第16話 第一波、到来【9:53】カオ
時刻は9:51、特に何も起こらない? なら、尚更悩んでいる時間が勿体ない。
俺はまた踊り場から踊り場へとジャンプで非常階段を降り始めた。
B2まで到着し、館内への扉を入る。
非常階段から館内に入る場合は、通常4桁のパスワードが必要になる。だが、例外のフロアがいくつかある。
まずは社員通用口があるこのB2、それから社員食堂のある13階、休憩室や社員専用カフェのある14階、健康管理センターのある15階、これらの階は非常階段から館内への出入りは自由になっているので扉にパスワードは不要だ。それ以外は社員であっても関係者が入れないようにロックされている。
俺はB2の扉を潜ると廊下を右手側へと走った。俺が出てきた西側の非常階段は『社員通用口』に近い。つまり、警備室もすぐそこだ。
俺は警備室の窓ガラスを思い切り開いて中へ向かって叫んだ。
「
中にいた数人の警備員が驚いたように皆こっちを見ていた。そのうちのひとりが窓へとやってきた。廊下に設置された警備室の窓ガラス越しに対峙する。
「どうした、鹿野さん、血相変えて。何かあったか?」
「古池さ……」
そこまで言った時に窓越しに警備室のテレビ画面が見えた。
テレビに映った隕石落下の映像だ。時計を見ると9:53、隕石落下は本当にあった。
「古池さん! あれ! テレビ見てくれ! 隕石落下したぞ」
「え……?」
ゆっくりと振り返る古池さんに、警備室内にいた他の警備員がテレビから目を離さず話す。
「古池君、今、中国に落下したって……隕石」
マズイな、急いだ方が良くないか?
「古池さん! 古池さん、それと他の警備員さんも、今すぐ上へ移動した方がいい。衝撃波とか津波が来るぞ!」
「ハハっ、大丈夫だよ、この建物は耐震設計もしっかりしているからな。それに落ちたのは中国だぞ?」
「そうだよ、危険なら緊急管理センターから放送があるはずだ」
警備員ふたりは呑気に構えている。
「古池さん! 騙されたと思って、避難してくれ! 上へ逃げた方が良い、頼む、何も無ければ後でいくらでも文句は聞く」
「鹿野さん……」
「おい、古池、持ち場を離れるなよ、俺らはここを守る警備員なんだからな」
ダメか。俺は説得を諦めた。だが最後に一言だけ。
「古池さん、自分の命を大切にしてくれ……」
そう言い放って俺は踵を返した。さっき出てきた非常階段の扉へと飛び込み、勢いよく階段を駆け上がって行った。
4階から5階へと踊り場を曲がった時だった。
横から突き飛ばされるような衝撃で4階へと転がり落ち、4階の扉の前で床に
ガガガガガガガッ
俺は階段の
その時、館内にサイレンが鳴り響き始めた。
『こ、こちらは緊急管理センターです。現在、その、その……、『落ち着け』あ、はい。ええ、現在……山本さん、これって地震ですか?何か爆発とか…『今、確認を取っているんだが電話が通じん』ええと、え?あ、西側と北側の窓が破壊?……』
緊急管理センターの館内放送がかなり混乱している。そりゃそうだろう。地震や火事のマニュアルはあるだろうが隕石落下とかは無いだろうからな。
俺は館内放送を横に聞き流して兎に角階段を猛ダッシュで登る。
館内は緊急のアラートが鳴り響いている。
『皆さ、皆さん、その場を動かずに……緊急担当長の指示に従ってその場に待機して、ください!』
「ちっ!」
つい舌打ちが出てしまった。
その場に待機してる場合じゃないぞ?いや、高層階はそれでいいかも知れんが、低層界は津波に備えて上へ誘導すべきじゃないか?
