第60話 あの日(第三者視点)③

 時間は遡る。隕石落下よりほんの少し前に。これはとある一家の物語。(主人公は出てきません……)




----------(とある一家の少年視点)----------


 5階のゲームコーナーはショボかった。クレーンゲームが幾つかと面白くなさそうなゲーム機があるだけだった。

 カラオケルームは一個だけで、現在閉鎖中の紙が貼られていた。


 ガッカリだったので4階のショップを見に行こうとしたけど、階段には人が座り込んでいるし、エレベーター前もひとだかりでちょっと行く気が失せた。

 お母さん達大丈夫かなぁ。無事に6階に来れるかな。


 仕方なく6階に引き返した。途中で自販機コーナーを覗いた。



「あれ?これ、当たりじゃないか?」



 自販機コーナーは思ってたより広くて、向かい合って8台の自販機があった。ジュースとアイスくらいだろうと思ってたので嬉しい。

 ジュースやアイスの他に、菓子パンやお菓子もある。それとチンするカラアゲや焼きそばとかおでんもある。部屋の隅にレンヂが2台置いてあった。あとカップ麺とかもある。お酒の販売機はどうでもいいや。後でお父さんにお金貰って買いに来よう。



 部屋の前まで来て鍵を持ってこなかった事に気がついた。



「ヤバい、父さん居るよね?」



 ゴンゴンと部屋のドアを叩いた。



「はぁい」



 お母さんの声だ!お母さん達無事に乗れたんだ!

 中に入るとお婆ちゃんやお姉ちゃん達がソファーに座ってお菓子を食べていた。



「随分遅かったな。どこまで遊びに行ってたんだ」

「そうよ、こうちゃんが帰って来ないから、お母さん達動けなかったじゃない」


「ごめん、探検してた。でも4階は混んでたから行ってないけど……。お母さんどっか行くの? あ、大部屋? 僕も行く。どうせここのベッドはお姉ちゃん達が泊まるでしょ? だから僕と父さんと……お母さん?は大部屋だね」



 父さんとお母さんが顔を見合わせていた。



「それが、違うのよ。大部屋には行ったんだけど入れなかったんだって」


「もう、ホント頭来たよね、あのジジイ」


「くっそジジイめえええ」


「どしたの? 真耶姉ちゃん達、何で怒ってるの?」



 お姉ちゃん達がプンスカ怒りながら話すには、どうも大部屋のうちの場所を知らないお爺さんに取られていたらしい。

 お母さんがお婆ちゃんをこの部屋に送っていく間に、お姉ちゃんらはふたりで先に大部屋に行った。そしたら自分らのチケットに書かれていた番号には、知らないお爺さんやその家族が座っていたんだって。



「でさ、ここ、うちの番号なんですけど、って、こっちは優しく言ったのによ? 向こうは何て言ったと思う?」


「……さぁ?」


「ここは今、俺らが座ってんだ。他あたりな、だって!」


「それ、それそれそれ!ありえんくない? うちの番号だって言ってるのにぃ」


「指定席なんですけどって言ったら、うちのとこも知らんやつが座ってた。もう、自由席のようなもんだろって! ありえんやろがあ」


「子供だからって舐められたのかね」



 お母さんがお姉ちゃん達を宥めた。



「洸太が戻ったらお父さんと2人で行ってこようと思ってたんだけど」


「いや、もういい。普段だったら退いてもらうが、この混み具合だ。仕方ない。このロイヤルは随分広いし家族6人で泊まっても問題ないだろう」


「そうね。ベッドは一台に真耶と美桜で寝て頂戴ね。もう一台に洸太、お婆ちゃんと一緒に寝て? で、簡易ベッドにお父さん、私はソファーで寝るわ」


「いや、俺がソファーに寝るからお前がベッドを使え。運転で疲れているだろう」


「疲れているのはお父さんも一緒でしょ」


「ひゃあ、うちの両親、仲が良いぃ、ふふふふ」


「美桜、変な笑い方やめなさい、もう」




 家族全員がこの部屋に泊まるなら、父さん達は何で出かけるのか不思議に思い聞いてみた。

 そしたら、大部屋へ救命胴衣を取りに行くんだって。寝る場所は譲ってやるが、救命胴衣はちゃんと人数分確保する権利があるって。


 ついでにレストランへ寄ってチケットを取って来るって。ロイヤルには3人分の食券は付いているけど残り3人の食券が無いんだって。普段だったらレストランに行った時に食券を買えばいいんだけど、この混雑だから早めに買った方がいいって。



