第11話 【8:50】タウロ(田浦創一)
-------------(タウロ視点)-------------
意識を失ったのは一瞬だと思う。目を開けると車のタイヤが見えた。
慌てて上半身を起こすと眩暈のように回った景色が、ゆっくりと止まっていく。車が並ぶ通路だ。カラフルな色で塗られたコンクリート、デスティニーランドの駐車場だ。
そうだ、俺は10年前のあの日、家族とデスティニーランドに来ていた。8時半のオープンと同時にパークへと入場し、娘のお目当てのアトラクションへと急かされて家族(妻と長女、次女)で小走りに移動していた。
しかし、上の娘の美穂が車に忘れ物をしたと言い出し、俺が駐車場へ取りに戻ったのだ。
車を見つけて近づこうとした辺りで、俺は異世界へと転移させられたのだった。
立ち上がりそこらを見回すと、三台先に俺の車があった。10年前に家族で乗って来た車……だ。いや、この世界では今朝乗って来た車か。
俺は車に近寄り、何も考えずに車に触れて心の中で唱えた。
『収納…』
異世界では当たり前だったので条件反射のようにアイテムボックスに収納をしようとした。
ここが現世の地球だと思い出し苦笑いを浮かべた時には、車は、消えていた。
そこに停車していたはずの自分の車は忽然と消えていた。
「ア、アイテムボックス、オープン」
そう唱えると目の前にステータス画面が開き、アイテムボックスの一覧が表示された。
「何で……、いや、でも」
混乱しつつも目の前の半透明な一覧の確認を試みた。
「検索、自動車。あった、うちの車だよな?向こうの世界では自動車は持っていなかった。それにしてもどうしてステータスが……、いや、それよりもまずは家族と合流だ!」
俺は入場ゲートに向かって走り出した。走りながらポケットからスマホを出す。
LAINEを開いて家族グループのアイコンをクリックした。
『緊急!緊急だ!直ぐにゲートへ引き返してくれ!』
走りながら打ち込むと娘からすぐに返信が打ち込まれた。
『何で!』
『おとん、何言ってん?』
『何で戻らなアカンの?』
『そうやで、今もう並んどるんで』
『急ぎだ!直ぐ戻れ!』
入力をした瞬間に妻の有希恵からLAINE電話が入った。
『どしたん?何かあったん?』
「後で話す。悪いが直ぐに戻ってくれ」
『……わかった』
いつもは妻とふたりの娘に言い返す事をしない俺が、怒鳴るように話した事で、妻は何かを感じたようだった。
ゲートで手首に押された再入場のスタンプを見せて中に入る。
マップを、紙のパークマップではなくステータスのマップを開いた。マップは黄色い点で溢れかえっていた。
そうだった、妻や娘とパーティを組んでいる訳ではないので青い点が表示されるわけがない。
自分では冷静なつもりでもかなり気が動転しているようだ。
何しろ、10年間捜し続けた妻と娘達と逢えるのだ。この10年、ずっとこの日を願っていた。
10年前の記憶を元に、パークを進んで行くと向こうから、こちらへ向かってくる3人が見えた。
膨れて文句を言っている次女の美咲と、横で宥める様に話しかけている妻の有希恵、ふたりの後ろからキョロキョロしながら歩く長女の美穂。
俺は、崩れそうになる膝に力を入れて前へ進む。
逢った時に言おうと思っていた言葉は沢山あったなずなのに、全てがどこかへと消え去っていた。
「おとーん! 何! つまらん理由ならケツ蹴るで!」
美咲の言葉に我に帰った。3人を抱きしめたい気持ちをグッと堪えた。自分にとっては10年ぶりでも彼女らにとってはさっき別れたばかりだからな。
それにゆっくりしている場合でもない。
「悪いが移動してくれ。訳はあとできちんと話す」
3人を連れて、今入った入場ゲートを再び抜けた。
どうする、ランドの周りを見渡す。
車や電車で移動する時間は無い。どこかに避難したいがどこが最善だ?ランドに併設しているホテルは10階も無いくらいの低さだ。横に広く豪華な感じをだしているが、いかんせん、低過ぎる。
ここワイ浜は、『ワイ浜』という名からも解る通り、海を埋め立てた場所につくられたパークやホテルだ。
ワイキキの浜辺、と言う意味らしい。
もしも、隕石が海に落下した場合、確実に津波は来る。しかも神が大災害と言うほどだ。どう言う災害かは解らないが通常の地震で来る津波より遥かに大きいのではと思う。
移動に時間はかけられない。ここから行けてなるべく高く頑丈そうなホテル……、あそこか。
確かデスティニーランドホテル。ランドからはワイ浜駅を挟んだ向こう側に20階くらいの高さのホテルが建っていた。
「創一さん…」
妻に呼ばれて我に帰る。
「あそこ、デスティニーホテルへ行く! 急いでくれ」
「何で急にぃ、ちょっ」
何かを言いかけた美咲の腕を引き、歩き出す。小走りで駅の下を通り過ぎてホテルの大きく立派な入り口を潜る。
「こっちのホテルも良いよねぇ」
「そうねぇ、ついでにこっちにも延泊で泊まろうか?」
後ろを小走りでついて来ていた美穂と有希恵の呑気な会話が聞こえた。ホテルの中に入ると目の前には透明なガラス張りのエレベーターが目にはいった。
時計を確認する。
9:20だ。まだ大丈夫のはず。
出来るだけ最上階に近いところまで上がりたい。だがエレベーター内で災害に遭遇するのは避けたい。災害は『9:50』と見ている。まだ30分ある、エレベーターで上へ上がろう。
機嫌が悪かった美咲も、美穂や有希恵も、エレベーターの一面のガラスからホテル内を眺めて、楽しそうにしていた。
ああ、見たかった、家族の笑顔。それが後30分で……。
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