第32話 それぞれの場所で出来る限られた事
----------(タウロ視点)----------
その日はまた昨日と同じ部屋で休んだ。
ベッドには娘の美穂と美咲が寝ている。その横の床で毛布にくるまり、妻とふたり横になった。狭いが何とか寝られる。寝られるが、眠れるかは別だ。
考えなければならない事がいくつもある。まずは今後、明日からどう動くかだ。
このホテルで出来る事は限られる。出来れば地面のある場所へ移動したい。しかし足が無い以上ここに留まるしか無い。まずは家族の安全が第一なんだが、足(舟)を探しに行きたくとも、家族を残していくのは
打ち明ければ、まだ少しは安心出来る。そう、『異世界』の話を打ち明ければ、アイテムボックスの中のスクロールやポーションを渡せるからな。何なら俺のエルフ装備を装着させてもいい。1人分しかないが、マント、アーマー、ブーツ、グローブなど分けて装着するだけでもかなりの防御力がアップするはずだ。
俺は未装備状態でもステータスはかなり高い、……はずなんだが、ゲームと違い、ステータス画面に数字が出ていない。確認が出来ず少々不安は残るが。
そう言えば、ミスリルシャツとミスリルズボンがあったな。あちらの世界の女神像クエストで入手した物だ。自分がゲームで持っていたミスリルシャツはプラス10まで強化してある。
既に持っていたシャツが強化済みだった事もあり、クエストで入手した物を強化しなかったのが今は悔やまれる。カオるんはマメにダンジョンに通って強化スクロールを手に入れて強化したと聞いた。強化スクロールならアイテムボックスに入っているのだが、この地球、現実世界で強化など出来るのだろうか?
ゲーム上では特に場所を選ばず強化は出来た。地球にアイテムボックスを持って帰れたんだ、もしかするとゲームのように強化出来るのではないか?
妻に背を向けてアイテムボックスからこっそりミスリルシャツと強化スクロールを取り出した。
『強化!』
心の中で唱えたが、シャツにもスクロールにも何も起こらなかった。
ダメか……、色々検証が必要だな。
まぁ、何も無いよりは未強化でもミスリルシャツを着てもらうだけでかなり安全度は上がるだろう。
不測時の連絡手段がスマホだけと言うのは不安だが、それでも連絡を貰えさえすれば瞬時にテレポートで皆の元に戻れる。
明日はボートを探しに外へ出たい。その為にも家族に打ち明けなくては。
だが、その前に大きなハードルが立ち塞がっている。
どうやって話す?
「お父さん、異世界に行って帰って来たんだ」
「お父さん、実は、エルフなんだ」
「お父さん、ゲームアイテムが使えます」
「お父さん……」
「おとん! ブツブツ
「あ、すまん」
----------(タウロの妻、有希恵視点)----------
驚いた。
夫がデスティニーランドの駐車場から戻ってから、何かが変わった気がしていたのだけど、それが何かわからなかった。
顔も服も口調もいつもの夫に見えるけれど、何かが違う気がした。
ただ、娘達や私を見る優しい目は変わっていなかった、いえ、もっと優しくなったように感じた。
けれど私から聞いたりしない、必要なら夫から話してくれるはずだから私は夫が話してくれるのを待つだけ。
そう思っていたら、私が寝ていると思ったのかしら、夫の声が隣から聞こえてきた。小さい声だったけれど隣に寝ている私にはハッキリ聞こえた。
私の夫は、異世界に行って帰ってきたエルフなの?
