第52話 江戸川が広すぎる件

 ワイ浜でタウさんの家族をピックアップして丸の内のホテルへとエリアテレポートで飛んで戻った。


 ホテルMAMAN東京の48階、ロイヤルスイートルームの広いリビングには現在9人が集まっていた。


 タウさん(田浦創一たうら そういち)と奥さんの有希恵ゆきえさん、お嬢さんの美穂みほさんと美咲みさきさん。

 ミレさん(上杉悠人うえすぎ ゆうと)と妹さんの芽依めいさん、姪っ子の真琴まことちゃん。

 そして俺カオ(鹿野香かの かおる)と可愛い息子のマルクだ。


 異世界から帰還した仲間は6人だ。ここに居るタウさん、ミレさん、俺の3人の他、茨城のカンさんと北海道のゆうご、そして連絡が取れていないアネさんだ。


 家族も含めて今後の計画を話し合う。



「ミレさんとカオるんのおふたりには、明日から、茨城方面へ移動してカンさんと合流していただきます。カオるんには連日の移動で大変申し訳ないです」



 マルクが横で俺にギュッとしがみついた。また明日から、置いていく事になるな。



「マルク、すまないな。もっとゆっくり一緒にいる時間を取ってやりたいんだが」


「マルク君、君のお父さんを毎日借りてしまって申し訳ないと思います。が、なるべく早くに茨城に入りたい」


「うぅ……、わかってる、もん。もう少しだけ留守番する。父さんは偉大な魔法使いだから仕方ないの、わかってる」



 いや、偉大とかやめて。普通のウィズだからな。タウさんらは解ってるけど、ミレさんの家族とタウさんの家族が怪しい目で見てる。



「カオるんさんは、偉大な魔法使いなんです?」



 あれ?ちょっと下に見たような疑問系だ?



「こらっ、美咲」



 タウさんが直ぐに止めたけど、物凄く疑いの目で見られている。



「ネットで軽く調べたんだけど、あのゲームでウィザードって人気なかったやん。よわキャラとか足手纏あしでまといとからん職とか」


「美咲!いい加減にしなさい! ネットの中傷を間に受けて他人を中傷するのは恥ずかしい事ですよ!」



 ビックリした。いつもクールなタウさんが声を荒げたのを初めて見た。



「そうよ、美咲。大人の取る行動ではないですよ、お詫びしなさい。カオさん、娘が大変申し訳ありません」



 奥さんに頭を下げられた。



「あ、や、いえ、その、大丈夫です。ゲームでも言われ慣れてましたから」



 美咲さんは思った事をハッキリ言うタイプなんだろうな。だが、両親に叱られてショックな顔をしている所を見ると、普段はあまり叱られた事はなかったのかも知れない。


 タウさんも奥さんも、悪い事は悪いとちゃんと言うんだな、俺もマルクを育てる親として見習わねば。

 だが、マルクはめちゃくちゃ良い子だからな。叱る所が無い。



 ん?

 横の椅子に腰掛けていたマルクが、何故か突然俺の膝に乗ってきた。そして俺を守るように、俺の前で美咲さんを睨む。



「父さんは凄い魔法使いで、ギルドでも尊敬されてた! ゴルダさんも父さんの事凄いって言ってたもん! 王都にあげないって言ってた。王様が父さんを欲しがってもムゥナから出さないって!」



 タウさんらが家族にどこまで話したのかわからないが、恐らくマルクの言った事の意味は解らないだろう。

 タウさんが娘さんらに異世界の話をい摘んで説明した。



「…………で、僕やミレさんは王都に転移したのですが、カオるんは王都からかなり離れたムゥナと言う街に落ちたのです。ギルドと言うのは、こちらで言う所のハローワークといった所でしょうか? ただ、警察……警備や自衛隊のような仕事も兼ねています。普段は仕事の斡旋をしていますが、魔物の居る世界ですので何かあった時に中心になって動く組織です。ゴルダさんと言うのはその組織のトップですね」


「へぇ、なるほど。うんうんテンプレなんだ」



 ミレさんの妹さんが呟いた。ミレさんの妹さんはラノベ作家さんなのでこの手の話も通じやすい。後でサインをもらおう。

 ところで、ゴルダ。 王都にあげないって、何それ。裏で俺のやり取りがされていたのか?てか、ムゥナから出さないって何? こっわぁ。



「……あの、カオるんさん、ごめんなさい。失礼な態度でした」



 タウさんの下の娘さん、美咲さんが頭を下げた。それを見たマルクが『ムフゥー』と鼻から息を出していた。何だろう、そのやり切った感。……膝からは降りなかった。



「ミレさんの家族の迎えも、美咲達を迎えに行った時も、一瞬でこのホテルまで戻れましたよね? あれは魔法使いだけが使える魔法です。カオるんしか使えません。なので、立て続けにカオるんに動いてもらうしかないんです。本当ならマルク君とゆっくりしたいでしょうに申し訳ないです」


「いや、いいよ。大丈夫。俺は自分の出来る事をやるだけだ」


「お兄ちゃんのダークエルフや、田浦さんのエルフ魔法には無いんですか? テレポート」


「無いなー」


「ええ、残念ながら。テレポートリングやテレポートスクロールはありますが、それは自分のみの移動なんです。ですので今回のように家族ごと、となるとカオるんのエリアテレポートが必要になるんです」


「なるほどー」



「さて、では茨城いばらきりの詳細を詰めましょうか」


「女性陣は風呂入って休んでもらってもいいよな?」


「ああ、そうですね。ミレさんとカオるんと私の3人で」



 ミレさんちの真琴ちゃんがタウさん家族を案内して連れて行った。芽依さんと美穂さん(お姉さんの方)は残って話を聞くそうだ。

 マルクは俺の膝から降りないので好きにさせておいた。 




 茨城のカンさんの自宅近辺は今回の災害でも被害は小さい。沿岸部の被害は甚大だそうだが、内陸部に位置するカンさんの自宅は、最初こそ電気が止まっていたが何とか復活しているそうだ。ただ、交通は不通のままだ。


 タウさんの自宅は愛知だ。今回たまたま家族で東京デスティニーランドに来ていた時にこの災害が発生した。日本の沿岸部全域が水没しているのではないかと思われるくらいの津波だ。とてもではないが愛知に帰宅するのは無理だろう。


 そこで、カンさんの自宅に寄せてもらう事にしたそうだ。

 実は俺も茨城在住なのだが、うちは沿岸部寄りだったから多分ダメだろうな。俺もカンさんちへ寄させてもらう。

 カンさんちが仮アジトのような感じか?……俺は血盟が違うけどさ。



 タウさんが紙の地図をテーブルに広げた。関東が載っている大きな地図だ。

 東京から上(北)へ上がる、荒川あらかわを渡り、川口近辺へ。川口から陸地を右(東)へ進み江戸川を越える算段らしい。



「ただし、この地図がどこまで頼りになるかわかりません。地形は大きく変わっているでしょう。道も道標も水の底かもしれません」



「ああ、だが、俺とカオるんなら、ブックマークした場所まで飛べる。芽依達を拾ってもらったとこだ。そこからが足で移動だな」



 俺は首を縦に振った。俺が地図を見ても無駄だからな。案内は任せたぞ?ミレさん。



 その夜は夕飯を皆で食べた後、各自が選んだ部屋へと引き上げた。俺はベッドの上でミレさんから貰ったパソコンで久しぶりにゲームを立ち上げた。もちろんすぐ隣にマルクも居る。


 立ち上げたゲームの中には中途半端なレベルの俺のウィズが居た。懐かしい。


 10年前に放置したゲームのキャラだが、異世界では充分に重宝ちょうほうさせてもらった。魔法もアイテムボックスも、全てこのゲームキャラのおかげで異世界を乗り切れたようなものだ。


 そうだ、倉庫はどうなっているんだろう?

