第4話 恋の不等式

「それでね、買い物から帰ってきたら、電話が来たのよ」

 おばちゃんは氷の無くなったロックグラスに焼酎をどぼどぼと注ぎながら、あかくなった頬を手で押さえる。


「それがね、ヤスジさんだったの」

 ヤスジさん──。

 十年ほど前に離婚をしたというおばちゃんは今、恋多き乙女で、昨年からはハルヒトさんという『いい人』がいる。

 一方でヤスジさんは、『お友達』である──。


「でね、ヤスジさんたら、お食事に、旅行にって、言い寄ってくるの!」

 おばちゃんはにこにこしながら、冷蔵庫から出してきた残り物の卵焼きを、「ぼく」の前のからの焼き鳥の容器に取り分ける。


「でも、おばちゃん、ハルヒトさんは……」

「ぼく」は甘みのある卵焼きを頂きながら、思わず口を挟む。

 いくらハルヒトさんがここにいないからといって、おばちゃんが他の人に言い寄られたことを嬉しそうに話しているのを見ると、「ぼく」の方が申し訳なくなってくる。


「あら、ぼく君心配しないで。あたしはハルヒトさん一筋ひとすじなんだから」

 おばちゃんはストレートの焼酎を呷りながら、菜箸を持った手を、あらいやだと振る。


「でも、ヤスジさん、あんまりあたしに夢中なもんだから、言ってあげたのよ」

 おばちゃんが意味ありげにこちらを見つめてくるので、「ぼく」はオレンジジュースのストローから口を離す。


「友達以上、恋人以下の関係でいましょう、って」


『恋人』って──。


『恋人』も含まれるではないか。


 おばちゃん、ヤスジさんを『キープ』にしているではないか。


 しかし、「ぼく」はオレンジジュースの残りをすすりながら、思う。


 誰とでもいいから、おばちゃんが幸せでいられますように。


「ぼく」とだらだら過ごすこの時間も、おばちゃんの幸せになっていますように。


 ──そんな「ぼく」をよそに、おばちゃんは茎わかめの袋を開けながら、また喋る。

「それで、そうそう、こないだアサミさんから聞いたんだけどね──」


 今晩のは、もう少し続きそうだ。

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かしこい大家さん 柿月籠野(カキヅキコモノ) @komo_yukihara

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