第19話 カッコつけるんじゃねー!彼氏の分際が!
「あー……ねっむ。」
現在の時刻は早朝の6時30分。
しっとりとした風が肌に当たるのを感じながら、ベンチに座る俺は大きくあくびをする。
人気のない駅前はとにかく静かで、俺の視野には1人の男が立っているのがよく目立つ。
ソワソワとその場で足を動かし、何度もポケットからスマホを出して時間を確認する。
少しくらいジッとしとけ、と直接頭を叩いてやろうかと思ったが、俺の存在がバレてはいけないのでその場で待機する。
「久々にマスクつけたけど息苦し……。メガネ曇るし」
耳からマスクのゴムを外し、ハタハタと顔に風を送る。
今俺はストーカ――ではなく、遊園地に遊びに行こうと思い、電車を待っている。
なれない伊達メガネをつけ、なれないマスクを付け、バケットハットを深く被って。
こんな格好をしているが、決してストーカーではない。ときには1人で遊園地に行きたくなるときだってあるだろ?
だから俺だということがクラスの誰かにバレないように変装しているのだ。
バレたら恥ずかしいからな。
「というかまだ30分前だぞ?なんであの男こんな早いんだよ……」
相変わらず留まることを知らない美緒の彼氏を睨みながら呟く。
確かに俺もこの時間に来ているのはおかしいのかもしれない。だが、これにはちゃんと理由があるのだ。
架道橋に電車が通り、静寂に包まれていた一辺を一瞬にして騒ぎ立てる。
その電車が止まらないことを確認した俺は手元にある切符を見下ろした。
俺がこんな早くに来た理由は、切符を買うためと、何時の電車に乗るのかの確認だ。
あくまでも俺は1人で遊園地に行きたい――という設定だ。
一応誰かに見つかっても、口実を作るために予め切符を買い、電車の時間もしっかりと把握しているのだ。
架道橋を電車が過ぎると、また辺りは静寂に包まれた。
うるさかった一時は唯一あの男の動きが目立たないでいたが、やっぱり静かだと嫌に目立つ。
遠目からでも分かるほどに男は口角を上げ、楽しみだというオーラが漂っている。
あんな姿を見せられたら悔しいったらありゃしない。
俺が先に告白して、晴れて結ばれることになっていたらあそこに立っていたのは俺なのかもしれないのだから。
キリキリと奥歯を噛み締め、見えないハンカチを手で伸ばす。
「なんで俺じゃないんだよ……!!」
あの男に声が届かないよう極力抑え、バシバシバシっとベンチを叩く。
八つ当たりなんて意味はないと分かっている。
前に、藍沢に対して『受け止めなくちゃいけない』と口にしたが、受け止めたうえでも無理だ!何度でも言う!俺は美緒が好きだぞ!あの男は許さん!!
なんてことをしている間にも時計台の針は進み、約束の時間が迫ってきていた。
でもまだ時計は40分を指しており、20分の猶予がある――はずだった。
ジッと男を見る俺の視界外から、一人の女子が照準の先にいる男に手を振りながら走っていくのだ。
幸運なことに辺りは静寂。運が悪いことに二人の声も俺の耳に届く。
「おまたせ、三鶴」
「俺もさっき来たところだから大丈夫だよ?それにしても早いね」
「えへへ。楽しみだったから早く来ちゃった」
照れくさそうにはにかむ美緒に、カッコをつける美緒の彼氏は笑顔で「可愛いなぁ」なんて言葉をかける。
いつもの俺なら――いや、先ほどまでの俺ならこの二人の会話に、また歯を食いしばっていただろう。
だが、今の俺は見惚れていたのだ。
久しぶりに見る美緒の私服に。
水色のロングスカートに白のTシャツをタックインするその姿は大人っぽさがあり、だけどはにかむ顔も相まって子供っぽさが抜けていない。
ただ清楚な服装なのではなく、耳にはイヤリングが施されており、陽気なオーラが漂う。
そして遊ぶには少し大きいカバンを肩にかけ――まぁ何が言いたいかと言うと、とにかく可愛いのだ。あのカバンの中には愛情の籠もった弁当があるんだろうけどな!
ケッ!と唾を吐く真似をした俺は膝に頬杖をつき、細めた羨望の眼差しをカップルに向ける。
そんな俺に気がつくわけもなく、彼氏と目を合わせる美緒は口を開いた。
「やっぱり私服もかっこいいね」
「そう言ってくれるならお世辞でも嬉しいよ。ありがと」
「お世辞じゃない!本当にかっこいい!」
「あはは。そんな必死にならなくても分かるから。ちょっとからかっただけだよ」
「もう……!」
再度ケッ!と唾を吐く真似をした俺は更に目を細める。
「なーにが『からかっただけだよ』だ。彼女よりも先に可愛いって言えよ!おしゃれって言えよ!俺なら出会った瞬間に言うぞ?あーあ。俺のほうが良かったんじゃないか――」
なんて愚痴をこぼしている最中だった。あの男はプクーっと膨らませる美緒の頬を親指と人差指で優しく押し潰しながら言ったのだ。
「――美緒の私服もおしゃれだね。膨らませてる顔も可愛い」
「んー!!もう!早く行こ!」
「あははは。可愛い〜」
みるみるうちに赤くなる美緒の顔はブンブンと振られ、セットされてあった彼氏の指を振り払い、お返しと言わんばかりに腕にしがみつく。
そんな美緒に幸せそうに笑うあの男は、美緒の歩幅に合わせながら歩きだす。
「ケッ!クソが!」
なんて捨て台詞を吐いた俺は、目だけでカップルを追うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます