第72話 テレポートの法則①

 洞窟どうくつ拠点に人が増えたが問題が起こる事なく今のところとてもスムーズだ。


 相変わらず洞窟探検ツアーは開かれているし、趣味の部屋も好評だ。ペットや盆栽も人気がある。

 人は暇になると良くない思考に囚われたりするとタウさんが言っていた。だからある程度忙しい方が良いらしい。


 洞窟内ではアルバイト募集の紙があちこちに貼られていた。



「どこに貼ったか覚えておくのは大変だしさぁ、いっそ冒険者ギルドじゃないけどハロワみたいな部屋も造らないか?」


「いいですね。その部屋に求人の紙を貼れる掲示板を設置しますか?」


「掲示板って書き込むんじゃないの? 紙を貼るの?」



 翔太が驚いていた。そうか、若い者は『昔の掲示板』とか知らんか。必ずと言って良いくらいどの駅にもあったよな。

 あ、あれは掲示板じゃなくて伝言板だった。


 現在、洞窟内ではあちこちで求人募集中だ。勿論、共有の施設、大浴場やトイレ清掃、食堂などで働く人の募集もそうだが、それ以外にもやる事は山ほどある。


 『教室』と呼んでいる勉強部屋での先生や家庭教師もそうだ。パソコン教室やスマホ教室も開催している。何しろこの村は高齢者が多いのだ。そしてその高齢者が教える側に回る募集も多い。囲碁将棋や盆栽などがそうだ。


 人気なのは家畜やペットの世話だ。うさぎ小屋の仕事は何故か子供より大人に大人気だった。皆どんだけ癒されたいんだよ。

 兎に角やる事が沢山あるのは良い事だ。


 そして、洞窟内での仕事には賃金が発生する仕組みだ。と言っても日本で使われている紙幣ではない。

 この洞窟拠点専用のコインで支払っている。俺がパチンコ屋から取ってきたコイン(メダル?)をタウさんはそれに使っている。


 洞窟内で何かを使用したり教わったりするのは今のところ無料だ。誰でも自由に使えるし、食べられるし、学べる。

 ただ、労力に対してはコインを支給している。そしてコインは洞窟内に造った店舗で物を購入出来る。お菓子のような嗜好品や酒煙草、化粧品などがそうだ。


 欲しい商品がある者はコツコツとバイトをしてコインを貯めているようだ。



「ねぇねぇ、兄さん。ハロワだけでなく商店にも掲示板を建てない?自分が持ってる物を売りたいとか、物々交換したいって話も出てるのよ。フリーマーケットを開ける部屋があるといいんだけど」



 ミレさんの妹の芽依さんの提案は直ぐに取り入れられた。

 フリーマーケットの部屋には掲示板もあり『欲しい物』の紙が貼られてそこに書き込めるようになっていた。まるで本当にギルドのようだ。


 求む:子供用オモチャ 3〜5歳用

 求む:6歳未満の絵本

 求む:入れ歯洗浄剤

 求む:入れ歯洗浄剤(一箱)

  ・

  ・

  ・



 ミレさんが掲示板に貼られた依頼をチェックしている。


「入れ歯洗浄剤は無料だろ? 診療所にあるんじゃないか?」


「なかったわ。湿布やカイロはあったけど入れ歯系のはなかった」



 洞窟内には簡易だが診療所もある。先生と3人の看護師さんがいる。町内の外れ(外れというか山を越えた隣町に近い辺り)にあった個人病院から避難してきた人たちだ。高齢者の健康を管理してくれている。有り難い。

 カオるんのヒールがあるとは言え、まだそこまで魔法をオープンにはしていない。



「この町は高齢者が多いですからね。入れ歯洗浄剤は必須かも知れません」


「アイテムボックスから出しましょうか。マツチヨなら絶対置いてあるので買った中にあるはずですよ?」


「あ、じゃあ俺が出すよ」


「いえ、いいですよ。いつもいつもカオるんにばかり頼っては申し訳ない。私たちもB2全商品買いをしましたからね」



 うん……、まぁそうなんだが、皆は帰還前の10日通っただけじゃないか。俺は、10年近く通ってたからなぁ。今アイテムボックスを『入れ歯洗浄剤』で検索したら3万個くらい入ってた……。勿論一種類だけでだ。


 俺の老後に入れ歯洗浄剤が必要になるとしても、こんなにはいらんだろ。

 まぁいいか、後でこっそり店に足しておこう。診療所にも置いてこよう。



「寝具と下着が欲しい人も多いな。依頼が13枚出てた。具体的にメーカーを指名している依頼もあったけど、それはちょっと無理だねぇ。あとカーゴパンツLLサイズとか、サイズ指定はあった」



 ミレさんは貼られた紙全てチェックしたようだ。……で、カーゴパンツとはどんなパンツだ?