ちなみに緊急担当長と言うのは、各フロア、その課で割り振った係、連絡係とか避難誘導係とか、それらを束ねる人で、勿論素人だ。社員の中で適当に割り振られた担当だからな。
6階まで上がった所で、6階フロアへの非常扉が開いているのに気がついた。鉄で出来た重そうな扉だが少し歪んでいるのが分かった。衝撃で扉が非常階段側へ開き、曲がったせいで閉じなくなったのか。
俺は現在どうなっているのか情報が知りたくて、6階のフロアへと進入した。何しろ非常階段は壁に囲まれているだけなので外は見えない、壁のひび割れが多少あったくらいだ。
6階フロア、初めて足を踏み入れた他部署のフロアだが、先ほどの衝撃で、廊下にあったと思われる棚は全て倒れ、キャビネットは扉が開き中身が廊下に散乱していた。
廊下の先、西側のフロアへ入る扉は半分に曲がって廊下側へ押し出されていた。
そこから中を覗くが、覗いた事を後悔する惨状が広がっていた。
西側の、天井まである分厚いガラスは全てフロア側へと吹き込んだのか、そこら中にガラスが突き刺さり、そこには人間、つまり血だらけの社員達も転がっていた。
まるで、ハリネズミ状態……だ。
微かに動いている者もいたが、とてもじゃないが近寄って「大丈夫ですか」と言える状態ではない。俺ひとりではどうにも出来ない。
そちらも似た惨状だった。
南側は扉がロックされていて入れない。東側のフロアもロックされていたが、扉の近くにいた誰かがフロア側から開けてくれた。
東側は窓ガラスは割れていなかったが、壁の棚に積まれたパソコンやら何かの機械が床に落ちたり、倒れている棚や散乱する机に埋もれるように社員が座り込んでいた。
「大丈夫ですか?」
とりあえず近くにいた人に声をかけた。
「何、今の? 地震?」
「首都圏直下型がきた?」
「ミサイル落ちたみたいな衝撃……」
「あの、動けるようなら非常階段で上に避難した方が良いですよ?」
「いや、勝手に動かない方が良い」
「館内放送で指示があるまで……」
「今のは隕石落下の衝撃波……だと思います。直ぐに津波が来るかも」
「隕石ぃ?」
「そんな噂もあったけど、これ地震でしょ」
「それに津波がきてもここは6階だから全く問題ないよね」
「それよりアンタ、どこの課の人? うちの課じゃないよね?」
そこらに座り込んでいた社員達が侵入者を見る目で俺を見てきた。俺は諦めて廊下へ戻り、また西側の非常階段へと走った。
東側にも非常階段はあるのだが、さっきのフロアの奥へと進まないとならない。他部署の人間である事がバレた以上フロアの中を進む事は出来ないので、中央のエレベーターホールから西側へと引き返した。
西側の非常階段へ出ようとして驚いた。
先程まで自分以外に人が居なかった階段は下から上がってくる人達で溢れていた。
「上へ!早く避難しろ!」と叫びながら階段を上がっていく人々。
下の方からは叫び声が重なるように響いている。
「きゃあああ!水が!」
「早く上がって!水がそこまで来てる」
「待って、置いていかないで」
俺もその中に混じり、階段を駆け上がる。
「押さないで、手摺りに捕まり出来るだけ急いで上がってください!」
下から覚えのある声が聞こえた。警備員の古池さんだ!俺は階段の端に寄り古池さんが上がってくるのを待った。
下から上がって来る人達のしんがりを務めていたのか、最後に古池さんと他にふたりの警備室が上がってきた。3人とも制服がずぶ濡れだった。
「古池さん、良かった。避難間に合ったんですね」
「鹿野さん! さっきはすまない。ありがとう、助かったよ」
「それ、館内に浸水が始まったんですか?」
濡れてる服を指差した。
「そうなんだよ、鹿野さんが去って直ぐだよ。外に様子を見に行った山城さんが慌てて戻って来て、水が来てるって」
「ああ、さっきは疑ってすまなかった、外の階段を水が降りてくるのが見えて直ぐに戻って階段を上がったんだよ」
社員通用口はビルの地下2階だ。表通りから横幅の広い階段を2階分降りた所にある。恐らくその大通りから水が階段を降りてきたのだろう。
「一階の事務フロアから何人か逃げて来た人達を非常階段に誘導して、水位がどんどん上がったのか、三階四階からも階段に出てくる人がいて」
話しながら階段を上がるが、前が詰まって進みが遅くなる。
「もっと! どんどん上がってくれ!」
警備員さんが上に向かって叫ぶ。
8階の扉の前を通り過ぎた時に、扉が勢いよく開いた。
「誰か! 助けてくれ、怪我をした者がたくさんいる」
8階フロアの社員さんか。恐らくさっきの6階の状況から、ビルの西側と北側はどこのフロアも大惨事だろうと予測がつく。
古池さん達が顔を見合わせたが、俺はさっきの状況を伝えた。
「俺さっき6階のフロアを確認したんですが、西と北は酷い状態でした。ガラスが全て割れて、その…、数えきれないくらいの…」
8階フロアから出てきた社員さんもよく見るとあちこちから出血していた。
「助けて、どうしたらいいんだ、皆、ち、血だらけでガラスまみれで、助けてくれ」
「兎に角、一旦上に避難しましょう! 水が何処まで上がってくるのかわからない。自力で歩ける人は上へ向かってもらいましょう」
血だらけの社員さんは悲壮な顔になった。そりゃそうだろう。毎日一緒に働いていた仲間を置いていけるわけがない。
古池さん達も警備員と言う立場で、本来なら直ぐに駆けつけるはずなのだが、今はそれが無理なのもわかっている。
恐らく、大量の怪我人。そして、水が下から迫ってくる。今ここには3人の警備員と、俺しか居ない。
「歩ける人は上に避難するように言ってくる!」
山城さんと呼ばれていた人が8階のフロアへと駆け込んでいった。古池さんは振り返るその社員に肩を貸して、階段を上へと上がり始めた。
俺は階段を少し降りて戻り、水が何処まで来ているか確認に向かった。
水は5階フロア前の扉を半分ほど沈めていた。非常階段の5階を超えたと言う事か。
俺はさっきの6階に飛び込んで、東側へと向かう。
「津波が上がって来てるぞ!早く避難しろ!」
そう叫んでから、非常階段へと引き返した。彼らが避難をしたかはわからない。ただ全員を担いで逃げる事は不可能だ。ゆっくり説得する時間もない。
冷たいと言われようが、俺に出来る事はやった。
それでも遣る瀬無い気持ちでいっぱいになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます