第138話 忍び寄る恐怖

 -------------(とあるモブ視点)-------------



 考えた事もなかった災害が地球を襲った。

 隕石の落下。


 俺が住むこの辺りは山で囲まれた街だ。その山のお陰で『落下の衝撃波』なんてものはここまで届かなかったようだ。

 地震は何度もあった、しかしテレビで観たような空気の壁が建物を吹き飛ばす光景は、この街では皆無だった。


 ここらは内陸なので海もない、なので津波も無かった。元からテレビのチャンネルもふたつしかないような田舎だ。そのテレビで火山噴火のニュースが流れた。


 噴火は九州のどこだかだと言う。大丈夫、九州で被害にあった人らには申し訳ないがここまで火山灰が来る事はないだろう。

 普段は『田舎』である事を馬鹿にしていたが、今は感謝している。


 水は山からの湧水や井戸がある。ここらは大抵の家が畑を持っているので食べる物にも困らない。

 街には大きなスーパーなどもなく、山を越えた先にある大型スーパーで買出しをするのが日常だった。なのでどこの家もある程度の物資は蓄えてあった。


 電気も辛うじて止まらずにいてくれる。しかし町会から『節電』の指示は出ていた。

 

「いつ止まってもおかしくない」

「電気なんて溜めておけんぞ?」

「ほら、なんつったか、あれ、屋根の板……」

「ソーラーか」

山代やましろさんとこは屋根じゃなくて裏の畑にあったぞ」


 数年前にどこかの会社が、そのソーラーパネルを街に販売に来た。その時に取り付けた家も多い。

 田舎の金持ちを狙ったのかも知れないが、今となっては良かったと思う。うちも、小さいのを取り付けた。


 うちは妻とふたり暮らしでまだ子供はいない。直ぐ横に実家がある。そっちは古いがそれなりに大きい。

 家は兄貴が継いで、両親や祖父じいさん祖母ばあさんと兄貴一家が一緒に住んでいる。


 うちは先々に子供が増えた事を考えて一応5LDKを建てた。妻は街に住みたいと反対をしていたが、土地も家を建てる金も出してくれるので諦めたようだ。


 俺も妻も山を越えた隣町で働いていたが、今回の災害で職場が休業になったのだ。それで現在は親の畑を手伝っている。

 食事も向こうの家で一緒にとっている。今までは仕事帰りに街で買い物をしていたが、それがなくなったので食材を手に入れられなくなったからだ。


 災害後に何度か街へと買い出しに行ったが、店はいつも閉店状態だった。復活の予定は立っていないと言われた。


 そんな感じで災害後も何となく過ごしていたが、日本全土を襲った未曾有みぞうの災害に全く復旧の目処めどが立っていないとニュースで流れるばかりだ。

 親父や兄貴は連日、町会の話し合いに顔を出しているが、浮かない顔で帰ってくる。



 隕石も津波も火山噴火の影響も無かったかに思えたこの町だったが、災害の影響は皆無ではなかった。

 と言うのも7月とは思えない寒さが町を覆っていたのだ。畑の野菜が痩せてきた。果樹園では実が膨らまずに地面へと落ちるそうだ。


 妻は果樹園に手伝いに行っていたので、分けてもらってきているのだが、今までにないくらい小さな果実だった。それでも貰えるだけマシなのだが。


 テレビがいちチャンネルしか映らなくなった。それも、1日数回のニュースと、あとは録画した物を繰り返し流しているだけだ。

 食事も風呂も出来るかぎり節約しようと家族で話し合った。


 うちは子供が居なくて助かった。近所の上田うえださんとこは0歳と2歳の子がいるのだが、粉ミルクもオムツも手に入らないと嘆いていた。

 兄貴のとこはもう小学生だからな。そう、学校もとっくに休校している。


 親父と兄貴が町内会から戻ってきた。相変わらずのしけたツラだ。


「町内の備品も底をついた、貰えたのもこれだけだ」


 兄貴が数個の缶詰をテーブルへと置いた。鯖缶と焼き鳥缶。


「畑の無い町民に優先して回すそうだ。うちは畑があるからな」


 そうだろう。町民全員の家で畑をやっているわけではない。俺と妻も実家の敷地に住んでいなければとっくに食うに困っていたはずだ。


「この寒さも気になる。畑の採れるもんは皆採っておくか」

「そうだねぇ。わしは山でなんか採ってくるわ」


 『わし』と言ったのは祖母ばあさんだ。ここらのばあさんらは自分の事を『わし』と言う。


 畑の野菜や山で採れた山菜や木の実も、なるべく長期に保存出来るように祖母ばあさんと母さんと義姉ねえさんが加工をする。

 妻と兄貴のとこの優花ゆかが果樹園で落ちた実を拾う手伝いに、その後それらを瓶詰めにして貰ってきた。


 それでも兄貴のとこ8人とうちが2人での合計10人、半年も凌げないのではと不安になった。それまでに日本が復興しているだろか。

 …………復興していてくれ。



 俺の願いをよそに、半年など待たずに新たな災害がやってきた。

 富士山や他の山が噴火した、と、そのニュースを最後にテレビが砂嵐になった。


 母家おもやは電気が止まったそうだ。うちはソーラーがあるので辛うじて家電が動いているが、お日様の出る日が減っていた最近は思うように電気が貯まらない。

 まったく止まった母家よりは多少マシな程度だが。


 

