第61話 あの日(第三者視点)④

 時間は遡る。隕石落下の少し前に。これはとある一家の物語。(主人公は出てきません……)




----------(とある一家の少年視点)----------



 レストランのモーニングがオープンの時間になったので、お母さんとお姉ちゃん達の3人が向かった。

 モーニングは6時から9時までだ。


 随分早く戻ってきたお母さん達はレストランに入らなかったそうだ。レストランは入口横に大行列が出来ていて既に2時間待ちになっていたって。乗船者が多くてチケットを買えなかった人からのクレームで、現金での入場も可能にされてたって。



「それでチケットを持ってる人はお弁当と交換も出来たので、お弁当を3つ貰ってきたわ」


「あれは無理、ってか、嫌だよね。2時間も待ってさらに中でも混み混みで食事とかさぁ」


 お母さん達が貰ってきたのは、オニギリふたつとロールパンがひとつ、それとラップに包んだおかずっぽい物だ、それがビニール袋に入っててひとり分だ。それを3袋。



「あら、これの方がみんなでつつけていいわね」


「そうだな。量は限られてしまうが、時間ばかり取られるよりうちはこの部屋があるからな、ここでゆっくり食べよう」


「自販機コーナーであったかいおかず買ってくる?」


「洸太、行くならお父さんか私とにしなさい」



 お母さんが少し変な顔をした。



「どうした?」


「ここの廊下も人が増えてきてるのよ。廊下で寝ている人もいるし、あちこちのドアを叩いてる人もいたの」


「ああ、さっきのか。俺が出たら、間違えましたと去っていった変な奴がいた」


「ここに戻る時に、ドアから顔を出した人が女性で無理やり入ろうとした男と中から出てき男が喧嘩になってた」


「私達も慌てて廊下を走ったわ。着いて来られたら嫌だし」


「そうか、部屋を出る時は必ず誰かと一緒に。ひとりでは絶対に出るな。それから誰か来ても確認してから開けるように。洸太、自販機に行くぞ」



 僕は父さんと一緒に自販機コーナーへと行った。途中の廊下は何かビクビクしてしまった。

 帰りは温かいおかずを持った僕らに気がついた人がいた。



「あの、それ、どこで買えたんですか? 教えてください…」


「そこの角を曲がった先の扉を抜けて右側に自販機がある、そこで買った」



 父さんは早口で喋って僕の背を押して足早に部屋へ向かった。背後で自販機コーナーへ走る人達の騒めきが聞こえた。

 きっと、売切れになるだろうな。まぁいいか。




--------------------------


 皆での朝ごはんが終わり、それぞれ好きな事をしていた。部屋に付いてる大きなテレビには朝のニュース番組が映ってた。画面の左上には『9:58』と表示されている。


 まだ10時前かぁ。お昼までまだ2時間もある。


「父さん、お昼もお弁当を貰いに行くの?」


「そうだな。あの感じだとレストランで食べるのは無理だろう」


「レストランは何時からなの?」


「確か、11時から2時までだったはずだ。行くか?」


「ええぇ、行かなーい。きっともう行列出来てそう」


「まだ10時なのに?」


「11時から入りたい人はもう並んでるでしょ」


「母さん、11時ちょい前くらいに弁当貰いに行くか」


「そうねぇ。どうせそっちも列は出来てるんでしょうね」


「僕、自販機行ってこようか? 今もう行って見てくるよ」


「じゃあ俺も一緒に行こう。パンはあるから、おかずがあるといい」


「あ、お父さん、私、たこ焼きあったら買ってきてー」


「お姉ちゃんも来ればいいのに」


「ね……、ねぇ、ねえ! テレビ見て!」



 真耶姉ちゃんの声にみんなの視線がテレビに向かった。


 テレビの画面には、オレンジ色の長く尾を引くUFOみたいなのが写っていた。

 そう言えば、学校で隕石の話題が流行ってたっけ。都市伝説系ヨーチューバーが、隕石落下とか地球滅亡説とかを競って取り上げてるとか。



「隕石……どっかの国に落ちたの?」


「今、まさに、落ちようとしてるとこ。中国っぽい」


「え、中国の何処? 嫌ねぇ、日本は大丈夫?」



 美桜姉ちゃんがソファーの後ろの窓へ飛び付いた。薄いカーテンをシャっと開いて外を見る。



