第27話 ペアルックは好きな人とだけ

 日も落ちだし、そろそろ閉園時間が近づく遊園地ではぞろぞろと出口へと向かう家族連れやカップルたち。


 そんな中、俺と藍沢――ではなく、美緒と美緒の彼氏はキーホルダーを二人で覗き見ていた。


 声こそは聞こえないものの、キラキラと輝くペアルックを指差してはまた別のキーホルダーも指差す美緒は、心の底から楽しんでいるように見えた。

 彼氏側は彼氏側で、美緒が楽しそうに選ぶのを満足そうに見ていた。


「俺とのペアルックは買ってくれなかったのになぁ……」


 なんて言葉を零すのは、外のベンチで二人の様子を頬杖をつきながら見守る俺。

 その隣では俺と同じように嫉妬の眼差しを向ける藍沢が背もたれに体重を預けていた。


「私も買おうって言ったんだけどなぁ〜……」

「まぁ相手が美緒だからお揃いにしたくなる気持ちも分かるけどさ?ズルすぎないか?」

「え?今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど。私じゃダメってこと?」

「美緒とは天地の差だからなぁ……」

「はぁ?絶対私のほうが上でしょ」

「現に選ばれてるのは美緒だぞ?俺の幼馴染がお前に勝ってるんだ」

「……胸を張ってるところ悪いけど、あなたも負けてるんだよ……?」


 誇らしげに胸を突き出す俺に、藍沢はバカじゃないの?と言いたげに目を細めてくる。

 そんな藍沢に胸を下ろそた俺は、美緒の方に目を戻しながら手を払う。


「んなこと分かってるよ。それを踏まえての誇りだ。見る目だけはないと思うが――」

「――見る目がなんだって?私の三鶴に物申したいことでもあるの?」


 忽然として形相が険しいものになった藍沢の手は勢いよく俺の太ももに何度も振り下ろされ、バンッバンッ!と渋い音が筋肉を伝って頭に響く。


「分かった……!分かったから待て!ごめんって!!」

「次三鶴のことを罵ったらこの太ももを引き千切るからね」

「んな物騒なこと言うなよ……」


 やっと叩くことをやめてくれた藍沢だが、険しい表情を戻すことはなく、フンッと顔を背けて腕を組む。


 これに関しては俺が悪いと素直に思う。

 少し前の話になるが、俺も藍沢に美緒のことを言われようとした時、ひどく怒りが溜まった。


 まぁ何が言いたいかと言うと、好きな人を貶すなということだ。人それぞれには地雷があり、その地雷がお互いに好きな人だということだ。


 ヒリヒリと痛む太ももを擦りながら藍沢から照準をそらし、美緒のことを見やる。

 すると、やっとお揃いのキーホルダーを決められたのか、腰を上げて男に1つのキーホルダーを渡す。


「決めたみたいだぞ?」


 プンスカと頬を膨らませて分かりやすく怒りを顕にする藍沢の期限を治そうと、腕をつつきながら言葉を口にする。


「嘘でないでしょうね」

「なんでここで嘘つくんだよ」


 腕は組んだまま、だけど顔だけはこちらを向き、ジトッと視線を向けてくる藍沢に指をさしながら答える。


「ホントみたいね。それに免じて今回のことは許してあげる」

「ありがとう……なのか?」

「ありがとうでしょ」

「そっすか……」


 相変わらずのわがままっぷりを披露する藍沢は男のことを凝視する。

 それに連れられるように俺も美緒に視線を戻す。


 いつ見ても笑顔を浮かべる美緒は離す気のない左手を上げ、肩に吊るしてあるカバンから財布を取り出す。

 だけど抑えるように彼氏が美緒の手首を掴み、横に首をふる。


 パクパクと口パクをする美緒の様子を見る限り、奢ってくれるらしい。傍から見ればいい男の像そのものだが、俺から見れば金で釣っている悪人にしか見えなかった。


 ハッ!と言葉を漏らす俺はこれ以上見ることのないように目を閉じ、背もたれに体重を預け、藍沢のことを見や――


「――って、なんでそんなに目細めてるんだよ。目は良いはずだろ」


 俺とは対極に、前のめりに身を乗り出す藍沢は今日一番の目の細さを披露する。


 こいつの目は両方とも1.5を超えているはず。視力検査の時に自慢してきたからよく覚えている。


 というか、今朝も二人を見つけた時に目の良さを披露したはずだ。なのに今は目を凝らしている……?


 首を傾げる俺の声なんて聞こえていないのか、藍沢は数秒間無言を貫く。

 そしてやっと顔をあげると――


「――いたっ」


 突然太ももを叩いてきたのだ。

 バチンッという耳に残る無駄にいい音を鳴らして。


「ねぇ!」

「え、はい」


 何もした記憶はないが、見るからに怒っているのは分かるので逆立てないように敬語で言葉を返す俺は、叩かれている太ももの内側をさする。


「私!あのキーホルダーで!ペアルックしよって言った!」

「……そっすか」

「それを今!あの女は買おうとしてる!私の前でペアルックにしようとしてる!!」

「……それは辛いっすね」

「なんでこんな私のことを滅多打ちにしてくるのぉ……!私、あの女になにかした?何か気に触ることした……!?」


 藍沢が言葉紡ぐたびに叩かれる太ももは打音という名の悲鳴を上げ続ける。

 もちろん俺も口から色々と出したい言葉があるが……うん、同情するよ。


「可哀想っすね」

「……ねぇ。善田って慰めるの苦手だよね?」

「まぁ得意ではないかも……?でも同情してるぞ?可哀想だともちゃんと思ってる」

「三鶴だったら頭撫で撫でしてくれるんだけどなぁ〜」

「……しろと?」

「流石に好きな人以外からされるのは違う。触らないで」

「なら言うな!」


 さっきからとことん自己中なやつだ。

 相当俺には頭を触られたくないようで、身を引いた藍沢は自分の体を大事そうに抱きしめる。


 そんな藍沢に鼻で笑う俺は、手を払いながら言葉を紡ぐ。


「ていうか、こっちからゴメンだわ。藍沢の頭に需要なんてねーよ」

「一生女子の頭なんて触れないくせにそんなこと言っていいんだー?」

「一生触らなくてもいいしな」

「なら一生触らないでね」

「望むところだ」


 謎の張り合いをする俺達はお互いに睨みを向け合い、いつの間にかお土産売り場から歩き去っていた美緒たちに気がつくことはなく、


「大体あんたはチャンスを逃し過ぎなのよ!」

「チャンスぐらいまた作ってやんよ!」


 なんて言い合いを閉園時間数十分前まで続ける俺達の前から美緒たちは姿を消し、遊園地を後にした。


 そしてちょうど到着したバスに乗り込み、二人きりのバスで駅へと向かうのだった。

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