第14話 ムゥナの街、やまと屋(異世界)
-------------(ユイちゃん視点)-------------
眩しい光がやっと収まり、リビングは静まり返っていた。
さっきまでそこに居たカオさんは光の中に消えていた。飛び込んでいったマルク君も居ない。
『ユイちゃあん! そっちどお? カオっちは無事に帰還した?』
突然のあっちゃんからの念話でビクリと我に帰り、焦りながら念話を返した。
『ユイです。カオさんが無事に地球に帰還出来たかはわかりませんが、今ここ、リビングには居ません。カオさんの足元の絨毯が光って、それでそこにマルク君が飛び込んで…』
『あぁー、やっぱりそうなったか。予感的中、と言うか予想通り? マルクは絶対カオっちの後を追うと思ったんだぁ。あ、そうだ、それでアレは投げ込んでくれた? あ、待ってそっちに戻る。
『あ、はい』
『もしもしー、やまと屋はどうなってる? 僕はそっちに戻っても大丈夫かな?』
山さんからグループ念話だ。
『あのぉ、やまと屋に戻っていいでしょうか?』
レモンさんからも念話が入り、バラバラの場所に避難していた皆が戻ってきた。
やまと屋のリビングに戻ってきたのは、山さん、あっちゃん、リドルさん、レモンさん、キックさん、パラさん、リンさんだ。この世界に家族と一緒に残留を予定していた面々だった。
ステータス画面のフレンド欄を見るとカオさんの名は消えていた。
「みんな無事かい?」
「お疲れさま」
「やはり出ましたね。選択ボタン。押し間違えたらどうしようと指が震えました」
実は私には『戻る』ボタンが出なかったのだけど、どうしてかしら?
10日前、稀人の夢枕に神さまが現れた話を聞いた時は驚いた。だって私の夢には出てきてくれなかったから。私だって地球からきた稀人なのに、何でだろう?
あっちゃんや山さんに打ち明けようか悩んでいるうちに、カオさんの問題が発覚してバタバタしたので、結局誰にも相談出来ずにきてしまった。
「あっちゃんが残ると思ってたよ、カオるんと仲が良かったろ? 最後まで見送るのはあっちゃんだと思った」
リンさんの言葉に私もそう思ってた。
「うん、でもユイちゃんは冒険者活動を殆どしていなかったから、ブックマークとかも少ないでしょ? 移動場所を決めるの悩むと思って思わず残ってもらった。急にごめんね」
確かにあの時、皆が別々の場所にテレポートすると聞いてかなり慌てた。だって私には神託が無かったし、
「リンさんやパラさん、山さんも大変だったんじゃない?奥さんや旦那さんやお子さん達への連絡」
「そうなんだよ、焦ったなぁ。奥さんや
「ああ、ホント焦ったね。カオるんをゆっくり見送るどころじゃなくなったよ。巻き込まれて帰還とかになったらたまんないからね」
「ああ、本当に。折角家族と一緒にいるのに、今更別れる事になったら
「ところがさ、旦那や娘達に聞いたら選択画面なんて出なかったってさ」
「え? 何で?」
「ちょっと待って、僕も奥さんに聞いてみる」
驚いた顔のあっちゃんの隣で山さんが奥さんに念話をしているみたい。
「…………え? ホント? あのさ、うちの奥さんや子供も何も出なかったって」
言うなら今だ!と思って、神託が無かった事を皆に打ち明けた。
「あの!……実は私も、画面出ませんでした。後、10日前に神さまも夢には出て来なかったです」
あっちゃん達が揃って私を見た。
「マジ? ユイちゃん」
「はい、神さまも、画面も出て来なかったです」
「どう言う事?」
「どう言う事だろうね?」
「あれか? ステータス画面に職業があった者だけ、か?」
「ああ、つまりゲーム経験者か。ちょっと何人かに念話してみる」
「私も聞いてみるわ」
「あ、じゃあ僕も開拓村の数人に聞いてみる」
少しの間、皆が目の前にステータス画面を出して、フレンドに登録してある人へと念話を送っているみたいで、リビングは静かになった。
