第53話 茨城に到着(イバラ『キ』ね)

 翌朝、俺とミレさんは再び出発した。昨日の最後の地点でカンさんと落ち合い、カンさんの自宅へ向かう予定だ。


 茨城も内陸部に入ると、水の被害は殆ど見なかった。古い建物が崩れていたり、道路のひび割れは結構ある。普段何気に使っている道路の綺麗さを思うと、道路の整備をしてくれていた人達に頭が上がらない。



「茨城は今回の災害の被害は少ないみたいだな」


「ええ、でも半分といったところでしょうか?筑波つくばの方は比較的マシですが、沿岸部や川沿いは壊滅に近いのかな。ローカルニュースでは映像は流れないんですが、SMSでの映像が……かなり、キツイのが上がってます」


「トイッター、あ、もう『Z』か、Zに映像があがってるのか?」


 ミレさんが手元のスマホを操作して、顔をしかめた。


「うわ、これは酷い」


「ええ、ヘルプ要請のSMSがかなり上がっているんですが、消防も警察も動いている気配がないような。追い詰められていく書き込みの多くは沿岸部です。あ、僕がチェックしてるのは県内の情報版です。他県とかどうなのかな」


「自衛隊も今回は難しいだろうな。日本中、世界中で大災害発生だからな」


「今は、SMSを見ないようにしてます。県内で近場の市町村の書き込みを読んでしまうと助けに行きたい衝動にかられる。けれど今はまず自分と周りの安全を確保しなくては」



 カンさんの気持ちが痛いほど解る。今の俺たちには普通の人より『力』がある。助けられるのではと思ってしまうのだ。俺だって、水没してるであろう自宅のアパート付近を訪ねたい。あの焼き鳥屋「ナヒョウエ」の親父さんや奥さんは無事だろうか。アパートの大家さん一家は逃げれたのだろうか。


 分かってる。逃げられるわけがない。隕石の情報を事前にゲットでもしてない限り、テレビで放送された時にはもう隕石は落下していた。

 津波が来るまでに時間があったとしても、隕石落下の衝撃波で電車は止まってただろうし、車で逃げてもどこに逃げれたと言うんだ。



「カンさん、スマンな……」


 ミレさんが申し訳なさそうな顔になったが、ミレさんが謝るような事ではない。



「いえ、すみません。つい、弱音を吐いてしまいました。ミレさんやカオるんと会えてホッとしたせいかな?」


「おう、わかる。俺もみんなと会えて本当に良かった。この世界をひとりでは…………」


「こっちこそです。そうだ、カオるん、マルク君と会えて本当に良かったですね。マルク君がこっちに来たと聞いた時は驚きましたが、これも神さまの粋な思し召しってとこでしょうか?」


「あはは、そうだな。カオるんはボヤっとしているのにいつも強運だよな」


「ボヤっとしていて悪かったな」



 俺たちは3人で声をあげて笑った。災害からずっと溜まっていた重石のような何かが少し吐き出された気分だった。

 それからゲームの話をしつつカンさんの自宅へ向かい進んでいった。




「カンさんもかぁ」


 途中でカンさんは栗毛の馬をアイテムボックスから出して軽く跨った。



「不思議ですよね。現実では乗馬はした事がありませんでしたが、自然と乗れるんですよ。あ、あっちの世界でも乗れてましたね」



 異世界でも乗ってたのか。まぁ、異世界は現実味が薄い夢のような、いやゲームにような世界だったからな。

 俺はミレさんにポニーを出してもらった。



「ミレさん、そのポニーもあの時購入したんですか?」


「そうなんだよ。面白いから初日はポニーに乗ったけど、直ぐにアイテムボックスの底に沈んだ。カンさんも持ってたよな?」


「ええ、あの時はゲーム内でやたらと馬やポニーを走らせるプレイヤーが大量発生してましたね」



 俺がやめた後かぁ。いいなぁ楽しそうで。何でやめたかな、俺よ。



 そうこうしているうちにカンさんの自宅へ到着した。



 おおう、カンさんの家は結構大きな戸建だな。このあたりは皆そんな感じなのだろうか?失礼な言い方かも知れんが、田舎は土地が広いから大きい家も多いな。塀で囲まれた庭も広い。敷地内には離れだろうか?今時の新しい二階建ても建っている。それと車庫だか倉庫だかも幾つかあるようだ。