「うぅん、この窓からだと空は見えにくいな」


「外には行くなよ?人が多くてあぶないからな」



 父さんが美桜姉ちゃんに釘を刺した。



「わかってるー。寝室はどうかな? あっちの窓から何か見えないかな」



 美桜姉ちゃんがベッドルームの方へ行った。



「ねえ!ちょっとちょっとちょっと、こっち来てぇ!」



 ベッドルームから美桜姉ちゃんのデカイ声がした。続いて赤ちゃんの鳴き声もした。



「こらっ、美桜! れいくんが起きちゃったじゃないの、ごめんなさいね、依里えりさん。うちの子が騒がしくして……」


「いえいえ、うちの怜も夜中に泣いて皆さんにご迷惑をおかけしていますから」


「あら、泣くのは赤ちゃんの仕事よ?ふふ」


「ちょっと、はーやーくぅー」


「美桜ったら!もうっ……」



 皆がゾロゾロとベッドルームへ入り、窓の近くにいた父さんが美桜姉ちゃんの横から外を覗いた。



「何だ……ありゃあ……」



 父さんが呟いた。僕ベッドを乗り越えて父さん美桜姉ちゃんの間に入り、窓から外を見た。


 目の前に青い海、そこから上に目を向ける。

 青い空……そして、幾つかのオレンジの光を従えた赤い星。まるで空中で爆発した飛行機が落下してるみたいだ。落下と言うより低空を飛行しているような感じで、目の前の空を通過していく。長い尻尾が追いかけて行く。



 その時、船内に響く警報と船内放送が部屋の中にも流れた。

 皆がビクっと固まった。



『隕石が中国、ロシア方面へ落下する模様です。繰り返します。隕石が中国ロシア方面へ落下する模様です。それに伴いかなりの衝撃が予想されます。津波の発生も予想されます。現在この船は沖に向かって移動しています。津波を正面から乗り越える予定です。船はかなりの角度で揺れます。乗船中の皆さまは出来る限りお近くにお捕まりください。繰り返します……」



 僕らは馬鹿みたいに口を開けて立ち尽くしていた。が、赤ちゃんの鳴き声で我に帰った。




「みんな、救命胴衣を付けろ」


「え、あ、どこにしまったかしら」


「ドアの前の戸棚だ、上の段、大部屋から持ってきたのもある」


「あ、私…、どうしよ、あっちから持ってきてないです」


「大丈夫だ。予備があった。直ぐに着なさい」



 お母さんが戸棚から出した救命胴衣をみんなに配る。真耶姉ちゃんは渡されたのを手に持ってウロウロしていた。



「着方わからない」


「ほら、貸して、ここから被って、そこを留める」



 お母さんが真耶姉ちゃんを着せるのを見ていたお婆ちゃんが、僕に救命胴衣を着せた。大人用なのかかなり大きい。

 お父さんは美桜姉ちゃんに着せていた。


 全員が救命胴衣を着た状態でリビングのソファーに座っていた。船内のアラートは鳴りっぱなしだ。

 アナウンスで、津波の発生が報告された。何処かに掴まるように何度も言っている。


 父さんは部屋をキョロキョロと見回した。



「ここは広すぎる、毛布とクッションを持って風呂場に行くぞ」



 父さんはそう言うとソファーのクッションを僕たちに渡した。お母さんはベッドの部屋から毛布を取ってきた。



「バスルームに全員入れる?7.5人だよ?」

「狭いくらいが丁度いい、お互いしっかりくっついて座れ」



 父さんに言われて、バスタブに赤ちゃんを抱いたおばさんと僕と美桜姉ちゃんが入った。意外と広いな。お湯は張ってないバスタブの中で膝抱えて体育座りをした。



「まだ入れる、真耶姉ちゃんも入れるよ?」



 僕の後ろに真耶姉ちゃんが、僕を抱え込むようにすわった。父さんはクッションを僕らの身体の隙間に、それから毛布を頭へかけた。

 お婆ちゃんとお母さんをバスタブの横に屈ませた。父さんはトイレを掴むように座り込む。



 船内を緊迫したアナウンスが流れる。


『正面から津波が来ます。これから当船は津波を乗り越えます。大きく傾きますのでしっかりお掴まりください。 来るぞおおお、掴まれぇぇ』



 船がゆっくりと傾いていく。僕らがスッポリと収まったバスタブが横に、右側が下がっていった。ぎゅうぎゅうに詰まった状態でバスタブの縁にしっかり掴まる。頭の上にあった毛布が壁際にずり落ちて行く。


