第7話 未練タラタラですがなにか

 各々に小声で言葉をこぼすのをよそに、目線の先にいる二人の男女――浅原あさはら美緒みお松波まつなみ三鶴みつる――が数席離れた椅子に腰を下ろした。ニコニコと笑みを浮かべた状態で……!!


 幼馴染のことを見るために伸びていた背丈を縮め、ゆっくりとお互いの顔を見合わせた俺たちは顔を小刻みに振るわせる。


「チラッと聞こえたんだけど、『あれが彼女』というのは……」

「やっ、その……。あれが私の好きな人といいますかなんと言いますか……」

「俺が聞きたいのはそこじゃなくて、彼女に不満があるように聞こえたけど」

「せっかく好きな人をバラしたのにその反応はないでしょ!ただ私が恥ずかしい思いしただけじゃん!」

「だって聞いてるところが違うし」


 今思えば確かに店に入る時よりも顔は明らかに赤くなっている。けれど俺が聞きたいのはそこではない。


「俺が聞きたいのは、あたかも美緒のことが可愛くないと言いたげだな?と言いたいんだ」

「美緒?あーあの彼女?可愛いとは思うけど私より――」

「――それ以上口にしたら多分お前の首を絞めることになるがいいか?」

「え、なに?こっわ」


 机に身を乗り出して顰蹙を向けると、藍沢はわかりやすく顰めっ面をして身を引く。


「藍沢は昨日のことがあるから多少は許してやろうと思った。が、その続きの言葉を口にした瞬間俺は藍沢との縁を切るね」

「だからなんでよ。私の好きな人の彼女なんだから、善田にとっても他人でしょ?」

「……好きな人だよ」


 先ほどの威勢はどこへやら。

 身を乗り出していた身体を引っ込め、声すら絞った雑巾のように細いものになった俺の顔は多分赤いのだろう。

 若干効いている冷房の中でも、火照っている顔がよく分かる。


 そんな俺に対し、藍沢は心底驚いたような表情を浮かべ、立場が逆転したかのように身を乗り出してくる。


「好きな子の話を聞かないあの善田に好きな人がいたの!?」

「それは俺の話なんて挟ませようとしないほどに自惚れてたからだろ」

「えっ、でもあの子が好きだったの?高嶺の花じゃない?」

「うっせーな。幼馴染なんだよ。小学生の頃からずっと好きだったんだよ」

「えっ、じゃあ今すっごい傷ついてるんじゃ……?」


 乗り出した身体からは想像のつかないほどの案じ顔を見せつけてくる藍沢に、俺はため息を交えながら短く説明する。


「この前の祭りで振られた」

「あー……そうなんだ。なんか、ごめん」

「別にいいよ」


 やっと身を引っ込めた藍沢から視線を逸らし、無意識的に美緒の方に目をやる。

 タブレットを二人で覗き込みながら、美緒が笑って男子が微笑む。

 どうせ男子が面白いことでも言ったのだろう。美緒は何でも笑ってくれる優しい子だから、一緒にいると楽しいのは分かる。


「はぁ……」


 不意に溢れたため息は宙を舞い、談笑する片方に届かないということが分かっていても、期待してしまう。

 今回も誰にも触れられずこの息はどこかへ消えてしまうのかと思っていたのもつかの間、正面にいる藍沢がまた身を乗り出して腕を突いてくる。


「未練タラタラじゃん」


 微笑みながら言ってくるのを察するに、多分こいつは慰めのつもりで言ったのだと思う。

 けどな?核心を突かれた身にもなってくれ。


「未練タラタラだよ。今でもめちゃくちゃ好きだよ」

「冗談のつもりだったんだけど……まじかぁ……」

「まじかってなんだよ。そういうお前はどうなんだ」

「私?私はまぁ――


 微笑みを浮かべていた目をスッと逸らした藍沢は頬杖を付き、不服そうに言う。


 ――好きだよ。振られたけど、ずっと好きだったんだし」

「同類じゃねーか」

「そうよ!でもだから悔しいのよ……!なんで私以外の女とあんな笑顔を向け合ってるの!」

「お前おっも。別に笑顔ぐらいは良いだ――ってなに肩くっつけてんだあいつら……!!」

「あんたも大概じゃん!」


 その後、結局勉強会が進むわけもなく、ストレスを発散するかのように特大パフェを頬張る藍沢と俺はハンカチを噛みしめるようにカップルにがんを飛ばし続けるのだった。

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