第78話 マルクの役目

 俺とミレさんで丹沢山たんざわさんにいるアネ一家の救出に向かう事になった。


 タウさんからその言葉が出た途端に、俺の背中にマルクが張り付いた。



「僕も一緒に行く! 絶対一緒に行くから!」



 どうしたんだ?

 ここに来てからずっと聞き分けが良かったのに何故急に駄々っ子になったんだ?マルクは俺の背中にぎゅうっと張り付いて剥がれない。

 


「どうした? 念話はどこにいても通じるし、夜にはテレポートで戻ってくるぞ?」


「いーやーだー、僕ずっと良い子で我慢してた! みんな働いてるから父さんと別々でも頑張った。でも遠くに行くのはヤダ。一緒に行く!」



 遠くって……いや、丹沢山って遠いのか?目でタウさんに問いかける。



「ええ、まぁ、近くはないですね」



 それにしてもマルクが我慢していた事に全く気がついていなかった。災害の最中だし誰もが色んな我慢をしている。それが当たり前と思っていたが、マルクがまだ12歳なのを忘れていた。



 皆が俺とマルクを見ているが、マルクを責める者はひとりも居なかった。



「マルク君……」


「そうよねぇ。お父さんと一緒の時間は少ないものね」


「わかる。私もシンママで真琴をひとりで留守番させる事が多かったから……真琴ぉ、ごめんね」


「やだなぁ、お母さん。私は平気よ。マル君より大人だから」


「すみません、マルク君。いつもいつも君のお父さんを借りてしまって申し訳ない」



 皆がマルクの気持ちをおもんばかってくれるが、俺は気の利いた言葉が出てこない。



 マルクが俺の背中から少しだけ力を抜いた。



「わかってるの。みんな大変だしみんな頑張ってるのもわかってる。父さんが大魔法使いだからどうしても父さんが必要なのもわかってる。でも別々が嫌だ。父さんと行きたい」



 それは俺も同じだが、初めての場所はどんな危険があるかわからない。きっと死体だって山ほど転がってるはずだ。



「マルク君、これから行く場所にはどんな危険があるのかわからないんです。もちろんムゥナの街と違い、魔物はいませんが危険が無いとは言い切れないんです。そんなところへ…」


「でも、危険はどこでもみんないっしょでしょ? 父さんだって危険でしょ? 僕の役目は父さんのフォローだ! 父さんが迷子にならないように、父さんが危ない目に遭わないようにいつも側に居ないといけないんだから!」


「いや、俺がいるんだけど……」



 ミレさんが小声で主張する。

 マルクは俺の背から離れてミレさんに向かい合う。



「父さんはミレおじさんが思ってる以上にウッカリとかポッカリするから!」


「いや、俺、ウッカリもポッカリもしないぞ? しっかりと大人だぞ?」




「……そうですね。今回はマルク君も同行してもらいましょう」



 タウさんがマルクに同意をした。何でっ!



「そうですね。それがいいと思います」



 カンさんまで同意?

 いや、だから、何でだよ。


 皆が頷いている。メデタシメデタシな雰囲気がかもし出されている。

 せぬ。




 それからミレさんと俺とマルクの3人は直ぐに出発する事に。俺らはアイテムボックスに物資が入っているので、特に準備などもない。

 タウさんからは火山灰の注意を怠らないように再三注意を受けた。マルクが真剣な顔で頷いていた。




 まずは茨城から一気に東京は丸の内のホテルMAMANへとエリアテレポートで飛んだ。


 ブックマークの登録地点と名称を合わせていくようにとタウさんから言われている。近場でもバラバラの場所へ各自がテレポートをすると合流に無駄な時間を食うからだ。


 

 ホテルの周りを見渡す。

 日比谷同様、周りには黒い海が広がる。海の黒さは瓦礫や流れた土や油によりまるで死の海と化していた。ビルの壁に付いた汚れの筋は最大の津波に寄るのもなのか、それとも多少でも水が引いたものに寄るのか。ただ、まだかなりの高さでビルは沈んだままだった。