「私とお母さんが胴衣を取りに行くからお父さんは食券取りに行って。二手に分かれようよ」


「そうね。この混雑で時間がかかりそうだし、そうしましょう。真耶と私で大部屋。お父さんはレストラン。お婆ちゃんと美桜と洸太は留守番をしていてね」


「え、僕も行く。父さんとレストラン」

「私も行きたい、レストランの方。お婆ちゃんはベッドで休んでいて」


「そうだな。この部屋のキーは3つなんだが、ひとつは母さん、ひとつは俺、残りひとつは婆ちゃんに渡しておく。鍵を持ってないやつは逸れるなよ?婆ちゃんが寝たらドアを叩いても気づいてもらえないからな」



 父さんが笑いながらキーをお母さんとお婆ちゃんに渡した。お婆ちゃんはちょっとムッとしていた。



「毎朝誰が弁当を作ってると思ってるんだい、何十年も私だよ」






 父さんと一緒に4階へ向かうが、4階は見るたびに人が増えている。


「父さん……、こんなに乗せて、船が沈んだりしないの?」


「大丈夫だろ。一応人数の制限はしてるだろうさ。これ以上は増えないさ」




 外を見るといつの間にかフェリーは動き出していたようだ。

 何とかレストランの入口横の食券販売機にたどり着いたが、機械には『売切れ』の紙が貼られていた。


 忙しそうに人混みを移動している乗務員を捕まえて父さんが聞いていた。

 食券機の『売切れ』は今朝の分だけでなく北海道に到着するまでの分が売切れたそうだ。



「チケットを持ってる者が入れない事はないよな?」


「ええ、チケットをお持ちのお客様は入店可能ですが、バイキング形式ですのでお早目の入店をおススメします」


「遅くに行って食べれない、なんて事があるのか?」


「普段はそんな事はないのですが、今回のここまでの乗船率は初めてでして……、用意している分が切れ次第の閉店もあるかもしれません」


「そうか……。早めは早めで大混雑しそうだな。ありがとさん」


「いえ、どういたしまして。良い船旅を」



 僕らは次にショップに行った。チケットが取れない3人分x6食を手に入れないとだ。

 しかしショップのガラス扉には既に『閉店』の紙が貼られていた。ガラス越しに中を覗くと、棚が空っぽだった。残っているのは食べられないお土産物ばかりだ。



「考えるのは皆一緒か」



 父さんがボソリと呟いた。


「船に乗る前に寄ったコンビニで買った物で明日の夜まで凌げるか。子供らだけでもレストランで食べさせて……」



 ふと、さっき寄った自販機コーナーを思い出した。あそこは6階の、しかも結構奥まった場所にあった。見つける人は見つけるだろうが、もしかしたら食べる物が残っているかも。


