第12話 【8:50】カンタ(田中寛太)
-------------(カンタ視点)-------------
目を開けると畳に横になっている事に気がついた。
むくりと起き上がり、畳の上に胡座をかいて座った。
「自宅……だ」
異世界ではない、物心がついた時からずっと住んでいた我が家だ。親の代、祖父母の代から住んでいる古い日本家屋。部屋数は多いが今は使っていない部屋が殆どだ。
開け放してある縁側から庭に建つもう一軒が見えた。割と新しい二階建ての離れだ。
そうだ、今は離れの方に息子の翔太とふたりで住んでいる。
もともと母家である古く広い家屋には両親と兄夫婦が同居していた。兄の奥さんと両親が上手くいかず、兄一家は家を出た。その後に俺が結婚をした時に、兄の二の舞になる事を恐れた両親が、庭に離れを建ててくれたのだ。敷地内別居と言うやつだ。
うちの嫁と両親は特に揉める事なく上手くやっていた。だが、息子が幼い頃に妻は病気で他界した。俺は両親に助けられながら翔太を育てていたが、翔太が中学に上がる年に父が事故で、その3ヶ月後には母が父の後を追う様に病で亡くなった。
俺はその後も翔太とふたりで離れで暮らしていた。母家へは窓の開け閉めで空気の入れ替えや掃除の時に訪れていた。
そう、あの日も、翔太が学校へ行くのを見送った後、洗濯機で洗濯物を回しつつ母家を掃除していたのだ。
壁にかかった古い柱時計は8時55分を差していた。大丈夫だ。『9:50』までまだ間がある。
翔太の通う中学はここから徒歩で10分ほどだ。
スマホの連絡帳から翔太の学校を探してクリックした。
「もしもし。あの、私、其方へ通っている三年二組の田中翔太の父です。お世話になっています。あの、身内に、入院していた身内の容態が急変して、それで急遽病院へ行く事になりまして。今連絡が来たもんですから翔太はもう登校してしまって。はい。今日お休みをさせたいと。三年二組です。田中翔太。今から車で迎えに行きます。5分で着きます。では」
とりあえずでっち上げた嘘で、翔太を迎えに行く旨を学校に伝えた。本当の事を伝えなかった。自分の子供の事だけを考えたようで心が痛んだが、だが正直に言っても信じてもらえないだろう。つまらない言い合いで時間を無駄にしたくない。
僕は離れの玄関の靴箱の上に置いてある車のキーを取り、庭の奥の車庫へと急いだ。
翔太はスマホをまだ持っていない。高校へ上がる時に買う約束になっていた。兄一家に連絡を……とも考えたが、今の時点では誰も信じてはくれないだろう。
兎に角まずは翔太だ!
10年間捜し続けた翔太を、今はそれだけだ。
うちから徒歩10分の中学校だ、車だと5分もかからない。車庫から出したり大きな通りに出るのに3分、そこから大通りを直進1分で、学校の表門を通り過ぎて裏に回った。
車で出勤する先生方が裏門から出入りしているのを見た事がある。校舎の裏側に駐車場があるようだ。
僕は裏門には車を入れずに、門の横に駐車をして車から降りた。
学校の裏口、職員用の出入口には誰もおらず、表の生徒の靴箱がある方へ行くべきか悩む。
すると奥から先生に連れられた翔太がやってきた。
翔太だ。中学三年生になった翔太だ。あの日の朝、送り出した翔太がそこに立っていた。
僕は溢れ出そうになる涙を堪えようとしたが、堪えきれずに溢れてしまったようだ。
「あ、あの、田中さん?大丈夫ですか?」
翔太を連れてきてくれた先生が、泣き出した僕を見て慌てたようだ。翔太も物凄く驚いた顔をしていた。
「あ、す、すいませっ、大丈夫です。ありがとうございます。翔太、翔太行くぞ。車に乗って」
涙を袖口で拭きつつ先生に頭を下げた。
そうして翔太を急かす様に、翔太の背中に手を当てた。
また、涙が溢れ出した。
翔太だ。ずっとずっとずっと、逢いたかった翔太の温もりを掌に感じた。夢で見て、目を覚ますと居なくなって泣いた、その息子が今ここにいる。
神さま、本当にありがとうございます。ありがとうございます。
翔太は僕の涙に驚いていたが黙って従ってくれた。助手席に座った翔太は、僕が運転席に座るのを待ち、聞いてきた。
「父さん、どうしたの? 身内の危篤って誰? 叔父さん? 大丈夫? 運転……出来る?」
僕は袖で涙を拭いて息を吐き出し整えた。
「うん。大丈夫だ。兎に角家に帰ろう」
「病院じゃないの?」
「家だ。叔父さん達は……、今はまだ元気だよ、たぶん」
「今は? どういう事?」
「うん、家で、兎に角一旦家に戻って、そこでゆっくり話すよ」
僕は車をゆっくりとスタートさせて、次の角を曲がり、その次の角も曲がった。そのまま裏道を進むとすぐにうちに着いた。
車を車庫に入れると、いつもは開けっぱなしであった車庫のシャッターを下ろしてしっかりと閉めた。
時計はまだ『9:15』だ、時間はある。母家の戸締まりをする事にした。
「翔太、母家の戸締まりをするから手伝ってくれ」
「わかった」
「雨戸も全部閉めてくれ、鍵もかけて」
「え……? うん、わかった」
広いだけが取り柄の母家の雨戸を閉めてまわった。雨戸の鍵まで閉める何ていつ以来だろうか。
母家の戸締まりを終えると今度は仕事場へと向かう。
妻が生きていた頃、離れに家を建ててもらったのと同時に仕事場としてプレハブも建ててもらったのだ。かなり大き目のプレハブだ。僕は自営業で住宅設備関係の仕事をしていて、それらの道具を十分に置ける広さだ。
そこも戸締まりをした。外に出ていた工具も出来るだけ中へとしまった。
そして翔太と暮らしていた離れへと入っていった。
「父さん、ここも戸締まり、する?」
「ああ、一階は父さんがするから、翔太は二階をしてきてくれ。話はそれからだ」
階段を上がっていく翔太を見送り、僕は一階の戸締まりをして行く。
ひと通りの戸締まりが済み、居間のテレビを付けた。やはりまだ、隕石関係のニュースは出ていない。
時計は、『9:43』だ。
ネットで検索して行く、だが情報が多すぎる。TVと違いネットは隕石情報が山ほどヒットした。
どうして、10年前のあの頃、僕は気が付かなかったんだろう。世界ではこんなに騒がれていたのに。
翔太はまだ2階から降りてこない。戸締まりの後に着替えているのだろう。
僕はスマホでタウさんらにメールを送った。
『カンタです。無事に茨城の自宅へ戻りました。息子の翔太と逢う事ができました。現在は9:45、自宅待機中です。とりあえずご連絡まで』
メールを送信し終わるのと同タイミングで、居間に翔太が入ってきた。
「9:50まで待ってくれ」
そう言って僕は翔太の顔をジッと見た。10年間、見る事が出来なかった息子の顔。
「ん。9:50に何かあるの?」
「うん」
僕は翔太から目を離さない。
「あと5分かぁ」
「そうだな」
絶対に目を離すものか。
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