第20話 不振な別嬪さん
改札口を潜った後についていこうと考える俺は、未だにベンチに座ったまま、グデーっと背もたれに体重を預けて切符を買う二人を見守っていた。
流石に距離も遠くなり、声も聞こえなくなったので行動だけでどんな会話をしているのかを考察する――のも帰って嫉妬を生み出してしまうだけなので、ボーっといちゃつく二人を見つめている。
「電車って7時10分だったよなぁ……。それまでなにすんだ?」
チラッと時計台を見やると、一番長い針は50分を指している。どんなに早くとも、電車が来るのは15分後だろう。
その15分で朝ご飯を食べるとも考えにくいし、どこかのお店に入るとも考えにくい。
というかそもそも店が開いてないだろうし、朝ご飯を食べてきた可能性だってある。
ちなみに俺は何一つとして食べてきていないので空腹ではある。が、目を離す訳にはいかないから我慢だ。
フーっと浅いため息を吐き出した俺は、続けて大きなあくびを披露する。
朝から感情的になったから眠気は覚めているはずなのだが、身体は正直だ。
口を閉じた後、再度美緒たちの方に目を向け――
「――あれ!?どこ行った!?」
時計台を見てあくびをしただけ。ほんの数秒のはずだった。
販売機の前にいたカップルが、いつの間にかいなくなっていたのだ。
相変わらず辺りには人がいないので、どこかをほっつき歩いているのならすぐに見つかるはずだ。だがどこにもいない。
「……まさか、もう入ったのか……?」
いくらなんでも早すぎるとも思うが、それ以外に俺の視界から一瞬にして消えることはできない。
慌てて重たい腰を持ち上げ、改札口の前に移動した俺は、切符を買ったときからずっと立っている駅員さんのあくびを横目に駅へと入った。
瞬間、やっと目的の人物たちを視界に入れることができた。
「かなり足早に来たはずなんだけどな……」
そんな言葉を溢しながら、階段を登って改札口の反対側にあるプラットホームへと向かう。
改札を潜ったときにはもうすでにカップルは柱と柱の間にあるベンチに腰を下ろしており、楽しげに話していた。
階段を降りきり、二人の視界に入らないよう柱の陰にそっと立つ。
こんな早朝にもホームにはチラホラと人の姿が見られ、カバンを片手に持つ社会人さんの姿や、部活の服を着た高校生がスマホをいじっているのが目に留まる。
休日なのに大変だな、なんてことを思いながら俺は一息つく。
少し離れたところにベンチはあるものの、そこにはベージュのマリンキャップを深くかぶり、サングラスとマスクをつけている女性がいるので座ろうにも座れない。
この時代、下手に女性に近づけば痴漢と疑われかねないからな。
それから数十分するとやっと電車が現れ、俺から少し通り過ぎたところでドアが開かれた。
尽きることのない会話を続けるカップルが電車に入るのを見送った後、続けて俺も別の車両に乗り込む。
同じ車両に乗って会話の内容を事細かく聞くという作戦も考えたが、流石に至近距離が過ぎる。
赤色のソファーに腰を下ろし、小さくため息を吐いて肩の力を抜く。
バレないためにも細心の注意を払っていたからか、それともただ単に感情的になりすぎたからかは分からないがやけに体が疲れる。
マスクを外し、ハタハタと顔を仰ぐ。
肌に当たる風は涼しいが、マスクで完全に覆われている口元は蒸し蒸ししてとにかく暑い。
こんなことならもっと通気の良いマスクを買っとくべきだった。
チラッと対局に座るマリンキャップをかぶるお姉さんを見てみると、俺と同じようにハタハタとマスクで顔を仰いでいた。
やっぱりマスクは暑いよな。なんて同情を勝手に得ることに成功した俺は視線を窓の外に戻し、マスクから伝わる風に意識を向ける。
あの女性、すごい別嬪さんだったな。
美緒には負けるけどファッションセンスも良いし、スタイルも良い。
心做しか、口元が藍沢に似ていると思うのは、ここ最近藍沢と過ごすことが多かったからだろうか。
心地の良い電車の揺れに身を任せているとあっという間に1時間が経ち、目的の駅に到着して隣の車両からカップルが降りるのを見てから俺も降りる。
……というか、この言い方だとまるで俺が美緒たちを追っているように見えるな。
別に追ってないんだけどな?ただ目的地が一緒なだけなんだけどな?
切符を通して改札口を出るとちょうど遊園地行きのバスが到着し、カップルたちは慌ててバスに乗り込む。
それに続いて俺もバスに乗り、後ろの方に乗るカップルとは別に、前方の席に腰を下ろした。
すると、先ほどまで同じ電車に乗っていた別嬪さんが、なぜか同じバスに乗ってきたのだ。
先頭から入ってくる別嬪さんは、丁寧にも運転手さんに会釈し、肩に小さなカバンをかけて数段しかない階段を登ってくる。
あまりにも不思議な光景に小首をかしげてしまっていた俺に、別嬪さんもこちらを見ては小首をかしげる。
お互いがお互いに不審がっているのだ。
マスクを付け、一人なのにも関わらず遊園地に向かっている。
一瞬脳裏に、遊園地で待ち合わせしているのか?とも思ったが、俺たち以外にこのバスに乗っている人が居ないということは、その可能性が低い。
まぁ家が遊園地から近いという可能性もあるから断言はできないが。
数秒小首をかしげた後、素に戻ったのかどちらからともなくスッと視線を逸らし、窓の外へと向ける。
近くに美緒がいるというのに他の女子と目を合わせるのは浮気――ではなく、二股に判する。
少なくとも俺はそう思ったから視線を逸らしたのだ。
「発車しまーす。揺れにご注意くださーい」
マイク越しに聞こえてくる運転手さんの慣れたような声とともに扉が閉まり、バスが進み始める。
「ねね、朝ご飯ってどこで食べるの?」
「遊園地近くのカフェだよ。そういえば言ってなかったね」
「近くにカフェあったんだ〜。楽しみ〜」
「そういえば前々から気になってたけど、美緒って食べること好きだよね?」
「うん!大好き!」
今頃かよ。
俺はもっと前から食べることが好きだということを知っていましたけどね!美味しいお店を見つけるとすぐに俺を呼んで連れて行ってくれていましたけどね!!そのたびに見せる幸せそうな顔が俺は好きだけどね!!!
なんて、張り合う言葉を直接言えるわけもなく、嫉妬心を表すようにメガネがとにかく曇る。
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