第24話 指を絡めるんじゃねぇ!

 数十メートルの距離を保ちながら美緒たちの後をつけ――いや、今は違うな。

 藍沢と遊ぶために遊園地に向かう俺は堂々と歩く。


 現在の時刻は9時50分を過ぎ、チケットを入手すればちょうど遊園地に入れる時間帯となっていた。


「え!?善田くんチケット買ってくれるの!?」

「何だよいきなり。買わねーよ」


 販売機の前に立ち、財布を取り出す俺の隣で突然として目をキラキラさせる藍沢に冷静にツッコミを入れる。


 周りがかなり騒がしいおかげもあって目立つことはなかったが、隣でいきなり声を上げられたら普通にびっくりする。


「ケチー」

「ストーカーしに来たんだから自分で払えよ」

「だからストーカーじゃないって!」

「じゃあなんだ?」


 きっと今の俺は不敵な笑みを浮かべているだろう。

 からかうように言葉を促す俺は自分用のチケットを購入する。


「…………善田と二人で遊びに来ています」

「そうかそうか。俺と遊びに来ているのなら仕方ないかぁ〜」


 赤くなる顔を隠すように目を伏せる藍沢は弱々しい拳で腕を叩いてくる。

 そんな藍沢に口角を上げる俺は、もう1人分のお金を販売機に入れ、1枚チケットを購入する。


「ほれ、おめーのチケットだ」


 宥めるようにチケットを頭の上に乗せ、財布をしまう俺は後ろの人に販売機を開ける。


「え……?」


 心底驚いているのか、目を見開いてこちらを見上げてくる藍沢は突きつけていた拳を開いて腕を掴み、頭の上にあったチケットを握った。


「なんだよ。嬉しくないのか?買ってやったんだぞ」

「いやその、嬉しいけど……え?本当に?」

「本当だって。誘ったんだから楽しんでもらわなくちゃ困る」


 痛くも痒くもなかった藍沢の手にはなぜか力が入り、ジッとこちらを見上げてくる。

 自分では割といい言葉を言ったつもりなのだが、どうやら藍沢には帰って不信の念を抱かせたらしい。


「後で請求してこないでしょうね……」

「なんでそうなるんだよ。人の善意は素直に受け取れ?」

「だって善田じゃん……。あの善田だよ……?」

「……そっすか。あの善田っすか」


 相変わらずジッと俺の目を見上げてくる藍沢にふいっと顔を逸らした俺は、藍沢の手にあったチケットを取り上げる。


 そこまでして俺のことを疑うやつに奢ってやる義理はない。

 どうせ次も来るだろうし、その時用に残して――


「――なんで取るのよ」


 そう言葉を口にする藍沢は一瞬にして俺の手からチケットを取り返し、大事そうに胸に寄せる。


「はぁ?藍沢が感謝しないからだろ?」

「だってストーカーに奢られたんだよ?なにか裏があると思うじゃん」

「それはまぁ……否定はできないけども……」

「でしょ?でも今の対応ではっきりしたから許して?ちゃんと感謝するから」

「なんで上から目線……。別にいいけどさ」


 湿った視線を藍沢に送れば、返ってくるのはやっと信じてくれたのか感謝の目。

 納得のいかない気持ちも渦巻くが、美緒たちが回転式ゲートをくぐり抜けていったのが見え、俺は足を動かした。


「ありがとうぐらい言えよ」


 隣を歩く藍沢にそんな言葉をかけると、自分ではきっと可愛いと思っているのだろう。

 手を顎の下に置き、キラキラした目をこちらに向けていってくる。


「ありがとっ。善田くん!」

「……うっす」


 追い打ちをかけるようにウインクも欠けさせない藍沢からスッと視線を逸らした俺は、冷めきった言葉を返す。


 そんな言葉に納得がいかなかったようで、ハムスターのように頬を膨らませる藍沢は文句を並べた。


「もっとなにかないの!?可愛いだとか美人だとか別嬪さんだとか!」

「ねーからこんな反応なんだよ」

「うっわ!折角私が可愛い事してあげたのに〜!モテポイントを稼ぐ機会を失った〜!あーあ!」

「モテポイントってなんだよ。別にお前のモテポイントを稼いでも意味ないだろ」

「はぁ……これだから非モテは。こういうところから経験していくんでしょ?だから振られるのよ」

「うっさいうっさい。さっさとはいるぞ」

「逃げた〜!」


 なんて言葉が半歩後ろから聞こえるのを無視し、先ほど購入したチケットを読み取り機にスキャンする。


 続くように藍沢もチケットをスキャンし、タタタッと小走りをして俺の隣に追いつく。

 そして各々が別の方向を見渡し、お互いの好きな人がどこを歩いているのかを探す。