「やっぱりだ。開拓村の安田さん達は神託は無かったって」
「ああ、こっちも王都の知り合いで選択画面が出たのは元ゲーマーばかりだ」
「こっちもだよ、紐付けで来た家族には出なかったらしい」
「皆に出たものと思い込んでいたから家族とその話もしなかったよ」
「うちもだよ。だからさっきは焦った」
皆の話を聞いて、少しホッとした。私だけ神託が無かったのかとドキドキしていたから。
「あのさぁ、王都にいた大塚さんと大久保さんが目の前で居なくなったって。山さん、キック、覚えてる?2係の特定職だったふたり。家族を捜すからって開拓村を出て王都で暮らしてたじゃん?彼女らと一緒に暮らしてた人からの情報なんだけど」
「ああ、はい。確か王都で働きながら家族を探していると聞きました」
10年前この世界に職場ごと転移して、その時は社員が102名、あ、カオさんは派遣社員でしたけど、最初の年に半分以上が亡くなったのよね。
私は運良くカオさんやあっちゃんと行動する事が出来て生きて来れたけど、社員さん達は開拓村で働く人や、王都や近くの村で働く人と、段々と別々の道を進んでいった。
王都から離れたこの街でカオさんが起こしたやまと屋と言うお弁当屋さんで、山さん(元部長だけど)とあっちゃんと私はずっと一緒に生活して働いて来た。あと、キックさんはカオさんと冒険者仲間として活動していた。
それ以外のやまと商事の人とは殆ど連絡は取ってなかったから、今回の事、どうしたのかはわからなかった。
ただ、10年前に一度、その時居た全員とフレンド登録をした。あまり使っていないステータスのフレンド画面を久しぶりに見てみる。
あ……本当だ、カオさん以外に大塚さんと大久保さんも消えている。それと……、立山さんと…、西野さん?
立山さんは確か開拓村に居たはず。西野さんもかな?
「今、安田さんからメールが来たけど、どうも立山さんも居なくなったみたいだ」
「え?」
「何か数日前から挨拶回りをしていたから、王都かどこかに旅行でもするのかと思ってたらしい」
「あの、あの!立山さんの他に西野さんも、フレンド欄から消えてます」
思い切って言った。
「ありゃ、本当だ。消えてるねぇ。山さん、西野さんてどこに住んでたっけ?」
「いや、僕も知らんのよ。少し前までは開拓村に居たけど、出て行ったって話は聞いた。本人からは何も連絡ないしなぁ」
元やまと商事の社員の話にリンさん達もおかしいと思い始めたようだ。
「あのさ、その居なくなった人達ってゲーマーじゃないのよね? ステータスの職業欄が無かった人でしょ? それってつまり、カオるんやおたくらの紐付けで異世界転移してるよね?」
「だったら、今回の『神託』も『選択』も無いやつらだよな? 何で消えたんだ? 地球に戻ったのか、ただの行方不明か」
「そうだねぇ、ユイちゃんも選択画面出なかったって言ってたし……」
皆が無言になった。が、その沈黙をパラさんが破る。
「難しい事を考えるのはいつもタウさんかゆうご辺りだったからな。ふたりがいたら何か解決出来たかもしれないな」
「そうだねぇ」
「あ、ユイちゃん、そんでアレどうだった?投げ込んだ?」
あっちゃんが思い出したかのようにさっきの話題に戻った。
「あ、はい。マルク君が飛び込んだあたりに向けて投げ込みました」
それまで廊下でマネキン人形のように固まっていたアリサちゃんとダンさんがリビングへと飛び込んできた。
「マルクが! マルクが光に!」
「マルクが父さんの後を追った!」
ダンさんとアリサちゃんの言葉に山さん達が驚愕した。
「えええっ! マルク君がゲートに飛び込んだの?」
「マルクが飛び込んだのか?」
「マルクがゲートを
けれど、あっちゃんとリドルさん、キックさんとレモンさんは落ち着いてただ頷いていただけだった。
「絶対行くと思った」
「そうですね」
「いや、行くって…行くと判ってたの?」