「これは……水の上を進むのは無理だな。東京からだと横一直線なんだがなぁ」



 ミレさんが眉間に皺を寄せて開いた地図を睨んでいた。横からマルクが覗き込む。

 …………一応、俺も覗いた方がいいだろうか? いや、大人しく待っていよう。適材適所って大事だよな。



 どうやら都内(水上)を神奈川方面へ進むのは難しいそうで、一旦、埼玉へ上がる。

 ミレさん一家を迎えに行った時のブックマークがあるので、そこへエリアテレポートで飛んだ。



「かなり大回りになるが、陸上を行こう」


「この山沿いですね」


「まず秩父ちちぶを目指そう。そこから山越しに丹沢山たんざわさんへ向かう」


「はい。わかりました」



 ミレさんとマルクが地図を手に話している。寂しくなんかないやい。


 陸上を進むならと、ミレさんが馬を出した。ただでさえ道路状態が良くない上に今は火山灰が降り積もっている。移動手段は馬一択だった。


 ミレさんがマルクに問うと、マルクは馬に乗れると言う。ムゥナの街の外で馬車や馬の練習をよく子供らがやってたそうだ。若いって良いよなぁ。物覚えも身体能力も。


 ミレさんはマルクに向かいアイテムのトレード画面を開き、馬を渡したようだ。その後俺に向かいポニーをトレード画面に入れてきたのでOKボタンを押した。



「もうそのポニーはカオるんにやるから名前付けちまえ。マルクもその馬やるから名前を付けな。人の馬まで操作するのは面倒いからなぁ」



「おっ、名前付けられるのか。ポニー……だから、ポニ子、ポニ美、ポニーニョ、あ、こいつおすか?可愛いからめすかと思ってた。ポニエモン……」


「カオるん、もうやめてあげて」


「悪かったな、俺に命名センスを求めるな。よしっ、お前はポニーだ!」



 ポニー太が、何故か諦めたような目をしていた(ように見えた)。



「ポニー太、強く生きろよ?」



 ミレさんは俺のポニー太に声をかけた後、マルクに問いかけた。



「マルク、名前は決まったか」


「うん!馬の王様で、ウマオーにした!」



 ウマオーがどこか誇らしげにいなないた。俺のネーミングセンスと似たり寄ったりだと思うが?



 マルクはミレさんから貰った大きい馬の手綱を取ってフワリと馬に跨った。……ウィズなのに何?その身の軽さ。若さか?若さなのか!



 馬にシールドとヒールをかけながら進む。馬達はどうしても火山灰を吸い込んでしまうからな。空間シールドなんて便利な魔法があるゲームではなかったので通常のシールドしかない。


 因みに俺たち自身は出発前にカンさんから『アースドスキン』というかなりガッチガチ系の精霊魔法をかけてもらってある。が、それと火山灰は別物だ。マスク二重掛けとゴーグルは必須だ。



「今どの辺?」


所沢ところざわを越えたあたりか。もう少し秩父ちちぶ方面へ進んだら南下して東京を突っ切る」


「ふむ。てか、所沢ところざわ秩父ちちぶもどこかわからん」


「父さん、埼玉県だよ。埼玉県の左側の方」


「カオるん、東京都は横長で右側がカオるんが勤めて居た日比谷ひびやがある方、左側は八王子はちおうじとかでもっと端まで行くと秩父山ちちぶさんだ」


「えっ、秩父山って埼玉と東京で共有してるんか。てか東京都は丸いと思ってたぜ」


「カオるん……。丸いのは都内の山手線やまのてせんとかだ。東京都は横に細長いぞ?」


「そんでアネがいる丹沢山はどの辺だ?」


「んん……、秩父の端から下、南下して東京都を突っ切って神奈川に入った辺りかなぁ」


「もしかして神奈川も横広なのか?」


「ああ……まぁ、横広って言うか、相模湾さがみわんに面してるから今はどうなってるかなぁ。津波の被害が酷そうだ」


「街が沈んでいるのは元からですか?」



 マルクも会話に加わる。俺と違って地図が読める天才だ。



「いや、今回の災害でだ」


「そうなんですね。真っ黒い瓦礫の水の下は普通に陸の街だったのか」


「そうだ。このまま山沿いに進めば水の被害は無さそうだが灰はどこも酷いな」


「降るのが止んだだけでも有難いがな」


「そうだな。これでまだ降り続いていたら救出どころじゃないからな」




 俺らは途中途中に馬を休ませ(ヒールをかけ)ながら進んだ。

 山沿いと言っても、どうしても街中を通る事も多い。通常の救出が全く無いのだろう、あちこちで死体が目につく。



「カオるん、死体を蘇らせる魔法って持ってないの?」



 ミレさんがボソリと呟いたのが耳に入った。



「持ってる。リザレ」



 俺は淡々とこたえた。正式名称は『リザレーション』だったか。ゲームで仲間がやられた時に使う復活魔法だ。

 この魔法を入手したのは俺がゲームをやめる頃だ。あの頃は単騎でぶらついていたのでリザレを使う機会は一度も無かった。


 ゲームキャラは復活する。が、現実世界で人間はどうだろう?



