第12話 そんなのだから振られる
レジにて会計を終え、店を後にした俺達は夕日に照らされる道を隣り合って歩く。
あのカップルが食べ終わるまで待ってやろうかとも思ったのだが、ずっとあーんをするものだから耐えられず出てきてしまった。
「顔シナシナじゃん。お腹は出てるくせに」
「明日には引っ込むから良いよ。てか顔がシナシナなのはお互い様だろ」
「はい?明日には引っ込む?舐めてるの?」
「そっちかよ……」
「当たり前でしょ。だから振られたんでしょ」
「うわ。そんな揚げ足取ってるからお前も振られたんだろ」
「うるさ。あんたにしかしてないし」
「どうだか」
多分、店の中で溜まった妬みという名の怒りが俺達の蛇口を捻ったのだろう。
包み隠そうとしない数々の刺さる言葉は口から飛び交い、シナシナな顔から体内へと入っていく。
「……私だって三鶴とイチャつきたいし」
数秒間の沈黙の後、ポツリと藍沢が言葉を溢した。先ほどまでグサグサと心臓を刺すような言葉ではなく、弱く細い言葉が。
「何だよいきなり。さっきまでの威勢はどうした」
「善田もイチャつきたくないの?あの女と」
「……ノーコメントで」
「その感じ絶対イチャつきたいじゃん」
地面に落としていた言葉が、舐め回すように俺の顔へと向かってくるのが分かる。
『肩を組もうよ』とでも言いたいのだろうか。それとも『慰めて』とでも言いたいのだろうか。
藍沢が何を期待してこの言葉を俺にかけているのかは分からないが、縋ろうとしていることは分かる。
「イチャつきたいけど、美緒には彼氏がいるんだぞ?その事実は受け止めなくちゃな」
だから俺はまっすぐと前を見て、自分の意志を藍沢に伝える。
『俺は藍沢とは傷の舐め合いはしないぞ』という意味を込めて。
「ストーカーはしてるのに?」
「あ、あれは相手がどんな男か見極めてるだけだ!」
「はい!?三鶴のことバカにしてるの!?」
「してねーだろ別に!変な男に引っ掛かってたら普通に心配するだろ!」
「やっぱしてるじゃん!」
「どこがだよ!」
鋭い目を向け合う俺達は締まらない会話を繰り広げ、人のいない道を隣り合って歩く。
俺の言葉に藍沢がどういう解釈をしたのかはわからないが、少なくとも『受け止める』という言葉の意味は理解してくれたらしい。
どことなく縋ろうとする視線が無くなった気もするし、何かを求めるような瞳をこちらに向けることはもうなかった。
負けた者同士、傷の舐め合いをするのではなく、前を向くべきなのだと俺は思う。
どういう形であれ、受け止める必要がある。
でもだからといって――
「――受け止めるとは言っても、諦めることはできないよなぁ」
「え、なんでいきなり話戻すの?」
「戻してもいいだろ。良いこと言ったんだから」
「うーわ。私も良いこと言うなぁとは思ったけど、今の発言ですべて台無しになった。あーあ、勿体なぁ〜」
「思ってたんならそのまま思ってろ。胸に響く言葉だったろ」
「あーもうすべてが台無し!ざんねーん善田くん。だからモテないんですよ〜」
「お前こそそれだからモテないんだろ」
「知ってますー!」
「うー」という口を強調して来る藍沢は相変わらず顔だけは可愛く、美緒とはまた別の子供っぽさがある。
でもだからといって、こいつを好きになるわけもないし、美緒を諦めるわけもない。
「じゃ、私家ここだから!」
「はいはい帰れ帰れ」
「そんなのだから振られたんでしょ!」
「だー!分かってるって!さっさと帰れ!」
「うわ怒った〜。きゃーこわーい」
なんて言葉を棒読みで吐いた藍沢はタタタッと玄関前の階段を上がり、扉を開いてなぜか振り返ってくる。
「今日はひっどいものを見せてくれてありがとうね?お陰で心抉られた!」
「なんの感謝だよ……」
「うーん。まぁ、うん。ひどいものを見たけど、割と楽しかったよってこと」
「お?デレか?ツンデレのデレの部分か?生憎俺はお前を好きになることはないぞ?」
「違う!普通に感謝してるだけ!」
「そーかそーか。分かったからさっさと帰れ〜」
「言われずとも!バーカ!」
捨て台詞を豪速球でこちらに投げてきた藍沢は玄関を潜り、勢いよく扉を閉める。
「暴言ばっか吐いてたらそりゃ振られるわ」
藍沢のボールを冷静にキャッチした俺は緩いボールを投げ返し、3秒ほど返ってこないことを確認してその場を去った。
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