 異世界で女神像の倉庫から全て取り出し、今は俺の現実のアイテムボックスに入っている。

 いや、『現実のアイテムボックス』ってどうなんだ?現実にアイテムボックスがある事自体がおかしいんだよな。



 ゲームキャラはアイテムボックスの重量じゅうりょうに制限があり、特に非力ひりきなウィズはキャラのボックスにはそんなにれられない。うん、パソコンの中の俺のキャラのボックスは、幾つかの荷物が入っていただけだった。


 街の倉庫までトコトコとキャラを動かした。倉庫は街の中心にある広場の噴水の前だ。そこに立っている倉庫管理人というNPCに話しかけると倉庫を開く事が出来るのだ。

 『話しかける』と言うのはパソコンのマウスでカーソルをNPCに合わせてクリックすると定番のセリフが出てくる仕組みだ。


『いらっしゃいませ 倉庫のご利用でしょうか アイテムを受け取る際に料金が3kwかかりますがよろしいですか』



 慌ててキャラのボックスを確認した。そうだ、通貨が変わったとか言ってたな。やばい、手持ちの金、どうなってるんだ?


 俺がやってた時のゲームの通貨はG(ゴルド)だった。ゲームで倉庫から物を出すのに必要な金額が30Gだ。今は3kw? も、持ってるか?俺。

 俺のキャラは3kw持っていた。セーフ。


 倉庫を開いて中を確認した。通貨がGだった時に比べて持っている資金の桁がどどんと減っていた。

 俺は自分のリアルステータスのアイテムボックスも開いた。通貨がどうなっているか確認をしたかった。


 が、ゲームでは『kw』になっていた謎通貨も、リアルアイテムボックスでは、『G』のままであった。


 ゲーム内では『kw』

 リアルアイテムボックスでは『G』

 俺のリアルお財布には『円』


 ややこしいな。

 あくまでゲーム内はゲームであると。


 ひとつだけハッキリしたのは、パソコン画面に開いているゲームの倉庫には、あちら(異世界)で入れた物は入っていなかった。やまと屋のデラックス弁当とか、マッツのパッピーセットとかだ。



 キャラの魔法一覧を開いた。おお、ちゃんと70個の魔法が収まっていた。レベル10まで習得した魔法だ。現実の俺が持っていない魔法もゲーム内ではちゃんと存在していた。いや、だから、現実の俺の魔法って何だよw自分にツッコミをいれた。



「父さん、どこ?」



 横でマルクが俺のパソコンを覗きこむ。



「ああ、街の真ん中あたりの広場の噴水にいる。倉庫は使ってるか?」


「ううん、まだ。だってれるような物無いもん」



 そうだな、確か序盤の『始まりの島』はモンスターを倒してもドロップは無かったか。島を出るための経験値稼ぎの場のような感じだ。ただ、クエストを出すNPCが所々に居て、クリアすると何かを貰った気がする。よく覚えてないが。



「あ、そうだこれこれ。あっちの世界で出してもゲーム内にはちゃんと残ってるんだな。マルク、噴水の俺の前まで移動して来れるか?」


「待ってー、今向かってる」



 マルクのウィズが俺のウィズ前に立った。うん。同じキャラだな。このゲームかなり古いからなぁ。今時のゲームのようにキャラをカスタマイズする機能など無い。


 ウィズはウィズで1種類しかない。全て同じ顔のウィズだ。強いて言うなら装備の違いくらいか。それもパソコン画面の小さなキャラは区別が難しい。


 エルフもナイトもダークエルフもそれぞれ1種類だ。同じ職を選ぶと全く同じキャラになる。見分けるのは頭上に表示される名前のみだ。俺のウィズには『カオ』と、マルクのウィズには『マルク』と出ている。


 俺は『マルク』の前に立ち、トレードボタンを押す。開いた画面に俺のアイテムボックスからボーンアーマー、ボーンヘルム、ボーンシールドの3つをマルクのボックスへと移動させた。さっき、倉庫から出した装備だ。