この人、いつからエルフだったのかしら。全然気が付かなかった。
出会った時は弁護士で、プロポーズされた時は大工で建築家で、真面目で堅そうに見えるけどパソコンゲームに真剣に取り組んでいて。
それで、今はエルフなのね?ふふふ、面白い人。
----------(ミレイユ視点)----------
「叔父さんの友達が日比谷にいるの?」
「そうなんだ。日比谷公園の近くで働いていたはずだ」
「もしかしてお兄ちゃんのゲーム仲間なんじゃない?」
妹の芽依がニヤニヤしながらテーブルの上のノートパソコンを指差した。芽依は俺が大学の頃からオンラインゲームにハマっていたのを知っていた。バイトの合間、働き出してからは仕事が無い日は一日中パソコンに齧り付いていたからな。
実は、芽依と真琴を連れて避難する時も、真っ先にノートパソコンを鞄(アイテムボックス)にしまったのだ。こんな大災害でオンラインゲームが繋がるとは思えないが、つい癖で……。
妹の芽依はシングルマザーで娘の真琴を育てている。母が幼い頃に亡くなり、その途端に親父は若い女を連れ込んだ。芽依は愛情に飢えていたのか、すぐに碌でもない優男と暮らしだし、その男は真琴を妊娠中に別な女と居なくなった。
籍を入れてなかったので芽依はシングルとして真琴を産んだ。その頃俺も勤め先の取引先の事務員だった洋子という女と知り合い、籍を入れた。が、これまた酷い女だった。一年保たずに離婚になった。
俺たち兄妹は人を見る目がないのかと、笑いあった。その後は隣合ったアパートに住み、助け合って生きてきた。
俺だけ異世界へ転移してしまいずっと気がかりだった。芽依と真琴が、もう誰にも騙されずに元気に暮らしているか。それがずっと気がかりだった。
明日はホームセンターへ、ボートを探しに行こう。南下して都内へ向かうなら絶対に必要になる。昨日テレビにチラッと映った映像は、とても日本と思えない、そこら中が海に飲み込まれ陸地が見えないものだった。
ホームセンターにゴムボート、あるかなぁ。せっかくホームセンターへ行くなら色々と取ってきたい。
芽依たちに打ち明けないとなぁ。
----------(カンタ視点)----------
タウさんやミレさんと連絡がついて良かった。
僕らは村役場の村民会館(避難所)から、自宅に戻った。
現在は交通が全てストップしていた。避難所は帰宅出来ない人が結構集まっていた。普段から何気にバス、電車、車を使っているが、災害時にそれがどんなに便利であったかを思い知らされる。
テレビで少しだけ情報が入手出来た。とは言え、ローカルニュースだ。どうもあちこちで分断が起こっているようだ。
茨城は沿岸部が大変な事になっていると放送されていた。映像は無かった。
日本の何処かで災害が起きた際は、その地域以外が復旧に動く。だが、今回のように日本全土で災害が発生した場合はどうだろう。
かりに無事な地域があったとしてもどう動いてよいかわからないのではないか?いや、そもそも無事な地域はあるのだろうか?
どちらにしても物流は止まるだろう、今まで当たり前に手に入っていたものが、次第に入手困難になるだろう。そして次に手に入れられるのはいつになるのか。
米や野菜はまだ手に入る。ここらは農家をやっているうちが多いからな。水も井戸がある。
恐らく、1番入手困難になるのはペーパー類か。トイレットペーパー。
今日は閉まっていたショッピングモールやホームセンターは、大変な事になるだろう。当然、買い占める者も現れるだろう。
それから病院の薬か。いつでも当たり前に買えた薬も、処方箋薬局の流通が止まれば薬は入って来なくなる。
これは早めにどこかが管理する必要がある。が、何処が仕切る?役場か?警察?消防団か?