 そのまま横倒しになって一回転するのではないかと、必死に手足を突っ張った。ダメかもと思った時に、今度はバスタブが反対側へと傾いていって、また普通の位置に戻った。ひぃえぇぇ、怖っ。


 お母さんはお婆ちゃんに覆いかぶさるようにバスタブに掴まっていたが、歯をガチガチと鳴らしていた。



「大丈夫かっ」



 誰も答える余裕がない。僕もだ。


 しかしさらに船内アナウンスが追い討ちをかけた。


『第二波、第三波来ますっ、しっかり掴まってください、第二波第三波が続いています、掴まってくださいっ』


 何度もバスタブが横に大きく揺れた。


 繰り返すアトラクションのような揺れも徐々に小さくなっていった。


 変な形で力を入れて突っ張っていた腕が痛かった。

 歯ブラシやシャンプーが床に散らばっていたけど、全員無事で怪我とかは無かったようだ。



「バイキング……遊楽園ゆうらくえんのバイキングだよね。はぁ、怖かった」


「お母さん、あれ苦手なのよ。酔っちゃうのよ。はぁ気持ち悪い」



 みんな船酔いをしていた。僕も気持ち悪かった。お母さんが部屋の荷物から酔い止めを探して持って来てくれてみんなに配った。



「これ、酔ってからでも効き目があるやつだから。水無しで噛んで大丈夫なやつよ」



 みんな無言でバリバリと錠剤を噛み砕いていた。若干一名だけ元気だったのが赤ちゃんだ。羨ましい。


 お婆ちゃんが横になりたいと言ったので、全員でベッドルームへ移動した。何かあると怖いからみんなで一緒に行動しようって。お母さんとおばさんも横になってた。


 僕は寝た体勢の方が揺れを感じて余計に船酔いしてしまうので、ベッドの横に座っていた。

 津波が来る前はフェリーって殆ど揺れないんだって思ってたけど、今は結構揺れていた。まだ津波中なのかな。



 アナウンスは流れない。どうなっているんだろう。父さんが部屋の外へ様子を見に行くと言い、部屋を出て行った。


 何でよりによって今日なんだろう。何もフェリーに乗ってる時に隕石が落ちなくてもいいのに。せめて地面の上にいる時にしてほしかった。

 父さんがなかなか戻って来なくて怖い。早く戻って来て。



 お母さんは船酔いが落ち着いたのか、部屋の物を片付け始めた。揺れたのはバスタブだけじゃない。部屋ごと、フェリーごと揺れたのだから、部屋の中も物が散らかってしまっていた。


 手伝いたいけど立ち上がると揺れていて上手く歩けない。揺れのせいなのか僕がガタガタと震えているせいなのか、お母さんに座ってなさいと頭を撫でられた。



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 かなりの時間が経って、やっと父さんが戻ってきた。


 僕らに聞かせないように、大人だけ部屋の隅っこで小さい声話していたけど、聞こえていた。


 部屋の外はかなり混乱していたそうだ。4階の通路や外に近い場所にいた人は津波に拐われたらしい。怪我人もいっぱいいるとか。

 救命ボートは片側が全部流されたけど、反対側のは無事だったとか。


 それから車を収納している扉が開いて、車が海へと流れ出たって。あの傾斜では車留めは意味をなさないとか、留め具が重さで切れたとかなんとか。


 そりゃあ、あれだけ船が縦になったんだから、車が流れ出ないわけがない。留めが軽かったやつが動いて他の車を押して芋づる式に流れ出したんだって。それ、誰かが見てたのかな。見てた人が流されなくて良かったね。


 うちのワゴンも海にダイブしたみたい。乗用車は残ってたのが少ないって。うちのトラックは一番奥なので無事だったみたい。奥から大型車の半分くらいは無事だったって。


 でも、うちのワゴンが無くなって、どうするんだろう?

 トラックは運転席と助手席、それと運転席の後ろの寝るとこしかない。6人はキツイよね。トラックの荷台に乗るのかな?荷台に人が乗るのは違法だけど、大丈夫なのかな……。

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