 この3つは通称『骨セット』と言い、初心者の必須アイテムだ。


 因みに倉庫は一回出すごとに3kwなので、一個でも3個でもかかるのは同じ3kwだ。



「父さん……、これ?」


「そこの下のボタン、OKを押して。それから装備してみな。かなりステータスの防御の数字がアップするはずだ」



 同時に幾つかの必要そうな物もトレード画面でマルクへと渡した。それから島の中をふたりで狩りをして歩いた。途中でミレさん一家に出会った。



『おう、カオるんも付き添いか?』


『ミレさんも真琴ちゃんのレベル上げ?』


『おうよ、一緒に回ろうぜ。マルク、真琴とPTを組め』


『あ、そっか。待った、マルクとのパーティを解散する。そうだった。高レベルとパーティ組むと経験値がほとんどこっちに流れるんだっけか』


『俺らは横で危なそうな時だけ助ける』



「パーティ組んで無いとHPバーが見えないな。マルク、やばそうな時は言えよ?」


「はーい」



 それから2時間ほど、4人で島を回った。大災害の最中である事を忘れて楽しんでしまった。

 気がつくと23時を回っていたので慌てて解散し、ログアウトして寝ることした。明日は早いからな。


 大きなベッドがふたつ並んだ部屋を使っていたのだが、マルクは一緒の布団に入ってきた。


 懐かしい。ムゥナ街のやまと屋ではいつも一緒に寝ていたっけ。あそこではベッドを退かして床に布団を並べていた。そして頭の上辺りにはイッヌが一緒に寝ていた。


 思い出してイッヌを1匹出す事にした。地球で初のサモン魔法だ。ゲームではペットの立ち位置であった犬だが、何故か異世界ではサモン魔法で召喚出来た。



「サモン、ゴスペル」



 出た。まさかこっちに戻ってもイッヌ達に会えるとは。神さまに感謝だ。

 因みにゴスペルはセントバードだ。



「ペルペルだ! 父さん、ペルペル!」


「そうだな。夜1匹だけな。朝になったら戻すからな」


「うん!ペルペルー、もっとこっち、ここで寝て」



 マルクが嬉しそうに自分の頭の近くにゴスペルを呼んだ。今出したゴスペルの他にあと2匹いる。シェパードのクラシックと、ドーベルマンのエンカだ。向こうの世界ではやまと屋の警備として3匹を出しっぱなしにしていた。犬は子供達に人気だった。ゴスペルはかなり大きいので、今でもマルク程度なら乗せられる。俺は重くて申し訳ないので乗ったことは無い。

 子猫のナリーは今夜は女性陣に拉致されていた。


 「父さんとペルペルー」とか寝言のような事を言ってたマルクも直ぐに寝息に変わっていた。俺はマルクの体温を感じながら、置いてきたのに追いかけて来てくれた事が嬉しくて、鼻水が出た。泣いてない、鼻水だからな。




 あっという間に朝になっていた。けど幸せな夢は現実にも続いていた。隣にマルクが居て、俺の腹の上にはイッヌがいる。おい、いつそこに移動した。まぁいいがな。

 朝、目が覚めたら消えている『夢』ではなく、夢のような現実だ。ホッとする小心者の俺。


 49にもなって、いや39だけど、あれ?49から10年生きたから本当は59歳?還暦寸前!いや、越えた???

 まぁ、半世紀も生きて来たってのに、俺ってばひとりが怖いのだろうか。……俺はこんなに弱かったのか?弱いのに気がつかない振りで生きて来たのかもしれない。


 異世界で仲間や他人と一緒に生きる楽しさを覚えて、こっちに戻ってもマルクと、タウさんやミレさんとカンさんが居て、もうひとりで生きていくのは無理かもしれんな。



ドンドンドン!


 部屋のドアが叩かれた。ドアからミレさんが顔を覗かせた。



「カオるーん、飯だって、さっきから何度も念話してるのに起きないから起こしにきてやったぞ?」



 あ、すまん。幸せに浸りたくて念話無視してた。




 朝飯を食ったら早速ミレさんと出発した。まずは埼玉のミレ家族を拾った時にブックマークした場所へとテレポートした。

 そこからミレさん主導で千葉茨城方面へと進んで行く。


 埼玉は海からの津波被害は無かったそうだ。何しろ「海なし県」だからな。ただ、川の逆流はあったようで、河川付近や下水道からの浸水被害を受け、所々が溜め池状態になっていた。