 父さんにその事をそっと話した。周りに聞かれたらあっという間に売れ切れるからな。

 そして父さんと美桜姉ちゃんと3人で急いで6階に戻った。



 やったぁ!自販機コーナーには人が居なくて、売り切れにもなっていなかった。



「おおっ、でかした!洸太」


「偉いぞ、洸ちゃん」


「そお?ふふふふ」



 お父さんが財布を出して俺たちに千円札を数枚ずつわたした。



「父さんはこっちのホットコーナーだ。洸太はそっちのパンだ。腹を満たすデカイの買えよ? 美桜はそこ横の菓子で、腹が満たされそうな煎餅やチョコを買え」



 父さんはスマホでピっと買っていた。大人はいいなぁ。



「父さん、もう持てない。袋持って来れば良かった」


「一度部屋へ置きに行こう」



 俺らは部屋から袋を持ってもう一度買いに来た。



「もう千円札が無い。婆ちゃんにこれ変えて貰って来い」



 父さんに一万円を渡されて、部屋戻った。婆ちゃんに話すと婆ちゃんも一緒に来た。

 食べ物の他に飲み物も買った。


 部屋の冷蔵庫とタンスの中に収納した。もう買いに行かないの?と聞いたら、他の人にも残しておけと言われた。そっかぁ。

 でも、知られたらあっという間に売切れになるよね。




--------------------------


 救命胴衣を取りに行ってたお母さんと真耶姉ちゃんが戻ってきた。


 ん?何故かふたりの後ろから、赤ちゃんを抱っこした女の人が入って来た。

 誰?

 お父さんと美桜姉ちゃんもびっくりした顔をしている。



「あの、図々しく付いて来てしまって申し訳ありません」



 女の人が頭を下げる。赤ちゃんが少しぐずりそうになって慌てて揺すっていた。



「あらあら、赤ちゃんもビックリしたわよね。ほら、入って入って」



 お婆ちゃんが女の人をリビングの奥へ招き入れた。

 ぐずってる赤ちゃんをお婆ちゃんが抱っこしてあやした。女の人は背負っていたバッグから哺乳瓶とか粉ミルクを出した。お母さんがお湯を沸かすポットをセットしていた。美桜姉ちゃんは赤ちゃんに興味深々で変顔であやしている。


 赤ちゃんのミルクを作りながら話をし始めた。


 おばさん……若いからお姉さんかな?でも子供いるし、やっぱりおばさんでいいか。

 おばさんの旦那さんが北海道で働いていて、おばさんと子供は名古屋に住んでいたんだって。おじさんだけ単身赴任してたって。


 それで北海道の旦那さんのとこに行くのに今回フェリーに乗ったんだって。新幹線や飛行機は指定席が取れないのもあったけど、狭い空間だと赤ちゃんが泣いた時に周りに悪いからって、フェリーなら泣いたら外であやせるから船にしたんだって。


 だたフェリーも混んでいてなかなかチケット取れなくて、取れたのが2等客室だったんだって。僕らと同じ大部屋だね。本当は特等和室を取りたかったんだって。赤ちゃんがいるから。でも特等和室は3〜4名なので、2名(ほぼ1名)はダメなんだって。


 それで、最初は大部屋の自分の番号のとこにいたんだけど、どんどんと混んでくるし、赤ちゃんが泣き出して五月蝿いって追い出されたって。

 何か、大部屋ってやな奴ばっかなのか?


 それで、廊下とかであやしてたけど、どこに行っても五月蝿いって言われて途方に暮れてた時にお母さん達が声をかけてくれたって。



「そうなのよ、ここなら個室だから赤ちゃんが泣いても大丈夫よ、うちの子らも騒がしいから平気平気。それに湯沸かしポットもあるし、お風呂とトイレもあるからオムツ替えも気兼ねなく出来るわよ」


「ありがとうございます、本当にありがとうございます」



 おばさんは泣き出してしまったけど、お母さんが背中をさすっていた。

 簡易ベッドはおばさんと赤ちゃん用にして、父さんとお母さんはソファーで寝るそうだ。リビングには大きなL字型のソファーがあるから。


 おばさんは申し訳なさそうにしていたけど、お母さんは譲らなかった。ん?いや、ベッドは譲ったけど、ソファーで寝る事を譲らなかった。


 赤ちゃんはその後ずっと機嫌が良かった。周りがギスギスしているから赤ちゃんも泣いたんだろうって、お婆ちゃんが言ってた。





 名古屋を出たフェリーは太平洋側を仙台へ向かって進む予定だ。今はどの辺だろう。

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