「俺らも衣類系は持ってないんだよなぁ。B2はマッツとスタガとセボンとマツチヨだけだったからなぁ」


「そうですねぇ。どこかに取りに行きますか」



 取りに……つまり、何処かの店舗へ盗りに行くって事だよな?今朝見た時はまだ外は火山灰が吹雪ふぶいていた。



「火山灰対策をしっかりしてブックマークしてあるショップに行きましょうか」



 火山噴火の前に手分けして物資収集をしていた時は食糧を優先して店を周っていた。

 なのでショッピングモールでも洋品店や他の店は割とスルーしていたな。



「ここから沿岸方面に若干行った所にあったニオン水戸みと店とかいいんじゃないか? あそこは水害で道路が完全に封鎖されていたが店舗は高台になってたから水浸しにはなってなかったよな」


「そうですね。あそこなら周りに避難所も無いし取れるだけ取っても住民は避難済みなので問題ないでしょう」



「ニオン水戸店をブックマークしてあるのは私とカンさんとミレさんの3人ですか? カオるんは水戸方面は行ってないので残念ながらブックマークはないですよね?」



 無い……と思う。と言うかブックマークの登録時に店の正式名を使用してなかったので、どのブックマークがどこら辺か全くわからん。マズイな。怒られるか? 一応目についた特徴を登録名にしてたりするんだが……。



 ステータス画面でブックマーク一覧を開く。

 ううぅむ、うぅむ?うむぅ……。『水戸』なんて名付けたとこは無い。付けた覚えもないから見当たらなくて当たり前か。


 水戸……みとみと、あ。みと納豆。

『納豆モール』……はある。なんか大きな納豆のオブジェが店の入り口の近くにあったんだよな。



「カオるんは今回留守番ですね」


「あ、うん、そうだな。…………あの、ちなみにニオン水戸店ってオブジェとか飾ってあったりしないよな?」



 カンさんが一旦上を向いて、直ぐにこちらに向き直った。



「ありましたよ。ニオン水戸店は巨大な納豆のオブジェが入り口の横にあるんです。観光客がたまに写真を撮ってたりしていましたね」


「カオるん?」



 タウさんが俺の目をジッと見つめる。これは謝る案件だな。



「す、すいません。たぶんブックマークあります。納豆モール。あ、あ、でもこれが絶対ニオンかと言われると違うかも知れないんだが……」


「カオるん、残念ですが納豆のオブジェはニオン水戸店にしかありませんよ」



 カンさんが哀れみの目で俺を見た。



「もしかして俺と栃木に向かったあの時か?二手に分かれたらガソスタがどうのって念話してきた時。あの時もしかして北方面の栃木に向かってたはずなのに逆方向の水戸へ出たのか?」



 ミレさんがビックリしていた。

 いや、うん、その、もうちょっと先まで出たけどそれは言わないでおこう。



「では火山灰対策をして、カンさん、カオるんと飛んでみてください。もしニオン水戸店で合っていたら皆で収集に向かいましょう」



「タウロおじさん、僕も行く。僕も行きたい」

「マルクが行くなら僕も行きたい。父さん、タウロおじさん、ダメかな」

「ええっ、私もたまには行きたいぃー。ミレ叔父さん、私も連れて行ってよー」

「真琴が行くなら私も行くわ、兄さん」



 マルクに続いて翔太が、それに続いて真琴と芽依さんも行きたいと言い始めた。

 ここ数日洞窟内に篭っていたからだろうか?でもなぁ、外は灰の吹雪だぞ?雪が降ってるのとは訳が違う。火山灰は顕微鏡で見るとトゲトゲだぞ?見た事ないが。


 マルクが俺の脇の下から顔を出してウルッとした目でタウさんを見つめた。これはぁ!必殺のおねだり攻撃だ!

 それを見た翔太もカンさんの脇の下に無理やり入り込んでタウさんを見上げた。中3になる翔太を脇に入れたカンさんは辛そうな体勢になっていた。


 「か、肩がるっ」



 俺とカンさんを見た芽依さんと真琴がミレさんの両脇に回ったが、ミレさんは脇に入れまいとして肘をしっかり締めていた。だが両側からの攻撃にとうとう降参をして両腕を上げた。



 結局タウさんは、俺とカンさんとミレさんの3人の『お願い、助けて』視線に負けて、8人で行く事にしてくれた。

 


「テレポートで行くにしても火山灰対策は完全防備でお願いします。全く外に出ないわけではありませんから」


「はーい」

「わかったー」

「おう」



 皆が準備している間にカンさんを連れて俺がブックマークした『納豆モール』に飛んだ。

 カンさんから『ニオン水戸店』とお墨付きをもらった。ブックマークは『納豆モールニオン水戸店』に変更しておいた。

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