第5話 慌ただしい中で
王都組のメンバーは夕方にはやまと屋へ戻ってきた。男性陣四人は帰還まで三階の空いている部屋で寝るそうだ。
唯一女性のアネさんは、裏のリンさんの家にお世話になるそうだ。
明日から残り9日間、毎日朝イチでB2で買い物を済ませ、その後はダンジョンを楽しむ事になった。
と言うのも、地球へ戻ったら平穏な日々ではなくなるだろう。もちろんステータスなど無い普通の人間として生きていく事になる。
こんな『異世界』でのリアルゲームを堪能出来るのもあと数日だ。
そこで最後に思いっきり、この世界、ゲームのような世界を楽しもうとアネさんが言い出し、ミレさんやゆうご君もその意見に乗った。
もちろん、タウさんもカンさんもだ。
やまと屋からはパラさんとリンさんと俺が参加だ。まさにゲームの月の砂漠の懐かしきメンバーだ。
ちなみにレモンさんは遠慮をしてくれた。
「自分は足を引っ張るし、昔のナツメンで行ってください」
俺も足引っ張りだと反論をしようとしたが、レモンさんの心遣いだと気がつき、有り難く受け入れた。と言うのもパーティは8人までなのだ。
タウロ、カンタ、ミレイユ、ゆうご、アネッサ、パラルレンダ、リンダ、俺カオで丁度8人だった。
リドル君もあっちゃんと一緒に留守番組だ。
この世界に残る者はダンジョンにはいつでも行けるからな。
やまと屋では子供らに通常業務を任せて、山さん、あっちゃん、リドル君、ゆいちゃん、キック、レモンさんは弁当作りに勤しむそうだ。
最後の日にタウさん達に沢山の弁当を持たせるため。
B2の買い物と一緒で、地球に戻ると同時にアイテムボックスは消えるかも知れない。当然作った弁当も消える。それでも、出来る限りの物を持たせたいのだそうだ。
うん。みな思いは一緒だ。俺は嬉しくなった。
翌朝、ダンジョンのB2へ飛ぶ。朝イチで、マッツ、スタガ、セボン、マツチヨで『大人買い』だ。
俺ら残留組も一緒になって買い込む。
そしてダンジョンへ。
地上ダンジョン23F〜40Fは、高レベルの彼らに取ってはお遊びのようだった。
ナイトのふたり、アネさんとパラさんは剣を軽く降るだけで斬り倒していた。
ダークエルフのゆうご君とミレさんは短いサイズの両手剣での接近戦を楽しんでいた。素早い動きに敵はまるで付いていけていなかった。
エルフのタウさんとカンさんは、ゲームでは『剣エルフ』と呼ばれていた細い剣を使う戦い方だ。エルフ特有の精霊魔法で自分や武器に魔法を纏わせて戦う。
リンさんもエルフだが、リンさんは属性が『水』で、精霊魔法も水系と回復系に特化の弓エルフだ。
リンさんは俺を守るように俺と一緒に後方に控えた。
「ソウルバリア!」
リンさんがそう唱えると、足元に魔法陣のような光の図柄が広がった。知らない魔法だ。水エルフの精霊魔法だろうか?