 母家おもやは平屋建てだが瓦屋根の位置が高く、絶対に屋根裏部屋があるに違いない。見ていないので想像だがきっと裏には池とかカコーンとなるやつもあると思うぞ。



 俺が想像にムフフとなっている間に、ミレさんはタウさんへ念話で連絡をしたようだ。グループ念話でタウさん、ミレさん、カンさん、俺の4人に繋がった。


 ミレさんとタウさんが話しているのを、俺とカンさんがふむふむと聞いていた時、自宅に居たカンさんの息子の翔太しょうた君が家から飛び出して来た。



「父さん、お帰りなさい!」



 俺らをチラっと見て頭をペコりと下げてきた。俺も釣られて返す。



「息子の翔太しょうたです。こちらはミレさんと……あ、本名で紹介した方がいいのかな?」


「ちゃんとした紹介はタウさん達が来てからにするか。俺はミレイユ」


「俺はカオだ。よろしくな」


「翔太です。ミレイユさんが、ええとダークエルフで、カオさんが魔法使い、ですよね」


「おお」


「うわぁ、後で色々見せてください!お願いします」



 翔太君が元気にペコリと頭を下げた。横でカンさんが苦笑いをしていた。



「すみません。皆さんの話をしたら息子が興味深々になっちゃって」


「父さんには精霊魔法を見せてもらいました!土魔法って言うやつ」



 まぁ、そうだよな。ゲーム世界のスキルやら魔法がリアル世界で使えるなんて普通は無いからな。目の前で超能力を見せてもらうようなものか。うん、俺でもワクワクするな。



「とりあえず、ここらをブックマークしてタウさんらを連れてくる」



 連絡はしたので、皆、移動の準備はしてくれているはずだ。忘れ物があってもブックマークをしてあるので取りに行くのは容易い。

 俺はカンさんらに断ってからテレポートをした。




 俺のホテルでのブックマークが寝泊まりした部屋だったので、そこから出てリビングへ入ると既に全員が揃っていた。



「カオるん、本当にご苦労様でした。無事に到着出来て良かったです。僕らはいつでも出発出来ます」



 タウさんの言葉に頷いて、皆に俺の周りへ寄ってもらった。マルクは俺の脇の下にガッツリ入ってきた。ちょっとくすぐったい。マルクもだいぶ背が伸びたので、俺の脇に頭がつっかえていた。ちょっと前まですっぽり入ったのに、子供の成長は早いなぁ。

 


「カオるん、お願いします」



 タウさんの声で我に帰った。



「はい、じゃあ、行くぞー。エリアテレポート!」



 次の瞬間には、さっきまで居たカンさんちの庭だ。皆もテレポートは初めてではないので特に騒ぐ者もいなかった。



 待っていたカンさんに連れられて母家の方に案内された。中にはミレさんと翔太君がお茶やらお菓子を用意して待っていた。


 大きく立派なテーブルをふたつ並べてもまだ十分に広い和室、いったい何畳なんじょうあるんだ?

 そこにそれぞれ家族ごとに固まって座った。そしてタウさんの仕切りでお互いの自己紹介が始まる。



「まずはこの家持ち主でもあるカンさんから、お願いします」


「え、あ、僕からですか。ええと、田中寛太たなか かんたです。息子とふたりでここに住んでいます。息子は翔太しょうたです」


翔太しょうたです。こんにちは。僕はただの人間です。父さんはエルフです」


「あぁそうか。ゲームでの名前と種族も言った方がいいのかな。僕はエルフで属性は土です。防御系の精霊魔法が使えます。ゲーム名はカンタです」



 カンさん親子が座った。今度はタウさんが立つ。それに倣って奥さんとふたりの娘さんも立った。



「私は田浦創一たうらそういちです。カンさんと同じエルフですが、私は属性が火、です。剣を使った攻撃型です。が、この世界にモンスターはいませんので剣を使って戦う事はないでしょう。ゲームでの名はタウロです。横にいるのが妻と娘達です」


