第4話 帰還準備10日②
「なら、ここに集まればいいじゃないか」
俺の口から出た言葉に皆の視線が集まった。
「そ、うですね。やまと屋のリビングを借りますか」
「そうですね。帰還までにダンジョンのB2にも行っておきたいですし、それまでやまと屋を拠点にした方が動きやすいですね」
「けど、気をつけないと、戻るつもりがない人が帰還に巻き込まれない様にしないと」
「あー、カオるんとか、帰還の門に落っこちそう」
「いや、俺、落ちねぇし。そんなうっかりじゃないぞ」
「帰還組以外は当日はリビングには入らないようにしよう。子供らにもしっかり言い含めておかないと。ねっ?カオるん?」
「だから!俺は子供じゃないし落ちないし」
リンさんよ、なぜ俺に言い含める。そして全員が首を縦に振るのが解せぬ。
「ところでさ、その門の先は日本のどこに出るの?俺たちが転移したあの日から10年後の地球に戻るのか?」
俺はちょっと疑問に思っていた。
隕石衝突から10年後の地球……、どうなってるんだ?隕石がぶつからなくても人類が激減するような未来なんだろう?
それに家族の前から突然消えた夫が10年後に戻ってくるって事なのか?
それに答えをくれたのはゆうご君だ。相変わらず情報通と言うか神さまからも情報を集めたのか?
「僕たちは、転移したあの日、あの時間、それぞれの場所に戻るみたいですよ。ただし時間が戻るわけではなく、『あのポイント』に戻してくれるそうです」
「時間が戻らない?……じゃあ、10歳老けた状態であの日に戻るのか?」
「いえ、僕らの肉体は10歳分巻き戻しをしてくれると言ってました」
んん?10年前に時間が戻るのと何が違うんだ?
「カオるん!考えちゃダメ!身体で感じるのよ!」
「お、おう」
思わずアネさんに答えたが何をどう感じるのかさっぱりわからなかった。
まぁ、俺は残留組だからわからなくてもいいか。
小説でも異世界ファンタジーモノは好きだったが、SFの、特にタイムスリップモノはチンプンカンプンだったのだ。
タウさんが俺を見て目を細めて笑う。まるで子供を見守る様な目だ。
く、くそぅ、ほぼ変わらない歳のくせに。
「カオるん、カオるんがこちらの世界に来た時にステータスで10歳若返っていたでしょう?恐らくそれと同じだと思います」
タウさんはゆっくりと言葉を続ける。
「僕らはあの日に戻してもらえるのでしょうが、今現在の記憶を持ったまま、ただ身体が10年若返るのでしょう」
ゆうご君がタウさんの後を続けた。
「戻れると聞いてあまりに驚いたので神さまに聞きたい事を全て質問する事は出来ませんでした。ただ、あの日あの場所に戻れる事、身体は10歳若返る事、隕石は避けられないけれど人類は彗星の破壊に成功、これは神々が驚いたと言っていました」
「神々……神さまってひとりじゃないんだ?」
あっちゃんが俺の背中を撫でながら呟く。
あっちゃん?俺、子供じゃないから。ちょっと時間の巻き戻しが理解不能だっただけだからな。
「日本には八百万の神さまがいるからな。良かった。やはり神さまは俺たちを愛してくれているな」
「ええ、それで、大きな隕石は回避されたようですが小さい隕石は降り注ぐ様です。と言っても神さまが瞬間見せてくれた映像ですが」
「え、じゃあ戻っても大災害がやってくるじゃないの!」
「アネさん、神さまはちゃんとそれも言いましたよ。それでも戻るのかこちらへ残るのか自分で選べと」
アネさんが不満そうに口尖らせたが瞳はやる気に満ちているように思えた。
そうだな。地球に戻る組には厳しい未来が待ち構えているんだ。寂しいなんて言っていられないぞ。
あと10日、俺に出来る事はないか。
「……なぁ、アイテムボックスには入るだけ物を突っ込んでおいた方がいいぞ。災害に防災グッズは必須だ。その後の地球で生き残るためにも」
「アイテムボックスが使えるかどうか、と言うかステータスだって見えなくなる可能性が高いです」
ゆうご君が悔しそうに唇を噛んだ。
「そうですね。俺たちはこの世界に転移する前は普通の人間でしたからね」
「だな。ステータスもアイテムボックスもテレポートも何も出来ないただの人だ」
「でもさ、タイムリープだかワープだかスリップだかなんか知らんけど、身体だけ若くして記憶は持って帰れるんだろ?他にも持って帰れるぞ!きっと!」
「カオるん…」
皆が俺を見て、しょうがないなと子供を見るような顔で笑ったが、俺はなおも言い張った。
「あと10日だろ、入れれるだけボックスに突っ込め! 持って帰れたら儲けもんじゃないか! ダメ元、やるだけやろうぜ」
俺の近くで誰かのため息が聞こえた、が、パラさんが通る声でハッキリ言い放った。
「カオるんの言う通りだ。身ひとつで戻るつもりだったんなら、出来る事をやるべきだ。戻って後悔しないようにな。俺たちも皆を送り出した事を後悔したくない!」
「うん! そうだよ!」
「そうだな」
あっちゃんや山さんらも俺の後ろから賛成してくれた。
「その通りですね。折角戻れるのに後ろ向きはいけませんね」
「ああ、あと10日か、忙しくなるな。王都で買出しか?」
「いや、B2に行った方が早く無いか? 別に魔物のいる世界に帰るわけじゃないんだから武器装備より生活雑貨だ」
よかった。タウさん達にも活気が戻った。
「カオるん! お金貸して!ってかぁ、返す当てないからちょーだい! B2で買いまくるけどお金足りなあい。代わりに何かあげられるモノ……あ、バナナある。はい」
アネさんがアイテムボックスをゴソゴソした後、バナナを勢いよく差し出した。
いや、バナナなら俺も持ってる。けれどアネさんの気持ちは受け取っておこう。俺はバナナを受け取りモグモグと食った。
「あ、B2の店な、『全商品購入』とか出来るぞ」
「マジか!」
「うん。俺何度もやってる。ただ全商品購入は1日1回なんで、今日から10日だと10回しか出来ないけど……」
「すげぇなカオるん、大人買いかよw」
「いや、アイテムボックスの限度を知りたくてやってたんだが、底が見えないから途中でやめたけどな。あ、やめたのはボックスの鑑定な。全部買いは日課として続けてる。朝目が覚めたらB2行ってる」
俺はアネさんに向き合い、ゲームの時のようにステータス画面のアイテムボックスからトレード画面を開いた。
B2にはマツドマルドとスターガッコス、セボンイレボンにマツカワチヨコの4店舗がある。ハンバーガー店にカフェにコンビニにマルチ薬局だ。
4店舗の全部買いにかかった金額を思い出して、その10回分、それより多めの金貨をアネさんのトレード画面に置いた。
トレード画面と言っても相手側が何も置かなくてもトレードの完了は出来る。
しかしアネさんは律儀にもトレード画面にバナナを置いた。それと青ポーション。青PはMP回復薬でWIZ必須のポーションだ。もともと『ナイト』職であるアネさんには必要のないアイテムだが、何かの折にと取っておいたのだろう。有り難く頂戴しておいた。
アネさんとのトレードが完了すると、今度はタウさんに向かってトレード画面の申請をした。
そうやってタウさん、カンさん、ミレさん、ゆうご君に金貨を渡した。皆、申し合わせたようにバナナ(と青P)をくれるのは何故だ。
ボックス内の金貨を確認するとまだまだ使いきれないくらいあったので、ついでにあっちゃん、山さん、パラさん、リンさん、キック、レモンちゃん、リドル君にもトレード画面で金貨を分けた。
だってさ、ひとりで使いきれないくらい持っていてもしかたないじゃないか。自分とマルク達が暮らして行けるくらいあればいいのだ。
もしもこの先、何かの理由で弁当屋を続けていけなくなりこの街を去る事になっても、アイテムボックスの中には大量の物資がある。
この世界へ来た時は職場に隠してあった防災グッズや職場から頂戴してきた物資だけだった。(あとゲームの武器装備やアイテムが少々)
しかしこの10年、ダンジョンで手に入れた物資や、弁当屋で作った物、街で購入した物がアイテムボックスに大量に入っている。
どこに行く事になっても困らない量だ。
もちろんこの街、ムゥナを離れるつもりはないが。
