぁ……。あれ、聞こえてたんだ……」
なるほどと納得する反面、呆れのため息が口から溢れていた。
「あんな応援ぐらい跳ね返せば良いのに」
「一応崇くんも頑張ってたんだよー?『この妬みを糧にする』って言ってたし、なんなら序盤は崇くんのお陰で同等に戦えてたしね〜」
「じゃあ尚更なんでこんなのになったのよ……」
腰をかがめ、ツンツンと善田の背中を突きながら問いかけると、善田は顔だけを横に向けて口を開いた。
「時間が経つにつれて、人間って冷静になるんだよね」
「はぁ……」
「俺に向けての応援じゃないってことを改めて受け止めたら、悲しくなったんだよね」
「それでこんな堕落してるの……?」
「それでってなんだよ。充分可哀想だろ」
「正直、善田なら気にしなさそーって思ったんだけどね」
「俺だって傷つく時は傷つくんだぞ」
そう言葉を残した善田はまた頭をブルーシートへと戻してしまう。
靴ぐらい脱げばいいのにとも思うけど、脱力しきってるのだから言っても無駄になる。
視線を靴に向けた私はうさぎ跳びのようにジャンプしてブルーシートの端に寄り、ツンツンっと今度はふくらはぎを突付く。
「ほら、足上げて」
私が言うと、善田は素直に両足を上げる。
流石に足までは脱力しきっているわけではないようで一安心。
あの女の応援だけど、実はと言うと私にも聞こえていた。
少し離れたところだったけれど、三鶴という名前が私の耳にはしっかりと届いたのだ。
ぽんぽんを振りながら三鶴のことを応援することがどうしようもないぐらいに羨ましくて、あそこにいるのは私であるべきだとも思った。
けれど、今あそこにいるのはあの女である以上、遠目から口惜しがることしかできない。
もし、私が善田の立場だったら誰よりも早くあの戦いを諦めて、友達に体を支えてもらう自信すらある。
だからこそ善田は耐えられると思った。
振られたことを受け止めると口にするぐらい善田の心は強いし、私とは違う。
でも蓋を開けてみればこのザマ。最初こそは頑張っていたらしいけれど、結果は負けて項垂れて、この上なくカッコ悪い。
というかまさか聞こえているとは思わなかった。
私が言うのも何だけど、かなり距離があったからね。
そんな考え事をしながら善田の靴を脱がせていると、相変わらず背中を擦っている床並くんが苦笑気味に口を開いてくる。
「すっごい流れるように靴脱がしてるね」
「靴を脱がす――ってホントじゃん!」
いつの間にか脱がし終わっていた善田の靴は、無意識に動く私の手によって綺麗に並べられる。
考え事で頭がいっぱいになってた……。なんで善田の靴なんて脱がせてるの!というかなんで善田も足上げてるの!
「今気づくんだねぇ〜」
「いや、その……これはですね……」
「夫婦の仲ってやつ?」
「違う!こんな人と夫婦になるわけ無いでしょ!」
「またまた〜」
なんでここでからかうの……ってまぁ、靴脱がしているところを見たらそうなるかもしれないけど……。
それでも私はこの男と夫婦になるつもりはないわよ?なんたって三鶴一筋なんだから!
ふいっと顔をそらせた私は、再度うさぎのように跳ねて善田の背中の隣に座る。
幸いなことに、クラスのみんなは玉入れに集中していてこちらを見ていない。
けれど、善田が突っ伏していることが気になったのだろう。
心配そうに一人の女子がこちらを振り返ってくる。
そして一緒に見ていた女子と一言交わしてこちらにやってきた。
「善田くん?大丈夫?」
善田の頭上で腰を下ろした
どうやら面川さんも、私が靴を脱がしていた一部始終は見ていない様子。
「うーん……なんとか」
「そっか。何かあったら言ってね?いつでも力になるから!」
「ありがとー」
顔を上げることはないけど、優しく受け止めるような言葉を返す善田。
そんな善田に満足したのか、面川さんは「あっち戻るね」と言葉を残して友達の元へと戻っていく。
ほんの一瞬の出来事だった。
風のように颯爽と現れたかと思えば、自分の言いたいことを言って過ぎ去る。
そんな彼女に、私は無意識に細めた目を向けていた。
理由なんてわからない。
けれど気づいたときには見てしまっていた。
モヤモヤする気持ちが胸いっぱいに広がるのがわかる。
でもそれだけであって、怒りの感情もないし、悲しみの感情もない。
「藍沢さん?」
善田を挟んだところに座る床並くんが、首を傾げながら言葉をかけてきたことでハッとする。
慌てて首を振る私は、両頬を思いっきり叩く。
「あ、藍沢さん!?」
突然のことに目を見開く床並くんは、身体を前のめりにして心配してくる。
「私は三鶴一筋。このモヤが何か知らないけど、私は三鶴一筋だから」
「う、うん。三鶴?くん一筋なんだね」
「そうよ。私は何も考えていない。話しかけてきたからってなによ。普通じゃん。うん、普通だよ」
「そ、そうだよ。普通だよね」
「私は三鶴一筋だから!」
「うん!そうだ!三鶴?くん一筋だよ!」
三鶴のことを知らないのだろうけれど、すべてを肯定してくれる床並くんは私をあやすように元気良く頷く。
あまり話したことないはずなのに、私のことをよくわかっている。
とにかく肯定してくれれば元気が湧いてくるし、否定しなければ落ち込むことなんてまずない。
「ほんと床並くんはいい子だねー。善田も見習えば?」
子供を相手するように柔らかい言葉をかけてやる床並くんとは正反対に、善田には極寒をイメージさせるようなツンとした言葉をかけてやる。
すると、顔だけを横に向ける善田は尻目に言ってくる。
「俺にだけ冷たくね……?」
「当たり前でしょ?善田なんだし」
「それ理由になってねーから」
「ひ弱に対して優しくする気はありませーん」
「これでも頑張ったほうなんだけどなぁ……」
「よっこらせ」という言葉を紡ぐ善田は手をつき、やっと身体を持ち上げて座り直す。
その顔には苦笑があり、そこまでいいますかね?なんて意思をひしひしと感じる。
正直善田は頑張ってたと思うし、疲れるのもわかってあげられる。
けどごめん。このモヤを晴らすには少し、冷たい態度を取らないとダメみたい。
ふいっと善田の目から顔を背けた私は立ち上がり、カバンから弁当袋を持って靴を履く。
「昼ご飯か?まだ早くね?」
「今食べとかないと食べる時間なくなるから」
「そーか?なら良いけど」
首を傾げて私のおかしな様子を不思議がる善田は特に引き止めることもなく、踵を返す私の背中をジッと見つめていた。
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