 大きな道路は車での移動を考えたが(あ、勿論ミレさんの運転だ。俺は無免許だからな)道路もそこそこひび割れや段差が出来てしまったりしているため車は危険とした。地震も起こってたのだろうか。



「カオるん、馬持ってる?」


「持ってねぇ。乗れねぇし、乗った事ない。あっちの世界でも馬車はあったが乗馬は得意じゃなかった(練習したが無理だった)」


「そうだよなー。ゲームで馬とかの移動手段が出来たのってカオるんがやめた後くらいのアプデだったかもなー」


「ミレさんは持ってるん? 馬」


「持ってるぜぇ。色々と。白いのやら栗毛やら何頭か。これ二穴にけつ可能かな? ゲームには二穴なんて無かったからなぁ」


「何? ニケツ?」


「二人乗り。とりあえず馬出してみる」



 ミレさんの前に立派な白馬が現れた。馬ってアイテム……なんだ?てか、近くで見るとデカいなぁ。とても乗れる気がしない。

 ミレさんは手綱を持って、ええと何だ?足かけるところ、あぶみ……?アブミだっけか?それに足かけて颯爽さっそうと馬にまたがった。


 カッコ良すぎてズルいぞ。DE(ダークエルフ)補正だろうか?いや、タウさんも乗れそうだ。ウィズはダメだろ?そもそもウィズの装備であるローブ系はロングドレス的だぞ?馬に跨ったら生足なまあし出ちゃうだろ?おっさんの生足……。今は普通の服だが。


 ミレさんは俺に手を差し出すが、どうやって、何処に乗っていいのかもわからず、手を掴むのを躊躇した。



「いや、これ、俺が無理」


「馬的にはふたり軽々といけそうなサイズなんだがな……。待てよ。あったあった。カオるん、これならイケるだろ?」



 ミレさんがアイテムボックスから出したのは、ポニーだった。

 割と可愛いサイズだ。牧場とかで観光客を乗せてカポカポ歩いてるやつ。一応、鞍もついている。


「ポニーも興味本位で買っておいてよかったぜw ほら、カオるん、これなら乗れるだろ?」



「…………どうも」



 腑に落ちんが、一応礼を言う俺、大人だ。

 ポニーも初だが何とか跨った。大人しくていい子みたいだがミレさんの言う事にしか従わなかった。



「俺のアイテムだからか?一旦戻してカオるんに譲渡すればいいのか?」



 ミレさんがブツブツ言っていたがそのままミレさんに指示をお願いした。どうせ一緒に行動するんだからな。



 俺らは馬(俺が乗ってるのも馬だ!ポニーは馬だ!)を走らせ、陸地部分を進んでいった。走らせ……というより早歩きのような速さだ。馬だと何て言うんだ?早駆け?……わからんがそんな感じか?


 だが徒歩よりは早く、自分で走るよりは座っているだけなので楽だった。道路のひび割れや段差も軽々と飛び越えて進んでくれる。

 ただ、乗り慣れないせいかケツが痛くなった。それはヒールで乗り切った。(おっ、まさに乗り切った、だ)


 多少の水はそのまま駆けてくれたが、さすがにポニーの膝(?)を越える水が続くようになると、馬はアイテムボックスへしまった。

 モーターボートを出すには浅く、ゴムボートで手漕ぎでの移動になった。


 戸建ての家が水没し、屋根が水から頭を覗かせている風景が続く。この辺りは浸水被害が酷かったようだ。ご遺体も増えてきた。一旦ホテルへ昼食に戻るか話していた時に、ミレさんのスマホがなった。


 カンさんからの連絡だった。ミレさんが地図を広げて話していたが、直ぐに俺の視線に気が付き、スピーカーにして俺にも聞かせてくれた。



「それで、国道125号を下妻しもづま方面へ向かい、途中から国道294号にぶつかったあたりで利根川とねがわ沿いに南下しました」


「ちょっと待ってくれ。……125、125……っここを下妻、294号から利根川方面っと」


「はい、それで利根川沿いに南へ降りて、守屋もりやあたりで川を渡って、恐らくかしわ……千葉県に入ったと思うのですが、何しろ川幅が広がっていてかしわ流山ながれやま松戸まつどか、ちょっと不明です。このまま進むと恐らく江戸川に出ると思いますので、そこらで合流したいです」


