第17話 【9:53】タウロ
----------(タウロ視点)----------
俺はワイ
ワイ浜駅から離れた場所には高層ホテルはいつくもある。だが見た限りでこの辺りでは20階ほどのこのホテルが1番背が高い。
ワイ浜は名前からも分かる通り海を埋め立てて出来た場所ですぐそこはもう海だ。
津波を想定した場合、通常(地震など)なら充分な高さではあるが、今回は隕石だ。落下する隕石の大きさや落ちる場所によっては想定外の大きさの津波になる事も予想される。
20階ほどで生き残れるだろうか?
エレベーターで最上階へ上がった。最上階である19階はレストランが幾つか入っているフロアだった。
「おとん、うちら朝食べたばかりやん、それにランドでポップコーンやスイーツ買う予定だから食べられへんて」
「そうやねぇ、今は無理やわ」
レストランはダメだ。見晴らし良く造られているだろう、当然ガラス張りだ。レストランが三軒入っているがどれも外が良く見えるように作られているだろう。
エレベーターホールにある案内図を見る。ひとつ下の18階はロイヤルスイートやセミスイートなどの客室のようだ。階段を探して降りる事にした。
「こっちだ」
訝しむ妻や娘に有無を言わさずに階段へ向かい、下の階へと降りた。
しかし18階の通路はガラスの扉で遮られていた。恐らくこのフロアへ宿泊する顧客のカードキーで開閉するようになっているのだろう。
時計を確認した。
9:45
どうする?もう少し下の階へ降りるべきか?しかし万が一を考えるとこの18階の高さでも不安だ。それにあと5分しかない。
猶予は60分と神は言った。俺がこっちに戻ったのが8:50だ。となると、9:50あたりに何かが起こる可能性がある。
「ねぇ!おとん、こんなとこで何すんねん!早よランド行こうや!時間が勿体ない」
「ここで何かあるの?誰かと会うの?」
今の状況で『異世界転移』の話をしても家族を説得出来るとは思えない。せめて、『何か』が起こってから説明したい。
「悪いがあと4〜5分待ってくれ」
妻の有希恵は俺の表情から何かを感じとってくれたようで、いつもは娘達の味方につくのだが、今は娘を
とりあえず、ガラスの扉からは離れる。エレベーター前の椅子へ妻と娘を座らせた。
ポケットからスマホを取り出す。異世界でずっと10年間持ち続けていたスマートフォン。あちらでは家族の写真を眺める時だけアイテムボックスから出していた。壊さないように、大事に。
帰還前にメンバーの電話番号やアドレス、LAINEのIDを入力した。もちろん、あちらの世界ではアンテナ基地局が無いので繋げる事は出来なかった。
スマホでまずショートメールを送った。それから登録した電話番号からLAINEの登録をする。
カンさん、ミレさん、ゆうご、アネさん、そしてカオるん、皆無事に戻れたのだろうか?
パラさん達はあちらに残れただろうか?
つい昨日までいた異世界がまるで夢の中の出来事のように思えた。あちらの世界の思いから、突然、娘の叫ぶ声で現実へと引き戻された。
「ちょっ、大変! ヤバイで、これぇ!」
椅子に座ってスマホを弄っていた美咲がスマホから目を離さずに立ち上がり叫んだ。
「ねえ! ねえ大変、中国に落ちたって、これ見て、この映像!!!」
座っていた妻と美穂も立ち上がり両脇から美咲のスマホを覗きこんだ。
始まったな。
最初の隕石は中国に落下か。どのくらいで衝撃波は到着する?中国のどこに落ちたのか不明だが、日本からすると北西か。
スマホのコンパスを開き、北西を確認した。通路は東西へと伸びているが、ここエレベーターホールは南側か。
立っている3人を椅子より床に座らせようと思った。
「頭を下げて、床に…」
そこまで言った時に横から突き飛ばさるような衝撃が来た。
「きゃあ!」
「ひゃっ!」
「ぎゃっ!」
床を転がっていく美咲の腕を捕まえる。有希恵と美穂に上から覆いかぶさり床へ押し付ける。美咲は腕の中で抱えている。
「床に伏せろ、バッグで頭を隠せ!」
床が、と言うよりホテル自体が大きく揺れ続ける。4人のスマホから緊急アラートが鳴り響いたのと同時にホテル内に緊急のサイレンが鳴り響き始めた。
「じ、地震?」
「ねっ、デカない? 止まらない! 大地震?」
地震ではないと思う。衝撃波を受けたホテルはゆっくりとゆりかごのように揺れ続けているのだと思う。良かった。耐震がしっかりしていてくれたおかげて、建物がボッキリ折れたりはしなかった。高層ビルは真ん中あたりで折れる場合もあるからな。
揺れが治らない中、廊下の照明が落ちた。停電か?窓がない場所を選んだので真っ暗だ。
「お、お母さん……」
「大丈夫だ。停電だろう。このままじっとして居なさい」
妻に抱きついているであろう美穂に声をかける。
ホテルの廊下は非常階段への案内だけが見えた。しかしここは18階、そして今は動かない方が良い。
長く感じるが実際には5分ほどだろう、揺れが少し落ち着いてきたが、館内はまだ暗いままだ。
「ちょっとここに居なさい」
「や、やだ…おとん、どこも行かないで…」
「あなた…」
「お父さん」
「大丈夫だ、誰か居ないか見て来るだけだ。このフロアを確認してくる」
先程、エレベーターホールと宿泊フロアを隔てていたガラスの扉は割れて床に散乱していた。
スマホの明かりを頼りにジャリジャリとガラスを踏み、宿泊フロアの廊下を進む。