 はたから見ればどこへ行こうかと迷っているカップルに見えるかもしれないが、中身は良いように言って友人との遊び。悪いように言えばストーカー。

 でもその事実を知らない周りの人は次々に俺達の隣を歩き去っていく。


「あっ、いた」


 遠くで親を見つけたかのように人差し指を立てる藍沢は俺の服をクイックイッと引っ張って知らせてくる。

 そんな藍沢に一度視線を落とした後、指の先にいるであろう美緒に目を向ける。


「ホントだ。でかしたぞ」

「なんで上から目線なのよ」

「子供っぽかったから?」

「コーヒーのブラック全部飲んだじゃん……!」


 そこが子供っぽいんだよなぁ……。

 ジリジリとする視線は俺の眉の間を刺激し、その言葉を口にさせてくれない。


「うんそうだね」という思ってもいない言葉を慰めるような口調で紡ぐ俺は、癒やしである美緒の方へと目を向ける。

 そして未だに服を摘む藍沢を連れて歩き出した。


「ねぇ今、すっごい失礼なこと思ったよね?」

「いーや?思ってないよ」

「怪しいなぁ……」


 目を細める藍沢はやっと袖から手を離してくれ、彼氏のことを見やる。

 その時だった。

 俺達の目には、できれば見たくないものが入ってきたのだ。


 恐る恐るだが二人の距離は近づく。きっと他愛のない会話をしているのだろう。視線だけは前を見て、だけど神経は手の先に研ぎ澄ませているのがよく分かる。

 遊園地に入ったときこそ拳3つ分ぐらい開いていた二人の距離は、今では手を開いてても入るかどうかの距離。


 肩と肩が触れ合うのではないのかと思ってしまうほどに二人の距離は近く、何度も手の甲が当たる。

 そのひと時をまるで楽しんでいるかのように見える二人は、お互いの顔を見ることなく、遠目からでもどことなく緊張しているのが分かる。


 それから数回手の甲が当たると、男は手のひらを大きく広げ、憎らしくも美緒の手を優しく包んだ。

 美緒は美緒で、男の手を受け入れるようにゆっくりと指を広げて男の指と絡ませる。

 すると、二人はほんのり赤くなった顔を見合わせ、幸せそうに微笑みを見せ合う。


「「…………」」


 そんな二人を見て、後ろの非リアはただ無言で目を細める。

 目に宿っていた光なんてどこへやら。妬みの目を前方のカップルに向ける俺達の間には会話なんてない。


 なぜって?

 そんなの決まっているだろ。自分たちが醜いからだ。

 あんな幸せそうなカップルを見てそれ以外の思考にたどり着くだろうか?否。少なくとも俺はたどり着けなかった。


「ねぇ善田」

「はいなんでしょう」

「幼馴染と手を繋いだことある?」

「王様ゲームでちょっとなら」

「王様ゲームって……。相手の意志ではないの?」

「残念ながら」

「ちなみに私もないから同類ね」

「……そっすか」


 自分で聞いといて無駄に自分が傷つくというヘマを踏んだ藍沢は、男ではなく美緒に向ける睨みを更に強くする。

 すると、それを察知したのか偶々か、前の二人は逃げるようにジェットコースターの列に紛れ込んだ。


 それに続くように俺達もジェットコースターの列に紛れ込み、いつぞやに見たシナシナになった顔を見せ合い――そして顔をそらす。


「結局並んだけど、このままストーカーを続けるの?私はしてないけど」

「俺だってしてない。というか、俺達の目的は遊ぶことだぞ?なにシナシナになってるんだよ」

「それは……まぁそうだけど……。でも好きな人のあんな顔を見たら、誰だってシナシナになるでしょ。現にあなたもなってるし」

「うるせー。チケット買ってやった時にも言っただろ。楽しんでもらわなくちゃ困るって。だから嫌でも楽しめ」

「……なーんか、善田のくせに良いこと言うの気に食わない」

「なんでだよ」


 相変わらず藍沢の顔はシナシナ。

 だけどこちらに向けてくる目には慣れない笑みが浮かび上がっている。


 本当に嫌でも楽しもうとしているのか……?なんてことを苦笑で伝える俺に藍沢はふいっと目だけを逸らせる。


「楽しいか楽しくないかは善田次第だから」

「それは重々承知している。できる限りの力を振り絞って楽しませるつもりだ」

「精々頑張ることね」

「はいはい頑張りますよー」


 なんて言葉を最後に列が前に進む。

 それに合わせて俺達も並んで足を動かした。

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