第22話 背伸びするやつはブラックコーヒーを飲む

「おまたせしました〜。こちら、Aランチになります」


 ポニーテールの女性店員さんが両手にトレーを乗せ、二つのAランチをそれぞれの前に配置する。


 トレーにはパンやスクランブルエッグ、野菜やヨーグルトなどがあり、お昼ご飯でも満足できる量が乗せられてあった。


「すぐにコーヒーもお持ちしますので、少々お待ちください」


 そう言い残した店員さんはキッチンへと戻り、俺達のコーヒーを作っているのか、歯車を回し出す。


「ていうかさ藍沢」

「なに?」

「ここ最近、藍沢とよくご飯食べてる気がするんだけど」

「あー確かに。……もしかして私のこと狙ってる?やめてよ三鶴の前で」

「勘違いやめろ。美緒の前だぞ」


 勘違いも甚だしい藍沢は、自分を守るように身体を抱きしめ、遠ざけるような視線をこちらに向けてくる。


 当然俺も美緒がいるので願い下げだと言わんばかりに冷遇を返し「いただきます」と呟きながらパンをちぎって口にいれる。


 俺の態度に満足がいかなかったのか、不服気な表情を浮かべる藍沢は小さな声で手を合わせる。


「さっきの会話に続けて言うけどさ、善田って食べ方綺麗だよね」

「何を今更。自分でもわかってる」

「……。折角褒めてあげたのにその反応はどうかと思う」

「実際綺麗だろ?」

「実際綺麗だけれども。でももっと言葉の返し方があったじゃん」

「相手が美緒だったら謙遜するけど、藍沢だからなぁ……」

「なんで嫌そうな顔するのよ。嬉しでしょ」

「いや別に」

「あっそう……!」


 わかりやすく不機嫌になる藍沢はトマトのヘタを掴み、実と切り離して口の中に放り込む。


 そうこうしているうちにお盆にコーヒーカップを乗せた店員さんがやって来て、いつもの言葉を発し、机にカップを配置する。


 その瞬間、このお店に入ってきたときと同じ感覚に身が包まれた。

 きっとコーヒーに力を入れているのだろう。渋すぎず、かといって薄すぎないコーヒー豆の香りは鼻を通って喉を乾かす。


「以上でよろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 そう言葉を返すと、店員さんはお辞儀をして席から離れていく。

 うっすらと湯気が立つコーヒーカップを受け皿ごと持ち上げ、メガネに湯気を当てながら唇を濡らす。


「分かりやすく幸せそうな顔するね……」

「コーヒー好きだからな」

「……そう」


 音を立てないようにゆっくりとコーヒーカップを机に置き、曇っていたメガネを外す。


 すると、先ほどはコーヒーの湯気でよく見えなかった藍沢の顔が鮮明に見え、そこには不安だと言わんばかりに口元を歪ませていた。


「どした?コーヒー美味しいぞ?苦いなら砂糖とミルク入れたら良いし」


 机の端に置かれている砂糖とミルクを指さしながら言うと、藍沢は横に首をふる。


「私のこと舐めてるでしょ。コーヒーぐらいそのまま飲めるし」

「いや別に舐めてはないが」

「コーヒーは何も入れない状態が美味しいのよ!」

「はぁ……。それはそうだが」


 どことなく強がっている子供を彷彿とさせる藍沢はコーヒーカップのハンドルを握り、受け皿を左手で持って口元へと持っていく。

 そして唇を湿らせ――


「――分かりやすく苦そうな顔するなぁ……」

「べ、別に苦くなんてない……!」

「だからなんで強がるんだよ」

「コーヒー飲める女子がかっこいいから……!!」

「はぁ……。そういうもんですか」

「そういうもの!」


 もう一度唇にコーヒーを湿らせる藍沢は、やっぱり顔を渋る。

 見た目は年上のお姉さんそのものだが、言葉遣いと行動が子供そのもの。色々とギャップがすごいな。


 藍沢に続くように俺もコーヒーを口に入れ、喉を通して後味を楽しむ。

 うん、美味しい。また今度一人で来よう。


 そんな事を考えながら、受け皿とコーヒーカップを置き、机の端にある砂糖とミルクに手を伸ばした。


「俺は入れるけど、藍沢も入れるか?」


 それぞれ一個ずつ握り、コーヒーに次々に入れてマドラーでゆっくりと混ぜる。


「じゃあ……一個入れる……」

「おけーい」


 コーヒーの色が変わり、見た目が苦そうじゃなくなったのが藍沢の心を動かしたのか、小さな声で言ってくる。

 籠からそれぞれ、ミルクと砂糖を一つずつ取り出し、藍沢の手に直接渡す。


「ありがと……」


 けどやはり大人な女性には憧れているようで、コーヒーを飲んでいないにも関わらず、渋い顔を浮かべる。


 そんな藍沢にマグカップを口元へと持っていく俺は、かなりの量のコーヒーを口の中へと流し込み、苦くないよアピールをする。


 するとようやく藍沢は砂糖の袋を開け――


「――美緒ってコーヒーブラックで飲めるんだ。大人だね」

「そう?私は甘いのも好きだよ〜」

「もしかして俺のこと庇ってる……?」

「ソンナコトナイヨ?」

「カタコトじゃん!」


 なんていう、楽しそうな会話が鮮明に俺達の耳へと入ってきた。

 どんな顔をしながら会話をしているのだろうと気になり、そちらを振り返りそうになったのもつかの間。


 藍沢が持っていた砂糖は何故か俺のコーヒーカップへと突っ込まれたのだ。


「藍沢!?」

「私は大人な女性になる!」


 涙を堪えるような目をこちらに向けてくる藍沢は、グビッとコーヒーを口の中へと流し込む。


 別にあの彼氏と同じなんだから良いじゃんとも思うが、藍沢自身はどうしても大人になりたいらしい。


 折角藍沢が入れやすくするために砂糖とミルクを入れたのに、あの男のせいで完全に俺の優しさが台無しになってしまった。

 ブラックが一番好きなのになぁ……。


 どちらも得をしない状態でコーヒーは減り続け、食事が半分になる頃には両者のコーヒーカップの中身は空になっていた。

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