「おう、わかった。川を超えてるって事はカンさんもボートか?」


「はい。手漕ぎとモーターを入手したので使い分けています」


「カンさんは江戸川手前で待っていてくれ。こっちは草加そうかを抜けて流山を目指しているあたりだから、江戸川に着いたらまた連絡を取り合おう」



-------------



「たぶん、江戸川だな」


「これが江戸川なのか?俺の知ってる江戸川は川だったぞ?」


「む、そう言われると自信はないが、恐らく江戸川だ」



 目の前には最早どこが川なのか解らないくらい延々と水が広がる場所だった。向こう岸無いよな?俺らは海に出たのでは?と思うくらい向こう岸が見えない。


 通勤電車で江戸川を渡ってた時はそんなに広くない川幅だったが、琵琶湖かと言わんばかりの水(しかも濁ってる)が広がっている。あ、俺、琵琶湖に行った事は無かった。TVで観た感じ、な?



「この琵琶湖の向こう側にカンさんが居るのか」


「いや、江戸川な。この方角に進んで琵琶湖には出ないからな、カオるんじゃあるまいし」



 そこでミレさんはカンさんにスマホで連絡を入れていた。どうやら花火作戦で行くようだ。こちらが上げた花火をカンさんが見えた方向へと近づいていく。


 だが、流石に琵琶湖チックな江戸川が広すぎて、コンビニで売っているような花火ではカンさんの視界に届かなかったようだ。



「そうだ、こっちにはカオるんがいるんだ。花火でなくてもよかったんだよ。カオるん、ちょっと派手なの打ち上げてくれ」



「はぁぁ? 何だよ、派手なのって。俺もコンビニ花火しか持って無いぞ?」


「いやいや、花火じゃなくて魔法だよ。何か無いの?上に高く上がる魔法」



 ええええっ、どんな魔法だよ。ステータスを開いて魔法一覧に目を通す。滅多に開かないがな。

 うぅん、うぅぅむ。



「メテオとかあっただろ? あの派手なやつ。あれでいいんじゃね?」


「いや、ダメだろ! メテオはダメだろ。こんなとこで隕石降らせたら今回の大災害の犯人になるだろ、俺が!」


「ああ、まぁ、そうだな」


「そうだな、じゃねぇ! うぅむ、ライトニング打ってみるか。カンさんに連絡してくれ」



 ライトニングはかみなり魔法だ。一応川の中ほどの瓦礫に向かって魔法を唱えた。上空から昼間でも目が眩むような雷が川に落ちた。

 危なかった。俺たち屋根に居たが、水に浸かっていたら感電してたか?使い所を間違わないようにしないと魔法は危険だな。


 カンさんから見えたと連絡が来た。ミレさんから方向を修正しつつ何度か打つように言われた。

 照明魔法の『ライト』が明るさを調節出来たんだ、『ライトニング』も調節してみた。



「弱々しいライトニング!」



 おお、成功。上空の高さはさっきのと同じくらいだが、見た目が明らかに違う。細い。

 さっきのは『バリバリバリバリッ』だったが、今回のは『バリンッ』くらいだ。これならボートで水上を進んでも感電する事は無いだろう。一応念のため、ゴムボートにした。




 とうとう、カンさんとの合流に成功した。直ぐにカンさんとフレンド登録を済ませた。ミレさんもフレンド登録の後、PTに招待していた。ステータス画面で連絡が取れるのは安心するな。



 そこからはカンさんの案内で、茨城の内陸へと進んで行った。ブックマークをしながら進むが、日が暮れ始めて一旦エリアテレポートでカンさんを連れて丸の内のホテルへと戻った。


 カンさんはさっそく、タウさんやマルクとフレンド登録をしていた。タウさん、ミレさんの家族を紹介して、カンさんはホテルをブックマークして茨城の自宅へと戻って行った。

 俺たちは夜はホテルで過ごす。

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