「田浦の妻の有希恵ゆきえと申します。普通の人間ですがよろしくお願いいたします」


「こんにちは。田浦家の長女で美穂みほと言います。よろしくお願いします」

「同じく次女の美咲みさきです。よろしくお願いします」



 タウさん一家が座ると次はミレさん一家が立った。



「ミレイユだ。ダークエルフで本名は上杉悠人うえすぎゆうと、バツイチ子なしだ」


「妹の芽依めいです。兄妹で離婚歴ありでなんですが、私もバツイチ子ありの、現在シンママです。こっちは娘です」


「こんにちは、真琴まことです。おじさん目指してダークエルフになりたい10歳です!ゲームでダークエルフ始めました」



「冷やし中華始めました」みたいな言い方だな。

「年齢を言えるって若者の特権ー」と小声で言ったのは、タウさんちのお嬢さんのどちらかだな。

 最後、俺とマルクが立ち上がる。



「本名は鹿野香かのかおる、ゲームではカオだ。魔法使いなんだが、レベルはタウさん達の半分くらいか?俺は10年くらい前にゲームから遠ざかってしまったので、タウさん、ミレさん、カンさんに比べたら弱い。ゲームでもウィズ…ウィザードは後衛職だからな。ま、よろしく頼む」


「父さんは弱くないもん! 僕はマルクです。父さんの息子です。12歳です。冒険者ランクはまだDだけどもう少しでCになるとこ。魔法も使えるよ」



 異世界戻り組を除いた皆がマルクに注目していた。タウさんが慌てて付け加えた。



「マルク君はカオ…さんの養子です」


「タウさん、さんとかいいよ、今まで通りカオるんで」


「そうですね、ありがとうございます。私もちょっとぞわぞわしました。仲間うちではカオるんと呼んでいました。今後は今まで通りカオるんと呼ばせていただきます」


「俺ら、本名よりゲーム内の呼び方のほうがしっくりくるからなぁ、俺もミレで」


「じゃあ私もミレ叔父さんって呼ぼう」

「私もミレ兄さんにする。ところで、何でマルク君は魔法が使えるの?」



 そこで異世界での話を再度する事になった。それぞれが家族に簡単に話してはいたが、今回全員が集まった場で、お互いの話を補いながら異世界の10年を語った。


 何度かお茶のお代わりをしたり、俺のボックスからマッツを出して皆で摘んだりしながら、こちらに戻る所を話すまでに3時間かかった。聞いていた家族達も途中泣いたり笑ったり怒ったり忙しかった。


 マルクが俺を追ってきたあたりで女性陣は大号泣だった。そして子供達は直ぐに打ち解けた。歳が近いからな。真琴が10歳、マルクが12歳、翔太が15歳だ。真琴と翔太はマルクの魔法に興味深々だった。

 


 それからカンさんに、これから生活する部屋に案内をしてもらった。家族ごとにするよりも、女性部屋、男性部屋と別れる事になった。どちらも十分な広さの和室だった。布団は一応干したらしいが、最近の天気が今ひとつで、カビ臭かったら申し訳ないと言われた。


 アイテムボックスの中のマツチヨ(薬局)の商品で消臭スプレーなどがあったので、出したら喜ばれた。

 カンさんの両親や奥さんが生きていた頃は親戚の集まりとかがよくあったそうだが、ここ数年はそういった集まりもなく布団はしまったままだったそうだ。


 夕飯の後は交代で風呂に入ったりした。子供達はミレさんから貰ったパソコンでゲームをしていた。マルクのウィザード、翔太のエルフ、真琴のダークエルフの3人でレベル上げを頑張るそうだ。



 アネさんからの連絡は相変わらず無いようで、皆心配している。

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