「カオるん、この中にいるとMPの回復が速まるから」
リンさんに言われて魔法陣の中に立った。俺のMPバーがぐんぐんと回復していく。有り難い。このスピードで回復してくれれば、皆へのバフ(強化魔法)はかけ放題だな。
この魔法は、俺がゲームをしていた頃には無かった気がする。
「エルフの精霊魔法か?俺がやめてから出来た?」
「水エルフの85クエストでもらったんだよ」
はちじゅうご!そうか、リンさんはゲームで85までいってたのか。凄いな。タウさんらのような剣エルフならともかく、弓で80超えるのはかなり大変だったろうに。
俺の風エルフは確か……52か3か、そこらでやめた気がする。まぁ、あの頃は最高でもレベルは60あたりが頂点だった覚えがある。
なんて事をリンさんの横に立ったまま考えていたら、散っていた皆が戻ってきた。
地上ダンジョンの敵が物足りなくなったのか、地下に降りる事になった。同じダンジョンなのだが地上に突き出た23から40階よりも、地面に埋もれた21から下のB1までの方が敵のレベルも上がり、かつリポップ速度も速い。リポップとは倒すと次の敵が沸く事だ。
だが地下ダンジョンも8人で周っていると即沸きの敵さえ沸いた直後に倒してしまい、どうやら彼らには物足りなかったようだ。
「カオるん、ちょっと引いて来てよ」
「アンデッド集めはWIZの得意するとこだなw」
いや、そんな特技はねぇ。
しかし、まぁ、確かにゲームでもこの世界でも『引き』は結構得意だったな。
「わかった。そこら周ってくる」
俺はライカンスロープに変身した。バフォやデスナイトに変身するとアンデッドが恐れ慄いてついてきてくれないかもしれない。ライカンならアンデッドより弱いが、足はそこそこ速いのでこれにした。
ダンジョンの不思議、いや、異世界の不思議か。
ゲームでは何に変身してもこちらがプレイヤーである事はシステム上ハッキリしている。つまり上位のアンデッドに変身してもゾンビやスケルトンが避けていく事はなかった。
だが、この世界では上位の魔物に変身すると下位の魔物は何故か逃げて行くのだ。
まぁ、この世界自体が謎なのだが。
俺は武器は持たず(と言うかライカンは武器を持たない)、その辺の通路を駆け回った。交差点のような四つ角を右に左に行ったり来たり、なるべく突き当たりは避けた。
避けても突き当たりに入り込む事があったが、通路が広かったので追いかけて来た魔物の横、壁ギリギリをすり抜ける。そうする事で置いてきぼりになりそうな魔物も再度拾い上げる結果となった。(意図したわけではないが、そうなった。いや、俺って引きの天才?)
マップで青い点を確認、今駆けている方向と反対な事に気がつき次の角を曲がる。あ、アカン、もっと離れる。
慌てて念話で皆へ連絡した。
『わりぃーーー、そっちに戻れねぇええええ、ヤバイヤバイヤバイ!引きすぎたあああああ』
『わかりました。そちらに向かいます。カオるんは多少速度を落として走り続けてください』
『お、おう!』
無茶を言う。速度落としたら後ろの大群に飲み込まれるじゃないか。……多少、と言ったよな?気持ち程度でいいか。うん。猛スピードではなく、もスピードくらいか?
『てか、早く来てくれええええええ』
「バーニングウエポン! エレメンタルファイア!」
後方からタウさんの声が聞こえた。と、思ったら今度は前方からカンさんの精霊魔法が飛んできた。
「アースバインド! サンドストーム! カオるん、そのまま走り抜けてください。僕が止めますから」
後ろにタウさん、前にカンさん……、どうなってる!皆、どこに居たんだ? てか、カンさんカッコいいな。
「サンドウォール!」
カンさんが土魔法で通路に壁を作った。俺はカンさんの横を通り過ぎて漸くスピードを落とした。
『カオるーん、そんな感じで次引いて来てぇ』
え?
まだ通路いっぱいにわちゃわちゃ魔物がいるけど、もうおかわりなのか?驚いていたらタウさんからも念話が来た。
『カオるん、今のような感じでこの辺りを走り回ってください。道に迷っても大丈夫。マップで確認しながらこちらから追っていきます』
『頼むなぁ、カオるん』
『カオさんお願いします』
『カオるん、MP半分切ったら念話ちょーだい。私がそっちに行くわ』
最後の念話はリンさんだな。
『オーライ! じゃあ行ってくる』
『いてらー』
『てらー』
『ラー……ダブルブレイク!』
あれ?ミレさん、詠唱が俺宛ての念話だけど、ちゃんと魔法出たのか?
「ダブルブレイク!ダブルブレイク!」
焦ったような詠唱が後方から聞こえた。(笑)
「ショックスタン!」
「サンドストーム!」
「インフェルノ!!」
「シャドウステップ!アベンジャー!」
「レイジングウエポン!ブローアタック!」
何か知らん詠唱が通路の後方から聞こえまくっていたが、俺は気にせず走り出した。皆は平らげるのが速いからな。はよ、おかわりを持ってかんとな。
ところで、『インフェルノ』って何?すげぇ魔法名だな。誰だよ。こんな狭…くはないが通路で!
パソコンゲームだと、クリックするだけで魔法名を詠唱する事はなかったからな。(いや、俺はパソコンの前でも詠唱する派だ)
今の皆はまるでラノベの『俺、TUEEEEEEE』状態だ。本当にこの世界の最後を楽しんでいるようだった。
ファンタジーなこの世界を思いっきり楽しむ帰還組、俺は、それが少し……少しだけだが寂しく思えた。帰還組。彼らは帰るのだ。
それにしても、オーバーキルだろ。魔物達が哀れに思えた。
思いっきりダンジョンを堪能した後は、やまと屋に戻り、リビングで家呑み(宴会)だ。
この10年の話に花が咲く。残留組であるパラさん、リンさん、俺ややまと屋の皆はもっぱら聞き役だ。
俺らはこの10年、ムゥナの街にずっといたが、タウさんらは家族を捜して色々な街や他国にも行った、その話を聞く。思い返すとそう言った話をゆっくり聞いた事も無かったな。
「家族が見つからない」と言う事に気を遣い、突っ込んで話を聞いた事が無かった。タウさんらも話さなかったしな。
しかし家族の元へ戻れる今、タウさんらは辛かった10年も、思い出として語る事が出来るようになったようだ。
あっちゃんやレモンさんはもっぱら他国のグルメ情報に耳が釘付けだ。
「だからさぁ、まずはカオるんに……それでエリアテレポートで……」
……ん?何か俺の名前が出てる?グルメ組から。
短い最後の日々を、皆が満喫していた。
そうして、帰還まであと4日になった頃。
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(あっちゃん視点に変わります)
「ねぇねぇ山さん、カオっちの様子が何か変」
「ええ、僕も気がつきました。カオくんの元気がない、と言うか、無理に元気に振る舞っている感じがします。気を抜いた瞬間に真顔に戻るんですよ」
「昨日の朝、裏の洗濯場で無表情で洗濯してた。いつもは音痴な鼻歌を歌いながら洗濯してるのに……。どしたんだろ。カオっち。やっぱ仲間が帰っちゃうから寂しいのかな」
「そうですね。仲間との別れは辛いですよね」
「でもねぇ、いつものカオっちらしくないんだよね。いつもは落ち込んでもすぐ復帰して前向きなのがカオっちらしかったのに」
「ええ……そうですねぇ」
「もしかして…………カオさん、戻り、たいのでしょうか」
いつの間にか近くに来ていたレモンさんの言葉に私と山さんは振り返り、レモンさんを見つめた。
隣にはキック(菊田さん)がいた。奥手だと思っていたキックはいつの間にかレモンさんとくっついていた。何か地味に仲良し?
キックは男性だし年上なので聞きづらかったけど、レモンさんは年上でも話しやすい雰囲気で、それで以前に聞いた事がある。
「菊田さんと結婚するんですか?」
するとレモンさんはふわっと微笑んで小さな声で答えてくれた。
「はい。一緒に暮らそうって話しています。お互い高齢だから子供は養子をもらおうかって。恥ずかしいな」
現在はやまと屋の裏側の家を購入してふたりで住んでいる。ふたりはやまと屋で働いてくれているので日中はこちらに居る。休日には2人でダンジョンを楽しんだりもしているみたい。
と、ふたりの事はともかく今はカオっちの話だ。
「カオっち……が、戻りた…い? ……何処に? 地球に?」
「あ、いえ、勝手な想像なんです。今回、地球に帰還を決めた人たちって、皆家族を地球に残して来た人たちですよね? あ、家族を残してって言ったらみんなそうですけど」
山さんが頷いた。
「僕は妻と子供とはこの世界で会えた。妻や僕の両親とは会えていないが、一番会いたい人、と言う意味では、『家族』と会えた」
「うん。私も。蒼ちゃん、夫と会えた。子供はこっちで出産したし」
「パラさんやリンさんも、奥さんや旦那さん、お子さんらとも会えましたね」
山さんの言葉にレモンさんが頷き、続ける。
「タウロさんは奥さんとお嬢さん達が地球に。カンタさんは息子さんが。アネッサさんは結婚されていないくてご両親とご兄弟…お兄さんとお姉さんがいるって聞いた事あります。仲の良い家族だって。ミレイユさんはたしか離婚されていてお子さんはいなかったはずです。妹さんと姪ごさんがいるって聞きました。ゆうごさんはお婆さんとふたり暮らしと聞きました」
「帰還組は会いたい家族が地球にいるんだね。あ、レモンさんとキックはいいの? 地球に戻らなくて、いいの?」
どこまで踏み込んでいいものか躊躇したけど、何となくレモンさん達は吹っ切れている気がして、口にしてみた。
「僕は……残ると決めたけれど、地球に残した両親の事はつい考えてしまいます」
キックは自分の言葉に慌てたようにレモンさんを見て首を横に振った。
「戻るつもりは全然ないです。でもふとした時に寂しさが心をよぎるのも事実です。『帰れない』と『帰れるけど帰らない』はまるで違うでしょう? 前者はどうしようもない事だから諦めもつく。後者は自分で選んだとは言え申し訳ない気持ちが振り切っても追いかけてくるんです」
そこでキックは再びレモンさんの目を見て微笑んでから続けた。
「こちらに子供でもいれば『子供の幸せ』を1番に考える事で吹っ切れるんでしょうね。僕らは悩んでいましたが養子を迎える事にしました」
そうか、この世界に残留を決めている人たちは、それぞれが一番大切に思っている人がこの世界にいる。そうだ、ユイちゃんもギルドの職員と結婚してもう子供もいる。ただ、ユイちゃんに関しては毒親だったって聞いたから、「あっちに戻る気は全くないです」って言ってた。
「カオ君は地球の家族の事をほとんど話さないけど、もしかしたら心残りがあるのかもしれない」
山さんの言葉に、少し前にカオっちから聞いた実家の話を思い出した。かなりの毒親、と言うか毒一家だったのよ。(注)
本家でこき使われたり、ヒステリー叔母さんの攻撃や実の兄のイジメとか。あと本家の爺さんの暴力もあったよねぇ。
聞いてたこっちが腹立たしいやら悲しいやら。でもカオっちの中ではもう終わった過去の話なのか、結構サバサバしてたんだよね。
「カオっちが実家に心残りがあるとは思えないなぁ。それか……!女か! カオっちって未婚だよね? 彼女いたのかな?」
「聞いた事ないですねぇ。と言うか、あの職場はそんな話をする雰囲気ではなかったですから。いや、部長として申し訳ない」
「あ、じゃあ、ネコか! カオっちは犬派だと思ってたけど、実はネコも好きだったのか。……ん〜〜、でもなぁ、こっちに来たばかりの頃に、「残して来た猫が気になる」とかそんな話も一切なかったなぁ」
「カオさんがマルクくん達より残してきたニャンコを気にするなんて無い気がします」
いつの間にかユイちゃんもやって来て参加していた。
「あんなに可愛がっているマルク君を置いて、地球に戻るとか有り得ないですよ」
「だよねぇ」
「そうですよね」
ユイちゃんの言葉に私もレモンさんも頷く。
「カオ君の地球の家族の話はよくわからないですが、もしかしたら何か心残りがあるのかもしれない。その人とマルク達との間で揺れているのかな」
山さんはそう言ったけど、以前に聞いた家族や親族で、マルクより愛情が上回る人がいるとは思えなかった。
カオっちはただ単にタウさん達仲間との別れが辛いんじゃないかな。
いつもは何も考えないくせに(←失礼)、妙に元気が無いから気になるじゃない!
「よし! 直接カオっちに聞こう!」
その日の夜、カオ達がダンジョンから戻って来たところを待ち構えて、私はズバッと聞いてみた。
「カオっち、何か悩んでる? 地球に戻ろうとか考えてなんてないよね? 戻りたい心残りとかあるの? まさか戻るつもりじゃないよね?」
そんなわけないじゃないか!と笑い飛ばすと思っていたのに、カオっちは立ったまま固まっていた。
「…………俺は…、戻りたい……のか?」
え!嘘!何で何で何でよ!
その場にいた皆が固まった。
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(注)カオの実家の話は、『俺得 番外編』の「カオの過去①〜③」にあります。ご興味の方は是非そちらを。
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