 テレビが切れてからはラジオから得られるニュースだけだ。それも噴煙や火山灰でヘリを飛ばせないので、専門家などから得た架空の情報にすぎないそうだ。


「日本全土の空が覆われる、光の無い冬がやってくる」


 そんな噂も飛び交っていた。


 祖父じいさんと父さん、兄貴と俺で話をした。この先、まだ災害が続くとしたら……。

 外の畑はダメになるだろう、ビニール栽培にしたくとも今となっては材料が手に入らない。


 町内会でもその辺りの話が上がったそうだ。そしてある家は自宅の土間である台所の床を掘り起こし、そこに小さい家庭菜園を作ると言い始めた。

 その時は周りからの嘲笑を受けたが、帰宅してから『ソレ』しかないかも知れないと祖父じいさんが言い出した。


 うちの母家おもやの台所は土間どまでは無い。だが、台所の床板を剥がすと地面が見えた。そうして1階の家具を2階へと運び込む。

 1階の客間や和室の畳を剥がす、そして見えた板を剥がすと土が現れる。そこを掘り起こしていく。


 母家の1階に小さいながらいくつかの畑が出来る。家庭菜園程度だ。一家10人を食べさせて行くには足りないだろうが、無いよりはマシだ。

 なるべく外から光が入るように、窓のカーテンも取り外す。


 2階は家具を詰め込んだため、母家に住んでいた者の生活の場所が無くなった。

 そこで皆には横に建っているうちに来てもらった。うちはまだ子供も居ないが一応5LDKだ。


 2階に3部屋、1階に2部屋とリビングダイニングキッチンだ。

普段は妻と1階での生活だったので2階は丸々空いていた。

 その2階に、祖父じいさん祖母ばあさん、父さん母さん、兄貴のとこの子供ら、1階に俺ら夫婦と兄貴夫婦で、かなり窮屈だがなんとか生活可能だ。


 それに集まった方が暖かいし節電にもなる。電波は通じにくいとは言えまだ辛うじてスマホも通じる。

 うちのソーラーで僅かに貯まる電気で、皆一斉にスマホの充電をしていた。



 そうしているうちに、今までは越えて来なかった火山灰が山を越えて来た。いや、山を越えたと言うよりも山よりも高い位置にある雲から火山灰が降り始めていた。

 街はうっすらと白くなり始める。勿論、外の畑も白い物で覆い尽くされた。


 うちと母家おもやの間には雨避けとしてトタンの屋根があった。そこを通って母家おもやの中の畑に水をやりに行く。

 小さいが芽が出始めた。良かった。皆で頑張った甲斐があった。



 自宅の1階のリビングではコタツのようにテーブルに布団をかけたところに、子供らと祖父じいさん達が集まって過ごしている。


 暇を持て余した子供らが祖父じいさんの話に耳を傾けていた。


 祖父じいさんが昔に観た映画の話らしい。



 彗星群が空を美しく流れて行き、それを楽しむ人々。

 しかし翌朝、地球は悲劇に見舞われていた。

 彗星のどう言う影響か一夜にして人々は視力を失った。



「それでどうなるの?」


「あまりに古い映画でよう覚えとらん。確か、主人公は何かの理由で流星群を見なかった、じゃから目が見えんようにはならんかったんじゃ。それで目の見えない人を率いて町を移動するんじゃ」


「地球に隕石が落ちたけど、でも目は見えなくならなかったね」


「ああ、そうだな。それだけはよかった」


「隕石と彗星は違うのかなぁ」


「どうだろな」


「そんで、その人達はどうなったの?」



 甥っ子が祖父じいさんに聞いたとき、家の外から町内アナウンスが流れ聞こえてきた。



町内ちょうないの みなさん  ガガッ おらせ いたします ガッ 戸締とじまりを しっかりして  自宅じたくから ないでください  今強盗いまごうとうが ガガッ え?あばれ  強盗ごうとうじゃない? えっ、ぃ? きききがぁ  ひと? ? ガガ とにかく いえから ないでください おらせ します いえから ないでください……』



 ポカンとしたまま、窓の外に耳を傾けた。何だ、今の放送は。


 すると、遠くから叫び声のようなものが聞こえた。

 2階から父達が、台所からは妻達がリビングへと集まった。


「何……今の」


「とにかく、戸締まりをしてくる」

「外には、庭にも出るなよ」


 背後から親父おやじの声が聞こえた。俺と兄貴が1階の戸締まりに回る。妻達は2階の戸締まり確認しに行った。


 祖母ばあさんや子供らを2階へと上げる。

 外から聞こえる悲鳴は1箇所ではない。


 兄貴が何処どこかに電話をしていた。


「ダメだ、警察も派出所も消防もかからん」


 1階の雨戸がある窓は全て閉めた。台所は曇りガラスで外は見えない。そうだ、トイレの窓なら!

 妻が位置が高くてガラスが拭きにくいと言ってたトイレの窓、台所にあった小さな踏み台を取りトイレへ、そして閉めた窓を少しだけ開けて覗いた。


 うちの裏側が見えた。

 昨日まで何も無かったそこに、

 木が生えていた。

 ふさふさと葉を揺らして、高さは3メートルはありそうな木だ。


 無かったよな。

 ……いつ、そこに?

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