第8話 聞こえただけ

「なぁ藍沢」

「なに?今計算してるんだけど」

「すっごい情報手に入れたんだけど聞く?」


 今日はファミレスではなく、誰もいなくなった教室で勉強に腰を入れる。

 そんな藍沢に、俺は頬杖をつきながら問いかけた。


 頭の中で色々な数式を立てているところには不芳だと思うが、藍沢にとって重要になる情報かもしれん。現に、俺にとって重要な情報である。


「聞く」

「美緒たちがこれからカップル限定のパフェ食べに行くんだってさ」

「……どこでその情報を?」


 ピタッとノートに滑らせていたペンを止めて盗み見るように見上げてくる藍沢に、頬杖をついたまま答える。


「廊下で二人が話してるところを聞いた」

「盗み聞きじゃん。やば」

「滅茶苦茶気になってるやつに言われたかねーよ。てか聞こえたんだからしゃーないだろ」

「私は別に気になってないけど、カップル限定という言葉がね?なんかね?」

「気になってるじゃねーか」


 その言葉を最後に教室には再度沈黙が訪れるが、止まった手が動き出すことはなく、各々に思考を働かせるだけ。

 だが思考の内容は学業の面のものではなく、好きな人のこと――即ち美緒のことを考えているのだ。


 カップル限定ということは、一つのジュースにストローが二つ付いてくるみたいな感じだろ?入店前にキスとかをさせてカップルってことを示さなくてはいけないってことだろ?

 ……気にならないわけがなくね?


「なぁ藍沢」

「なに?今考え事してるんだけど」

「もしよければだけどさ、様子だけでも良いから見に行かね?」

「……あんた、それどういう意味か分かってる?」

「分かってる。が、色々と気になって仕方ないんだ。このままだと夜も眠れないぞ」

「それはわかる。すっごいわかる。私も全然行こうと思ってる」

「なら行くか」

「うん、行こう」


 俺達の思念が交わったことを確認し、頷いてすぐに片付けを始める。

 勉強をし始めてほんの数分しか経っていないが、こういうことだから仕方がない。


「場所は知ってるの?」

「聞いてしまった時に調べたから分かるぞ」

「……ストーカー向いてるんじゃない?おすすめはしないけど」

「しねーよ。てか藍沢だって同じ状況だったら調べるだろ」

「それはまぁ……否定はできないけど、聞く分にはやばいね」

「うっせ。さっさと行くぞ」

「はいはい」


 なんて会話をしているうちに片付けはあっという間に終わらせ、肩にカバンを下げてすぐに教室を後にした。



 スマホの情報によると、カップル限定の料理が提供されているのは街中の――っと、これか。

 学校から徒歩10分の場所にある、割と新しくできたお店の前で足を止める。


「いる?」

「いやわからん。この窓からじゃ見えん」


 歩道から見える窓は一つ。入店時に潜る扉の隣りにある小さな窓からは二人の姿どころか、店内で料理を召し上がっているお客さんの姿すら見られない。

 ということは、ここからは――


「――だったら潜入調査だね」

「だな」


 意見の一致を確認した俺達は、扉の前にある看板に目を通し、扉を潜った。


 その看板には『カップル限定メニュー』という文字がデカデカと書かれ、ひとサイズ大きい飲み物が描かれていたり、ハート型のオムライスなどが描いてあった。


 多分そのせいだろう。

 その大きな絵たちに目を奪われていて、下に書いてあった『カップルだということを示してください』という文字に目がいかなかったのは。

 そういうことをするんだなと予想していたのに、完全に頭からスッポ抜けていたのは。

 

 そして『カップルしか入れません』という言葉にも目が行き届かなかったのは。

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