第5話 ただの友達
青かった空は橙になり、窓の外から夕烏の鳴き声がよく聞こえる。
そんな中、俺と藍沢は隣り合って廊下を歩く。
藍沢に背中を預けてからどれくらい経ったかは分からない。けど、この空と背中に伝わる冷たいモノのおかげで小一時間ぐらい経っていることは簡単に想像できた。
藍沢の目元は言わずとも赤く、背中に頭をこすりつけたからか髪がぼさっとしている。
泣き姿を見られたからと言って、身だしなみを崩しすぎではないか?なんてことを言おうとしたのもつかの間、先に藍沢が口を開いた。
「なんで善田は学校に残ってたの?コーヒーといちごミルクなんて買ってさ」
「んーっと、今度夏休み明けテストあるじゃん?その勉強でもしようかなと」
「真面目かよ」
「真面目だよ」
無理をするような微笑みをこちらに向けてくる藍沢に、俺は冷静にツッコむ。
この顔を見て簡単に『無理するなよ』という言葉をかけることなんてできない。
『じゃあ支えてくれるの?』なんて言葉が返ってきたら、俺にはどうすることもできない。
だって俺は藍沢にとってただの友達でしかないし、藍沢の好きな人の代わりになれるわけが無いのだから。
「あっ、藍沢も勉強するか?」
「……この状況ですると思う?」
「いーやしないね」
「じゃあなんで聞いたのよ」
「一応だよ一応」
「まぁでも、今日はしなくても明日はしてあげる。ファミレス奢ってね」
「別にいいけどさ……」
今日のこともあったし、一回くらい奢ってやってもいいか。という気持ちで発した言葉だったのだが、どうやら藍沢にとっては心底意外だったらしく、赤くなった目元を大きく開いてこちらを見つめてくる。
「いいの?本当に?」
「いいよ。優しいからな俺は」
「あーあ。今自分で言ったから台無し」
「自分で言ったっていいだろ」
なんて会話をしながら教室に戻り、まだ中身がある缶コーヒーを自分の机の上に置いて席に座る。
温かかった缶コーヒーは知らぬ間に冷えており、逆に藍沢が持っているいちごミルクは生ぬるくなる始末。
コーヒーは冷えても美味しいが、いちごミルクが生ぬるくなるのは色々と大丈夫なのか……?
「え、もしかして今から勉強するの?」
「いや流石に今日は帰るよ。そろそろ下校完了時間だし」
17時50分の時計を指さしながら言う俺は机からカバンを取る。
結局一つも手をつけなかったノートをカバンに片付け、筆箱と参考書をノートの隣に置く。
その様子を見ながら、藍沢はストローを咥えて口を開く。
「家でもやるの?」
「気が向いたらやる感じかな」
「マジの真面目じゃん」
「だからマジの真面目だって」
「誰かと一緒にやったりはするの?」
「前までは幼馴染とやってたけど、それがどうした?」
「ちょっと気になっただけ」
「気になっただけか」
「うん」
カバンを持ち上げながら言う俺に、藍沢は合図地を打っていちごミルクを口に含む。
「あっま……」
「もしかしてだけどさ?甘いの嫌い?」
いちごミルクを渡した時から気になっていたが、眉間にしわを寄せて飲むものだから嫌いなのかと思ったのだけれどどうやら違ったらしい。
「今の感情と合わないだけ」
「あーそゆこと?」
「そゆこと」
「ちなみに今の心境と合いそうな飲み物は?」
「えー水じゃない?」
「なんで水……?」
そんな会話をしながら廊下に出た俺たちは夕日に照らされた道を二人並んで歩く。
別に一緒に帰ろうと決めたわけでもなく、なんとなく一緒に帰っているだけ。
それだけでも一緒に帰る価値があると俺は思った。
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