山さんは目を大きく見開いている。
「行けるかどうかはわかんないけど、だってマルクはカオっちの子供でしょ? 神さまは子供を親に紐つける優しい神さまだよ? まだ12歳のマルクがカオっちに紐つかないわけないってぇ」
「え、だったらアリサちゃんやダン君は?」
「ふたりは成人してるし、アリサはもう自分の家族を持ってるからね」
「でも、開拓村の安田さんは、確か下の子は未成人だけど上のお嬢さんは成人してたのに一緒に転移してきましたよね?」
「確かにその理屈だと結婚しているアリサはともかく、ダンはまだ紐ついていそうだが」
「う〜〜ん、わからん。安田さんは地球人一家だけど、ダンは元々こっちの世界の子だからね。神さまルールがどうなのかは知らん。でも、マルクは『行ける』と思ったんだよね」
「あ、それで、あの荷物……」
「そうそう、カオっちの収納鞄はゲートに入った?」
「はい。投げ込んで光が消えた後には何も残っていなかったので多分、あちらに行ったと思います。キックさんのスマホも投げ込みました」
「え? 何だ? 収納鞄とかキックのスマホって」
パラさん達には初めて聞く話だ。実はかなり土壇場であっちゃんとキックさんに頼まれたのだから知らなくて当然。
あっちゃんからは収納鞄を、キックさんからはスマホを、『もしもマルクがゲートに飛び込んだら直ぐに投げ入れてほしい』と半ば強引に預かった。
その話をした。実は私自身もアレらを投げ入れた意味がわからなかった。
「ええとね、カオっちがあっちに帰るって言ったら絶対にマルクが着いていくと思ったんだよね。それでなくてもいつもカオっちの背中に張り付いてるじゃない? マルクってさ。アリサちゃん達が説得してからは何も言わなくなったけど、あたしはさぁ、マルクは絶対行くって思った」
「ええ、僕も、そう思いました」
「でしょ? キックもそう思うよね?」
「いや、僕らもそれはちょっと考えたけどさ、まさか本当に……」
山さんは頭をポリポリと掻いた。
「あんなにいつもくっついてた親子だよ? カオっちは考えなしに行動するけどマルクはきっとしっかり考えた上で、行く、だろうなと思ったのよ」
「それで、収納鞄? あっちゃんの鞄ってマルクにも使えるんか?」
「いや、あれね、カオっちから預かってたカオっちの収納鞄。カオっちはね、マルクをこっちに残して行くつもりだったから、色々詰めた収納鞄をマルクに渡して欲しいって、預かってたんだよね」
「なるほど、カオさんの鞄は確かマルクと共通で使えましたね」
「うん」
「だから、マルクが行動を起こしたら鞄を……か。流石だな、あっちゃん」
「ありがと。だってさぁ、うちらがこっちに来た時、山さんもパラさんもリンさんも、子供と別々な場所に転移したでしょ? マルクがゲートを潜ってもカオっちと同じ場所に出る確率は低いじゃない? だから色々あった方がいいと思ってさ。でも、身ひとつで行く可能性もあるよね」
あっちゃんの顔が少しだけ曇った。
「キックは、何でスマホ?」
「あ、ええ……、その、離れた場合、の、連絡手段があった方がいいかなと」
「おおお、キック、グッジョブだぜ」
「そうだねぇ、凄いや」
「ゴタゴタしててカオさんの電話番号は確認出来なくて、でもミレさんの番号は入っているので何とか連絡を……、スマホのパスを書いた紙も貼っておきました」
「マルクってスマホ使えたっけ?」
「まぁ、わからなきゃ、そこら辺の誰かに聞くでしょ。何しろ現代日本なんだから皆スマホくらい使えるだろうし」
凄いなぁ、あっちゃんもキックさんも。
私は何も考えつかなかった。マルク君、ちゃんとカオさんの近くに着くといいな。
その夜は大泣きするアリサちゃんをあっちゃんやリンさんと一緒に一生懸命慰めた。
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