第4話 振られた者同士

「あー……」


 体育館前の自動販売機で缶コーヒーを買い、教室に戻ろうとしていた俺は、できれば見たくなかったものを目の当たりにしていた。


 「まさか学校の自販機で当たりが出るとは〜」なんてことで喜んでいたのもつかの間、視線の先には座り込む女子生徒の姿。

 ほんの数十分前までは隣で一緒の授業を受けていた藍沢の姿があった。

 かすかに聞こえるすすり泣き、そして場所、今朝の言葉から察するに何があったのかが容易に想像できた。


「当たりが出たってのはそういうことか……」


 手元にある缶コーヒーといちごミルクを見下ろし、もう一度藍沢に視線を向ける。


『日頃から惚気を聞いていたのだから、お前が行け』と神様に言われても、なんの疑いもない。

 多分あいつの人生上で一番好きな人のことについて話していたのは俺だろうし、もちろん俺の人生上で一番惚気を聞かされたのはあいつだ。


「……隣の席になったのが運の尽きってか……」


 そんな言葉をボソッと溢し、整備された道から外れて土に足をついた。


 近づいていくにつれて藍沢のすすり泣きが耳によく残る。

 俺とて振られた時は泣きやしなかったが、悲しかったのは痛いほど分かる。

 だから俺までもが心に傷がつく。

 それに、藍沢の惚気を聞く限りじゃ絶対に付き合えると思ったし。


「ほれ、コーヒーかいちごミルクか選べ」


 若干温かい缶コーヒーを膝に埋めている藍沢のほっぺたに強引に当てる。

 冷たくはないからそこまで驚きやしないだろうと思っていたのだが、藍沢は俺の声に肩をはねさせ、勢いよくこちらを見上げてくる。


「なんで……ここにいるっ、の」

「飲み物買いに来ただけ」


 藍沢の瞼に溜まる涙は頬を伝い、抱えている膝に落ちる。瞬間、また顔を膝に埋めてしまった。

 そんなのを目にした俺は視線をずらし、ゆっくりと藍沢の隣に腰を下ろした。


「んで、どっち飲むよ」

「……いらない」

「水分流してるんだからなんか飲めよ。脱水症状なるだろ」

「ならないし……」

「いちごミルクでいいな」


 パックの裏にあるエチケットストローを取り出し、紙パックに刺して藍沢の手元に持って行く。

 すると、無言のままだが藍沢は膝に顔を埋めた状態で紙パックを握った。


「一応いちごミルクが嫌いならコーヒーもあるけど」

「渡したあとっ、に言わないで」

「それはそうか。んじゃいちごミルクで我慢してな」

「…………」


 泣くことを我慢しているのだろうか。それともただ、呼吸が乱れているだけなのだろうか。

 泣いていることに関しては深く掘るつもりはない。

 けど、大好きだったんだな。


 俺の言葉に返事をすることはない藍沢だが、しっかりと渡したいちごミルクは飲んでくれる。

 顔は見せないように、膝と膝の間からストローで吸っている状態だけれど。


「甘……」

「そりゃいちごミルクだし」

「分かってる。そのぐらい」

「そーか」


 カチッと缶コーヒーの蓋を上げながら言葉を返し、口の中に苦い液体を流し込む。すると、隣からこれまた我慢するような声で、


「なんで話しかけてきたの。私の状態が見えるでしょ」

「見えるな。ダンゴムシも顔負けなほどに縮こまってる藍沢の姿が」

「……なんで話しかけたの」

「なんでって、あんだけ惚気けを聞かされて?こんな姿の藍沢を見て見過ごせるわけがなかろう。余計なお世話だと思ってるかもしれんが、日頃の態度を改めてから物申しな。惚気は普通に迷惑だからな?」

「そんな一気に言わないでよ……。聞き取れない」

「知らねぇ。普段から一気に言ってくるやつが何を今更」

「…………」


 おっと、流石に言い過ぎたか?

 こういう場面では普段通りに接するのが良いと思ったんだが、少しぐらい気の使う言葉をかけるべきだったか――


「――弱みに付け込んで私にアタック仕掛けてきても、好きになんないからね」

「……はい?」


 突然黙ったかと思えば、理解の及ばない言葉を並べ始める藍沢は、ほんの数ミリ膝から顔を上げてこちらを睨みつけてくる。

 思わず俺も眉間にシワを寄せてしまい、言葉が詰まってしまったがすぐにその言葉の意味を理解した。


「あっち向いて」


 藍沢とは真逆の方向――俺が来た方を指差して言ってくる藍沢に、よくわからないまま頷いた俺は背中を向ける。

 刹那、背中にコトンと体重を預けてきた。

 この時『好きになんないからね』の意味がやっと分かった気がした。


 薄いカッターシャツにジワジワと温かいものが広がる。

 口につけても飲むことができない缶コーヒーを手に持ったまま、藍沢の頭も背中も撫でることなく、俺は地面に視線を落とした。

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