どの部屋からも誰も出てこない所を見ると、チェックアウトで部屋に居ないのだろうか?それとも……ああ、そうか、皆、早朝からランドへ出掛けているのか。
突き当たりまで行き、右に曲がるとひとつの部屋のドアが開いており、そこからホテルの清掃員が出てきた。
手には大きなライトを持っていた。
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけると驚いたようにこちらにライトを向けてきた。眩しげに目を細めると、慌ててライトを足元に向け直した。
「あ、あ、あの、申し訳ございません。お客様、ご無事ですか?」
「ええ。こちらは大丈夫です。ホテルはどんな状況ですか? 何があったかわかりますか?」
「あの、あのそれが、電話が通じなくて……、地震、でしょうか?」
「今は、ホテル内は停電? 直ぐに電気はつきますか?」
「ええと……どうでしょう、ちょっと、私、清掃員なのでわからなくて、その、申し訳ございません」
「そうですか」
「あ、その、上で聞いてきます」
「上は、」
行かない方が良い、と言う前に彼女は走って行ってしまった。
上は、19階はガラスに囲まれたレストランだ。恐らく大変な事になっているだろう。
俺は清掃員が出てきた部屋へと入った。
部屋は窓があるので明るかった。ドアを入ると通路があり、通路の先は広い空間にソファーが置かれたリビングになっていた。リビングの左のドアを入るとそこにはキングサイズのベッドがふたつ並んでいた。その向こう側にもテーブルと椅子がある。いくつかのドアはきっとバスルームやトイレだろう。かなり広い部屋だ。
どうやら清掃が終わったところだったらしく、ベッドは綺麗に整えられていた。
ただ、バスルームのアメニティは、先程の衝撃で床に散乱してしまっていた。
リビングや寝室の正面にある大きなガラス窓は割れていない。こちら側は東だったので衝撃波の直撃は免れたのだろう。
だが、隕石落下が一回きりとは思えない。気休めではあるが窓のカーテンを閉めた。停電で照明が消えているのでカーテンをするとかなり暗くなる。
バスルームもトイレもかなり広い。そこに篭る事も考えたが、もしもこちら側の方角から衝撃波を受けた場合、バスルーム内のガラスの扉は危険だ。
寝室の隅の扉開けるとそこは小部屋になっていた。窓のない小さい部屋でベットとその脇に低い棚がひとつ。横開きの扉を開けると枕や毛布の替えが入っていた。
ここがロイヤルスイートだとしたら、この小さい部屋はお付きの者、メイドか執事用か、海外のセレブ客ならありえるな。
篭るなら、ここにしよう。俺は廊下へ出てエレベーターホールへ家族を迎えに戻った。
「おとぉーん!」
いつも気が強い次女の美咲が半泣きになっていた。
「すまない、部屋へ移動しよう。そこ、ガラスが散乱しているから気をつけて」
先程の部屋へと妻と娘達を連れてきた。窓の方へ歩いていく美穂に声をかける。
「美穂、窓には近づくな。そっちの部屋にクッションや毛布を持ち込んで
「え? 何で?」
「さっき、中国に隕石が落ちたと言っただろう?」
「うん、でも、今スマホ繋がらないねん」
「さっきのは地震ではなく、隕石落下の衝撃波だ」
「……え?中国に落ちたのに?」
「ああ、他の国に落ちたから衝撃波の到達まで時間差があった。隕石は中国だけではないと思う。どこに落ちるかでその方向から衝撃波が来る」
「あ、じゃあ、こっちの窓からくる事も?」
「ああ。だから隕石が落ち着くまで窓には近寄らずに、出来れば窓のない部屋に篭っていようと思う」
小部屋に持ち込む毛布を取りに、隣の寝室に行こうとすると妻に止められた。
「あなた、お願い、一緒にいてほしい」
「わかってる、寝室から毛布とクッションを持って来るだけだ」
だが、有希恵も美穂も美咲も俺の後ろに着いてきた。4人で毛布やシーツをベッドから剥がし、枕やクッションを持って小部屋へと戻った。
もう一度リビングへと戻り、部屋に据え置きの冷蔵庫を開けた。中からミネラルウォーターや飲み物を適当に、それと茶器が飾ってある立派な棚の引き出しにチョコやツマミ系の菓子があったのでそれも取り出して小部屋へと向かった。
メイドひとり用の部屋だ、大人4人が入ると結構手狭ではある。が娘達はベッドと壁の隙間に毛布やクッションを敷いて、そこに座り込んでスマホを触っていた。
「繋がるか?」
「ううん、全然アカン。ずっと圏外や、何で?」
「隕石のせいで電波が乱れているのかしらね」
妻は愛知生まれの愛知育ちだが、大学の4年間だけ東京で暮らしていた。綺麗な標準語を話す。
娘は長女の美穂が大阪の大学を出て大阪で就職、次女は昨年から京都に住み、京都の大学に行っているせいか、家庭内ではエセ関西語が飛び交う。
ちなみに私は東京で生まれ育ち、妻に会うまでは関東から出た事が無かった。都内で弁護士をしていたのだが、妻に会い、猛烈に一目惚れをしてしまい弁護士を辞めた。
妻の実家が建築関係で、親父さんは大工の棟梁だった。俺は妻の実家に婿入りを条件に結婚の許可をもらい、建築系の資格を取りまくった。
愛知弁も覚えて使っていたが、妻からは不評で止められ、標準語で話している。親父さんの後を継いで棟梁になったが、標準語だと見下される事も多かった。言葉の壁は難しい。
相変わらずホテル館内に緊急のアラートは鳴り響いていた。
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