タウさんとパラさんは王都のギルドへ向かった。血盟『月の砂漠』の盟主の譲渡の手続きと、アジトの整理と売却だそうだ。
血盟立上げはアジトがなくても問題は無いのだが、パラさんは月の砂漠のアジトをこのムゥナの街に作るそうだ。
ひとり戻ってきたパラさんはやまと屋の裏に並んだ家の中から現在空いている一軒を選び、そこを購入、ムゥナのギルドで『月の砂漠』のアジトとしての手続きを行ってきた。
タウさんはアジトであった建物の整理後に、王都で関係者への挨拶回りをすると言っていた。
ミレさん、カンさん、アネさん、ゆうご君の四人もそれぞれ王都の知り合いに挨拶をすると言い、テレポートで去っていった。
アジトを使っていたミレさんらは、元から個人の持物はアイテムボックスへ入れてあるので、特に荷物整理はないそうだ。
そもそも家族を捜して遠方へと、長期で留守にする事が多かったから個人の持ち物は常に自分のアイテムボックスに入れていたそうだ。
タウさんが片付けているのは共有の家具等で、知り合いに譲ると言っていた。
各自の用事が済み次第、それぞれがB2の店舗で今日の分の『全部買い』をするようだ。
この世界の残留組であるやまと屋の俺たちは、一緒にB2へと飛んだ。
「店内の商品を全部買いなんて、そんな豪快な買物した事なかったです」
「そんなお金も無かったですから」
レモンさんとキックが心なしか顔色を白くしてセボンに入るのを躊躇っていた。
「カオっちのおかげぇ〜。ありがとうね。いつもいつも、この世界に来てからずっとカオっちにおんぶに抱っこだなぁ。もう、何かで返せる気がしないよー」
いつもの豪快で朗らかなあっちゃんらしいと言えばらしい発言だな。
俺は皆に恩を着せるつもりはない。
持っていても腐らせるだけだから(いや、金貨は腐らないが)、家族や仲間に使ってもらえるのが一番だ。
「肩をお揉みしましょうか」
あっちゃんの旦那のリドル君が俺の背後に周りふざけて肩を揉み揉みした。(あ、でも気持ちいい)
「うぉお、気持ちいい。こっちこそありがとだ。みんなと出会えて、みんなと生活出来て、楽しく生きて来れた。異世界引きこもりニートにならずに済んだのも、皆のおかげだぞ?」
「うわぁ!一瞬で商品が消えました!あ、でもまた店内に並んでいるけど、今日はもう買えないですね」
山さんがセボンで『全部買い』を試したようだ。
キックとレモンさんが緊張した顔で店内入っていく。
「マッツの全部買いってどうなるの?カオっちマッツでも買った事ある?」
セボンやマツチヨのように商品が棚に並んでいる店舗は、そこにある物が一瞬でアイテムボックスに収納された。
しかし、マッツやスタガのように注文して作ってもらう店舗の商品が謎だったようだ。
俺も初回は、謎だった。
マッツやスタガは、店内の奥にある全ての材料が完成された形でアイテムボックスに入ったのだ。
お任せ状態なので、「全部ビッグマッツで」と言った注文は、『全部買い』よりだいぶん数が少なくなった。(俺は試したのだ)
俺らがB2での大人買いを終えてやまと屋に戻ると、リビングにはゴルダが来ていた。
「神託があったそうだな。お前はどうするんだ?」
ゴルダが直球で聞いてきた。
「やまと屋は残るよ、この街に」
「そうか」
ゴルダは短く呟き、足早に出て行った。
俺たちも元の世界へ戻ると思ったのか、確認をして安堵したようだ。
そんなに気にしなくても、俺ら稀人達が来た10年前ならいざ知れず、今、俺らは街に溶け込んでいるし、俺らが居ようが居まいがそんなに大差ない気がする。
街は以前に比べてかなり栄えている、ダンジョンも波に乗っている、命を落とす冒険者は激減した。
スラムは最早スラムではない、町屋とか民宿街のようになっている。
食べる物に困る者もいない、働けない者もいない(ものぐさはいる)、教会には乳幼児園があり、仕方なく子供を捨てる者もほぼいない。
そう、俺たちが居なくても、街は、国は、世界はちゃんと回っているのだ。
まぁ、俺たちは今後も居るけどな。
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