第26話 おにぎりの交換

 昼時になり、ベンチを指差す美緒は彼氏の手を引っ張ってベンチへと歩いていく。

 彼氏は彼氏で、まんざらでもない笑みを浮かべながら腕時計を見て、肩に下げる美緒のカバンを見やった。


 そしてベンチに腰を下ろし、美緒はカバンから大きめの弁当袋を取り出した。

 しっかりと保冷剤を入れて食中毒対策をしてある美緒は本当にできる女子だ。おまけに弁当袋も可愛く、中身は見えないがきっと配色もすべて完璧なのだろう。


「さすがは美緒だな」

「なにいきなり……」

「俺の幼馴染を誇りに思っただけ」

「……そうですか」


 木陰に隠れて二人の様子を見る俺に、隣で同じように隠れる藍沢はジト目を向けてくる。

 もちろんそんなのでは動じない俺は美緒の方を見やる。


「というか、こんなことしてたら私達怪しまれない?」

「それは……そうだな。遊びに来たとは言え、これは流石に不自然か」


 頷きあった俺達は美緒たちから視線を外し、木陰から姿を表す。


 相変わらず楽しそうに弁当を指差して話し合うカップルを最後に見やる。そして藍沢を見下ろし、口を開いた。


「俺達はどうする?一応張り込むつもりでおにぎりは握ってきたけど」

「……全く私と同じことしてるじゃん。もしかして私のストーカー……?」

「ちげーよ。絶対偶々だろ」

「ふーん?今日のところはそういうことにしといてあげる」

「なんで疑ってんだよ……」


 なんて会話をする俺達は美緒たちからは絶対に見えないであろうベンチに腰を下ろし、それぞれのカバンから俺は3つ、藍沢は2つのおにぎりを取り出す。


 当然おにぎり如きに手を凝っているわけもなく、お互いに真っ白の米が目立つ。

 藍沢は分からないが、少なくとも俺は中に具材が入っているわけでもなく、すべてが塩おにぎりである。


 海苔すら巻いておらず、ラップに包みこまれているおにぎりは太陽の光を反射させて輝く。


「まさかとは思うけど、全部塩おにぎり?」

「だな。うまいぞ?」

「いや美味しいのは分かるけど……味に飽きない?」

「正直飽きる。けどおにぎり相手だしなぁ」

「おにぎりを敵だと思ってるの?」


 俺の手元にあるおにぎりに視線を落としながら言ってくる藍沢は、自分のおにぎりを一度見下ろし、また俺のおにぎりに目を向けなす。


 きっと今の質問を聞く限り、藍沢のおにぎりの中には何かしらの具材が入っているのだろう。

 朝からよく手の凝ったものを作ってくるよな。


 そんなことを考えていると、おにぎりを抱えていたはずの藍沢の手は俺の手元にあり、有無を言わさずにおにぎりを奪い取り、自分のおにぎりを代わりに置いてくる。


「なにしてんだ……?」


 当然、藍沢の不思議な行動に首を傾げる俺は手元に置かれた藍沢のおにぎりを見下ろす。


「なにって、私のおにぎりを交換してあげたの。嬉しいでしょ?」

「いやまぁ……嬉しくないことはないが、なぜに?」


 まるで俺から奪い取ったおにぎりに言いかけるような言葉を落とす藍沢の声は上から目線。

 突然奪われ、俺のことをおにぎりとして置いている藍沢に訝しい目を送る。


「3つも同じ味のおにぎりは飽きるでしょ?私なりの優しさ」

「藍沢が……優しさを見せる……?毒入ってるんじゃね?」


 優しさという単語を聞いた途端、更に目を細める俺は、金色に輝く藍沢のおにぎりを見下ろす。


 未だ嘗て俺は藍沢の優しさに触れた記憶はない。というか、優しさじゃなくて強引さが毎回勝って優しいと思ったことがない。

 今回もそうだが、こいつは毎回強引過ぎる。


「毒なんて入ってません!全部私の善意ですー!」

「でもあの藍沢だぞ?」

「あのってなに!?私の悪名がどこかで広まってるの!?」

「いや、俺の中だけ。え、てかまじでくれんの?」

「だからあげるって!終いにはねじ込むよ?」

「毒盛ってるやつの発言じゃね……?」

「……いいの?」

「しっかりといただきます。本当にありがとうございます」


 ジトーっと向けられる目からは殺気すら感じ、慌てて頭を下げる俺はラップを剥き、藍沢の手が握ったであろうおにぎりを頬張る。


 決していじっているつもりではないが、藍沢の手は女子らしくてちいさな手をしている。それが相まり、一口で中心にあるであろう具材へとたどり着いた。


「中身は昆布ね。ありきたりだけど、全部一緒よりかは良いでしょ?」


 言うのが遅い気もするが、まぁ確かに藍沢の言う通り全部一緒の味よりかは断然マシだ。


 うんうん、と頷きながら親指を立て、美味しいよということを表現するが、眉間にシワを寄せる藍沢は口で言ってほしいらしい。


 だが当然口の中にものが入っているので開くことができず、ただただ俺が睨まれるだけの時間が数十秒続いた。


「ん゛ん゛。美味しいよ」

「遅い」


 咳払いをして、絞り出すような声で答える俺に藍沢は冷たい言葉をすぐに返してくる。

 これでも頑張った方なんだぞ?なんて言葉は更に藍沢の気を立ててしまいそうなので心に閉ざし、代わりにデコピンをお見舞いしてやった。


「せっかちすぎだバカ。あの男もそんなせっかちだと困るぞ?」

「このせっかちは善田にしかしませんー」


 おでこを手のひらで抑える藍沢はべーっと舌を出し、ふいっとそっぽを向いて俺が握ったおにぎりを口にいれる。


 すると俺のように頬張ることもしない藍沢は、手で口元隠しながら目だけをこちらに向けてきた。


「なんだよ……」


 でも向けてきたのは視線だけで、なにか言葉が返ってくることはない。

 そんな無言の空間が10秒ぐらい続いた頃だろうか。分かりやすく藍沢の喉が動くのが見えた。


「さっき目で訴えかけてたこと、伝わった?」

「……伝わってないが」

「つまりそういうこと」

「いやどういうことだよ」


 フンッと鼻を鳴らす藍沢はまた俺から視界をそらすが、何を言いたいのかさっぱりの俺は首を傾げる。


 もし、この面倒くさいという言葉がピッタリな今の藍沢の姿をクラスの誰かが見たらなんていうのだろうか。


『それでも可愛い』と言うのか『なんか期待外れ』と言うのか、色々と気になるが今この藍沢を知っているのは俺のみ。


 特別感があって嬉しいような、けれどめんどくささも勝るこの気持ちはおにぎりを食べ終わってもなお整理することはできず、ただ無言の時間が流れ去った。って言うよりも、俺が話しかけても藍沢がうんとすんしか言わなかったんだけども!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る