第11話 『あーん』を見せつけてくるカップル

「私……もうお腹いっぱい……」

「はっや。半分も食ってねーじゃねーか」


 オムライスに手を付け始めてかれこれ20分ほどが経ち、今お皿の上には4分の1まで減ったオムライスがある。のだが、その殆どは俺が食べたもので、藍沢が手を付けたのは4分の1にも満たない。


「いいじゃん!ソーダいっぱい飲んでるじゃん!」

「ソーダに関しては俺が飲もうとしたら拒否するじゃねーか」

「だって間接キスだよ!?絶対やだ」

「あーそーかよ。こっちだってごめんだ!」


 オムライスのお皿をこちらに引き寄せた俺はフンッと鼻を鳴らし、スプーンでオムライスを掬うが、なぜか口の中に入らない――というよりも、手が拒んでくるのだ。


「あれ?食べないの?」

「……お腹がいっぱいなのは自分だけじゃないんだぞ」

「引き寄せたんだから食べなよ」

「言われなくても食べるわ」


 ソーダを片手に、お腹を擦りながら挑発的な口調で言葉を紡いでくる藍沢に睨みを向けて強引にオムライスを口にねじ込む。

 そんな俺の睨みに反して藍沢がニヨニヨと嘲笑ってくるものだから、目をそらして通路側を見やる。


「…………」


 ――そして俺はこめかみに指を当て、そっと目を伏せた。

 俺の様子が気になったのか、藍沢も口にソーダを含みながら通路側に目を向ける。


「…………」


 ――そしてそっとソーダが入ったコップを机の上に置き、目を伏せた。

 通路側にいたカップル。通路を挟んだ席に座るカップル。さっき恋人繋ぎをしていたカップルが今――


「はい、あーんっ。美味しい?」

「おいひいよ」

「口の中が無くなってから話してよ〜もうっ」

「んんんー」


 口の中を見せないように手で隠して話していた彼氏に、思ってもいないことを注意する彼女。それに対して素直に治す彼氏の姿。そして微笑み合う。

 注文時には聞こえなかった声も嫌というぐらいに鮮明に聞こえ、ただイチャイチャする二人の姿が尻目にもはっきりと見える。


「「……は?」」


 不意に口から溢れた一言は対面に座る女子と重なり、直ぐに目を交差させた。

 口の中にあったオムライスとソーダは、満腹にもかかわらず自然と胃に入り、代わりに妬みが口から溢れ出す。


「え?まってまってまって。あーんってした?あの女あーんってした!?」

「俺ですら美緒にされたことがないのに、なんであの男がされてるんだ?不公平だろ!」

「私がしようとしても拒否されたのに!」

「『あーん』は礼儀が悪いからねって言ってた美緒はどこ行ったんだよ!」


 対面にいる異性にこんなことを言ったって無駄なことは分かっている。

 本人たちに届かないのだから無駄なことは分かっている。だけどずるくね!?


 さっきも言った通り、美緒は『礼儀が悪いからね』ということでやってくれなかった。

 けど今となってはどうだ?めちゃくちゃしてるじゃん!過去のことは覚えてないの?って思えるぐらいにしてるじゃん!今もしてるし!


「ねぇー!ずーるーいー!」

「それは俺だって思ってるから!」


 嫉妬心に心が苛まれた藍沢の手によって俺の肩は左右に揺らされ、俺は俺とて悔しいので藍沢の手首を掴んで前後に揺らす。

 そんな行動をしてもなお、やっぱり隣のカップルは気になるのでチラッと様子を見て――


「なんでこんな動きがうるさいのに気づいてないのぉー!」

「あの二人完全に自分たちの世界に入ってるじゃんか!」


 周りに迷惑はかけないように声だけは抑え、だけれど動きがうるさすぎる俺達は更に揺らす肩と腕を加速させる。


「美緒も食べるか?」

「いいの?」

「当たり前だろー。はいあーん」

「あーんっ――おいひ〜」

「美緒もお行儀が悪いぞー?」

「三鶴と一緒だから良い〜」

「ほんと可愛いやつだな」


 ――バタンッ。

 隣のカップルの会話を聞いた俺と藍沢は同時に机に倒れた。

 うるさかった動きも嘘かのように止まり、ただ机に突っ伏して項垂れる。


「美緒可愛いぃ……。俺にあんな顔見せたことないって……」

「ね。さすがの私もあれには可愛いと思った」

「やっぱ俺の幼馴染が一番だ」

「でも選ばれなかったじゃん」

「…………」


 藍沢の言葉に無言で顔を上げ、指に力を込めてこちらに向ける後頭部にデコピンをお見舞いする。

「いだっ」という情けない声が耳に届くが、そんなのを無視してスプーンを握り直す。


「別に今選ばれなくたって、数年後にはこっちに戻ってくるかもしれんだろ」

「それは私も思ってる。絶対に私のもとに戻ってくるってね」


「――三鶴?あーんっ」

「あーん」


「……戻って来る……よな?」

「うん……絶対にね……」


 憎らしいほど見せつけられる俺達はそっとメニュー表を仕切りのように立て、藍沢はストローを加え、俺はオムライスを掬って食事を再開する。


「ねぇ」

「はい」


 俺が口にオムライスを放り込む頃には藍沢の一口が終わっており、ふと思い出したかのように藍沢は言葉を零す。


「私もあーんってしたらいっぱい食べれる?」

「……はい?」

「いっぱい食べれるなら、残りのオムライスをあーんで終わらせてあげようと思ったんだけど」

「……藍沢って、たまにバカって言われないか?」

「はい?私バカなこと言ってる?」

「どう考えても言ってるだろ。さっき間接キス無理だって言ってただろ」

「善田のスプーンでやればいいじゃん!」

「それでもバカだろ!?」

「あーあ!折角のチャンスだったのに残念だったね!!」

「別に望んでないっつーの!!」


 なんて言い合いを最後に、俺達は顔をそらし合って黙々と改めて食事を再開する。


 実際にあーんをされたことがないからなんとも言えないが、絶対に食欲が沸かないという自信だけはある。


 別に検証なんて必要ない!されたくもない!!厳密に言うなら美緒にだけはされたいけどな!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る