第28話 電車の中は赤色でした。

 夕日が差し込む窓をバックに、俺達は赤色のソファーに座る。目的を失った瞳に光などなく、1人分の間を空けて体重を預けていた。


 結局あの後、遊園地を後にした俺達は各々の好きな人をくまなく探した。目を凝らし、人と人の間の合間を潜り、何度も往復をした。


 けど結果はこの有り様。ホームを探したけれども美緒たちの姿はどこにもなく、電車に乗っているのか、まだ現地にいるのかもわからない状態になってしまっていた。


 キキーッと電車が傾き、俺の身体は不本意にも隣の藍沢の元へと数センチだけよってしまう。


「……戦犯が近づかないで」


 すると、虫でも見るかのような視線を睨みあげてくる。

 そんな藍沢に、負けじとゴミを見るかのような視線を睨み下ろす俺は口を開く。


「戦犯はそっちだろ」


 公共の場も相まり、声量こそはそこまでない。

 だが、バスの中。ホームのベンチでは腫れあがるのではと心配になるほどに太ももを叩きあったし、言い合った。


 自分は悪くない。話しかけてきたのはそっちだ。長引かせたのもそっちだ。なんて、世界で一番醜いであろう言い合いをしていた俺達は今では小競り合いのみ。


 どの状況を見ても醜い小競り合いではあるが、今回だけはこいつが悪い。自分の鬱憤を俺で発散してきてたし。


「三鶴が外に出たときぐらい見といてよ」

「そのぐらい自分で見とけ。すぐ人のせいにするの良くないぞ」

「自分が見とかないからこうなったんでしょ?なんで私のせいみたいになるのよ」

「実際そうだろ?」

「違うから」


 藍沢の言葉が終わったタイミングで電車が揺れ、俺達の言い合いを制止する。

 まじ合わせていた目を背け合い、対面のソファーを見やった。


 背後からの夕日が俺達の影を伸ばす。

 けれど影と影はくっつくことはなく、電車が曲がって入射角が変わろうとも接触することはない。


 どちらも埋めようとしない隙間はなんとも言えず、今日一日で深まったはずの仲が崩れているような気すら感じる。


 別にこんなやつと仲が良くともなんとも思わないし、美緒一筋の俺からすれば好きになることなんてまずない。

 ただ隣の席で、ただ同じ境地に陥った似た者同士。それだけの関係。だからこの隙間を埋めようとは思わない。


 視線を少し上げ、光の入らない窓を見ると海がよく見える。

 夕日に照らされる海は煌めいて綺麗なはずなのだが、今は電車の影が相まってお世辞にも綺麗とは言えない。


「ふぅ」と1日の疲れを吐き出すようにため息を吐く俺は目を閉じ、電車の揺れに意識を向ける。

 すると疲れが溜まって重いはずの身体がフワッと軽くなるのを感じた。


「――あぶな。これ寝てしまうわ……」


 そんな言葉を独りごつ俺は慌てて目を開いて首をふる。

 ブルーライトを浴びて目を覚まそうと思い、ポケットからスマホを取り出そうと――


 ――その時だった。

 ポケットに手をいれると、隣からコテンと頭が傾いてき、スマホを掴む腕に体重を預けてきたのだ。

 もちろんその頭の正体は先ほどまで言い合いをしていた藍沢のもの。


 チラッと横目に藍沢の顔を見ると、これまた幸せそうな寝顔を披露している。

 俺が叩いていた太ももを擦っていたのだろう手には力が入っておらず、太ももから崩れ落ちてソファーに仰向けになっていた。


「……帽子邪魔だな」


 腕に体重を預けてきた頭にはほぼ1日中つけていた帽子があり、つばの横側やら大きさを調整するアジャスターの部分が腕と頭に挟まって痛い。


 ポケットに突っ込んでいた手を抜き出し、肩を上げてそっと藍沢との距離を詰める。

 極力重心を垂直にした状態にし、藍沢の体重を軽くした状態で逆の手を藍沢の頬に添えて頭を持ち上げた。


 ふにっとした感触が一瞬にして罪悪感に置き換わるが、今更中断することもできないので急いで帽子を脱がせて肩に藍沢を乗せ直す。

 そして手に持っている帽子を藍沢の頭に乗せて顔を隠す。


「……本当にすみません。もう一度お体を触ります」


 数分間の沈黙が続いたが、あまりにも姿勢がきつい。

 俺と藍沢の間には仰向けになっている手があり、肩に乗っている藍沢が落ちないように肩同士をくっつけている状態は重心が傾く。


 お陰で腰が痛みという名の悲鳴を上げ、頑張って持ち上げている肩は『限界です!』と言いたげにピリピリと痛む。

 なので俺は小声で言葉を溢し、仰向けになっている藍沢の手を持ち上げて少し距離を詰めた。


 極力肌に触れないようにするために、指間みずかきを指で添える程度で持つ俺は、藍沢の手を太ももの上に移動し、そっと下ろし……下ろ、え?下ろさせて?


 手を離そうとした瞬間、藍沢の指には力が入り、離そうとする俺の手を握りしめた。恋人繋ぎの形で!


 隣を見ても起きている様子もなく――というか寝息まで立てだしたなこいつ!


「離してくれませんかね……?」


 一応起きているかもしれないという可能性も考えてそう口にするが、もちろん離してくれるわけもない。

 鼻からため息を吐いた俺は藍沢の手をこちらの太もも側に寄せ、広げていた力を抜く。


「なんでこいつと恋人繋ぎしなくちゃいけねーんだよ……」


 そんな独り言は誰の耳にも届くことなく、静寂の中へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る