とりあえず、ここらの地主でもある杉田の爺さんに話しておくか。
自分のアイテムボックスに入っているアレコレを思い浮かべた。本当ならこんな災害時だ、それらも村の皆へと供給すべきだろう。
だが僕は、翔太と生きながらえるのを優先したい。それらを翔太の為に使いたいのだ。カオるんのようにばら撒けない自分が情けなく思えた。
だが、タウさんらと合流するまでアイテムボックスは封印する。
立ち上がろうとした時、翔太がジッと見つめていた事に気がついた。
「ちょっと杉田の爺ちゃんのとこに行くんだが」
「僕も行く」
「ああ、一緒に行こう。大きな災害の時は周りと助け合わないとな」
周りと助け合う?どの口が言う。僕は翔太だけを助けたいだけなのだ。
「歩いてく?」
「そうだな、歩いて行こう。ただ、リュックは背負っておけ。またいつ何があるかわからんからな」
「うん、わかった」
元気よく返事をする翔太を見ながら、息子にいつ話すかと悩む。早く話して、全てを共有したい。
カオるんが居てくれたら、何となく話しやすい気もするが、カオるんを迎えに行くためにもその前に翔太に打ち明けなければ。
----------(ゆうご視点)----------
元から山の上(中腹)に住んでいた者はそのまま助かった。
函館には函館山という有名な観光地にもなっている山がある。函館港も有名だが、そこから恐ろしく急な坂を上がると途中にケーブルカー乗り場があり、夜景が観れる事で有名な山頂へと続く。
歩いて上がれる散歩道もある。山の途中には有名な建物もあり観光客に人気だ。勿論、地元民も住んでいる。うちもかなり山の上の方に住んでいた。あの頃はその急な坂が、学校に通うのにキツイ、大変だと文句を言っていたが、今回はその坂が僕らの命を救ってくれたのだ。
津波を避けて山へ上がってきた人達は、モノレール乗り場や観光の建物に寝泊まりしている。
だがすぐに食料は尽きるだろう
街は何度か海に浚われ壊滅状態だ、かろうじて山で生き残った者もいつまでもここにはいられない。やがて食料は尽きるだろう。
だが道路もない、船も流された状態でどうやって移動する?何処に移動する?救助は来るのだろうか。
兎に角、タウさんからの連絡を待とう。
カオさんが居てくれたらいいのに。婆ちゃんの薬が切れるまでにカオさんと合流したい。婆ちゃんが通っていた病院は港の近くだ。もう流されて無くなっている事だろう。
高級ポーションが効けばいいんだけど。それとブランクスクロールにヒールを貼り付けた物は何枚か持っている。薬が切れたらそれらで凌ぐしか無いか。
いや、そうだ!ダンジョンB2のマツチヨは処方箋の窓口もあった。婆ちゃんの薬があるか後で検索してみよう!ネットで代薬も調べておこう。
良かった……、ちょっと安心した。カオさんありがとう。
----------(マルク視点)----------
父さんの国、大神殿の天空近く、僕はふかふかのベッドに腰掛けていた。
収納鞄に入っていた、スマホ……より大きい板。収納一覧には『タブレット』とあった。
タブレットって何?スマホに似ているからこれも連絡出来るやつかな?
タブレットを耳に当てて見るけど、何も聞こえない。
「父さんー? ミレおじさーん、キック叔父さん?」
タブレットを裏返して繰り返し呼びかけたりしていたら、あきらお兄さんが笑いながら僕のベッドの方に来た。
「違う違う、これはね、スマホと似てるけど少し違うんだ。ちょっと貸してもらえる?」
お兄さんにタブレットを渡すと、お兄さんはブツブツ言いながらツルツルの面を指でシャシャっと擦っていた。
「ああ、やっぱり。裏に書いてあったのがパスだった。ええと、使用者は……あれ?これって社用か? ああと、社員名が中松あつ子……さんか」
「あ! あつ子おばさん! うちで一緒に働いてるよ?」
「うちで? マルク君は何処かの会社の社長の息子か? ブツブツ……、社内アプリは開かないのが多いな。おっ、ビデオメッセージか。タイトルにマルク君の名前がある。これ、マルク君宛てじゃないかな?」
お兄さんにタブレットを渡されて僕の名前が付いたマークを押した。父さんが映った!
『マルク……、元気でやってるだろうか? 置いていった事、怒っただろうな。
ダメな父親ですまん。
これを撮ってるのはまだ日本へ戻る前だ。マルクは12歳だな。
マルクが13歳になったら、あっちゃんにこの動画を見せて欲しいとお願いした。
マルクがこれを観てると言う事は、13歳になったんだな。
13歳おめでとう。
お前が13歳になる時にそばに居れなくてしゅまな、すまにゃい、すまない。
冒険者ランクは上がったか? もっと一緒にダンジョンに行きた……いぎたがった、ずびっ』
僕は慌ててタブレットをベッドの布団に裏返して押し付けた。
「ま、まだっ、ひくっ まだ、ずうさんじゃっ、ないからっ、ひっくっ、みだ、みだらダメ っだ うわぁぁぁぁん、とおさああああああん、ひくっひくっ どうざん!」
父さん父さん父さん、早く迎えに来て!会いたいよう、父さんに会いたいよう!
僕は布団に顔を押しつけて泣いてしまった。
あきらお兄さんが、僕の頭を撫でていた。
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