「じゃあ死体を復活出来るんか?」


「いや……、うぅむ。たぶんだが、死んだばかりなら可能だと思うが時間が経つと無理じゃないか? やった事ないけどな。てか言われるまでリザレ持ってるのも忘れてたぜ。だって現実で死体蘇らせなんてしないだろ」


「なるほどそうだなぁ……。まぁ確かにここまで腐ると蘇ってもゾンビだな。ゾンビを動かす魔法とかなかったか?」


「ああ、あった、と言うか、あれはクリエイトゾンビな。ゾンビを作る魔法。ゲームでもゾンビは動きが遅いから使い物にならなかった。何であったんかな?あの魔法。ゲームでも使い所がわからんかったぜ」




 そんな会話を交わしながら、カポカポと馬を進める。俺のポニー太に速度を合わせてくれてるのか。


 時折タウさんから念話が来る。アネさんへは救出に向かった旨をスマホのメールで伝えたそうだ。が、アネさんからの返信はまだ来ないそうだ。


 それでもタウさんは俺らを焦らすような事は口にしない。俺らの安全が第一だそうだ。





 通りかかった近くの家の2階の窓に「ヘルプ」と書かれたシーツがかかっていたので、声をかけながら家に入ってみたが人はいなかった。

 そんな家が幾つもあった。避難出来たのなら良いが。



 東京都内を通り過ぎて神奈川県に入ったそうだ。


 丹沢山方面へ向かっているがアネ一家が丹沢山のどの辺りにいるのかがわからない。



「ああ、なるほど。スマホの電波が掴みづらいな」



 ミレさんはアネと連絡が取れないかとスマホのメールやLAINEを駆使していたが、電波が途切れがちで厳しいみたいだ。

 タウさんらとは念話が通じるがアネとはまだスマホのみだ。



「うおっ!」

「わっ!」


「うわっと」



 ミレさんとマルクが突然声を上げた、その声に驚き俺はポニー太からずり落ちそうになった。



 ミレさんがうんうんと首を振っている。念話? けど俺には念話は届いていない。

 洞窟拠点メンバー、ステータスが見えるメンバーだが、俺らはパーティを組んでいた。タウさん、カンさん、ミレさん、マルク、俺の5人だ。


 この5人はパーティ念話で話が出来る。


 パーティは直接面と向かわないと組めない。なので北海道のゆうごはパーティには入っていない。その代わりゆうごは血盟のメールや念話が使える。


 逆に俺はタウさんの血盟入っていないので、血盟のグループ念話は聞こえない。


 今、ミレさんとマルクは俺には聞こえないグループ念話をしているようだ。

 ミレさんが俺がジッと見ていた事に気がついた。



「カオるん、アネさんと連絡がついた。タウさんからのメールでアネが何とかゲームにログインして血盟に加入したそうだ。それで念話が使えるようになった」



 おお、なるほど、そう言うことか。



「今からアネさんと連絡取りながら救出に向かうぞ!」



 良かったぜ、この先がかなり難しいと思っていたので助かった。



「中々繋がらなくてゲームにインするのに苦労したようだw」


「そっか、で? アネさん一家は無事なのか?」


「待ってな、聞いてみる。  ふむふむ」



 まどろっこしいな、俺もタウさんの血盟に入りたいぜ。だが、ダメと言われているから我慢だ。

 会ってフレンド登録すれば血盟が違くても念話は可能出しな。



「ふむ、そうか。 カオるん、アネ家は全員無事だそうだ」


「おう、それは良かった」




 程なくして、いや、結構時間は掛かったが俺たちは無事にアネ一家と合流を果たしたのだった。

 お互いの紹介もそこそこにエリアテレポートで茨城へと飛んだのだった。

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