第3話 帰還準備10日①

 夢の中に白い神(?)が現れたその日、やまと屋では緊急の会議が開かれた。



 10年前に地球からこの世界に飛ばされた俺たちは、この10年で何とかこの世界に馴染んできた。

 魔物がいるこの世界に対応出来るように冒険者としてレベルを上げたり、安定した生活の為にやまと屋という弁当屋を開いたりした。


 ギルドや教会やスラムの孤児の子供達と交流をして、今では生まれた時からこの世界にいる様な、当たり前の生活を送れる様になった。

 と言うのも10年前にわかった事だが、どうやら地球は隕石衝突で人類は滅亡したらしかった。


 らしかった、と言うのは、滅亡より前に俺たちは何者かの力で(俺は神さまと思っている)この世界へと飛ばされて来たので、誰も地球の最後に立ち会ってはいない。


 この世界へ飛ばされた、謂わゆる『異世界転移』だな。

 地球(日本)にいた時によくネットで読んでいたライトノベルにあった人気ジャンルだ。

『異世界ファンタジー』『異世界転移』モノだ。


 異世界転移がまさか本当に自分の身に起こるとは驚きだが、結局、場所がどこでも『生きていく』事にかわりはないのだ。


 そうしてこの世界に馴染んで10年経った今、と言うか昨夜の夢に突然真っ白い何か(うん、神さまだな)が出てきて、言われたんだ。


『戻る道も出来た。ここに残るか戻るか、選ぶのは其方自身だ』と。


 単なる夢かと思った。だが、朝になるとやまと屋の転移者の面々がリビングへと集まって来た。


 山さん、あっちゃんとリドル君、ゆいちゃん、キックとレモンさん、パラさん一家とリンさん一家。

 この家や裏道を挟んだ一軒家に住み、日々やまと屋で働いている仲間達だ。


 皆が夢の話を口にした事で、やはりあれはただの夢ではなく、俺たちをこの世界に転移させてくれた神さまからの神託、なのだと思った。

 ただ、皆の口から「この世界に残る」という言葉が出て、俺はホッとした。


 皆が地球へ日本へ戻ると言ったら、俺は……どうするのだろう。

ひとりが当たり前だった日本での生活から、この世界で大勢で暮らすのに慣れてしまった俺は……。



 少ししてタウさんらがテレポートでやってきた。


 タウさんから戻る事を告げられた俺は、表情には出さなかったがかなりの衝撃を受けた。

 タウさんに続くカンさん達の言葉。


 戻る組、タウさん、カンさん、ミレさん、アネさん、ゆうご君の顔を順繰りに見回して、俺は横一文字に固く結んだ自分の口元がモゾモゾとするのを止められなかった。

 まるで小さな子供が泣くのを我慢しているような。

 自分の顎に梅干のように皺が寄っているのを感じた。



「カオるん……」


 背中を優しく撫でたのはあっちゃんの手だった。


 戻る者、5人の顔を見た後にあっちゃんやパラさん達の顔を順番に見ていった。

 残る、と話していた面々だが、もしかしたらタウさんの話を聞いて気が変わったかもしれない。


 タウさんは人望がある。皆の気持ちがタウさんと同じ方向へ傾いても、俺には止められない。

 残って欲しいと言えない。俺と一緒にこのままこの世界で暮らそうと、言えたら……。


 だが俺の心配をよそにやまと屋の皆は「この世界に残る」を選んでくれた。

 パラさんもリンさんも山さんあっちゃんも、こちらで家族と会う事が出来、今はさらに家族も増えてこの世界に馴染んでいる。

 このままこの世界の人間として生きていくのだそうだ。



 タウさん達の家族は地球に残されていたそうだ。

 俺は夢に出てきた白い神に、特に何かを聞いたりしなかった。と言うか聞きたい事もなかったのだが、タウさんらはこちらの世界で見つけられなかった家族の行方を聞いたそうだ。


『15歳以上は成人と見做して親のと紐付けをしていない』との厳しい答えをもらったそうだ。

 異世界に転移出来たのは、親と紐付けをされた子供と配偶者のみ。

 15際以上の子供はこの世界でどんなに捜しても会えなかったわけだ。

 家族は地球に残されてしまっていたのだから。


 だが、今回の神託に寄ると、地球は消滅を免れた、厳しい世界になるけれども地球に戻る事も可能だそうだ。


 タウさんは、奥さんとふたりの娘さん。

 カンさんは、ひとり息子の翔太くん。

 ミレさんは、妹さんと姪っ子。

 アネさんは、両親と兄と姉。

 ゆうご君は、お婆ちゃん。


 この10年捜し続けた家族の元へ、5人は地球へと戻ると決めたそうだ。


 複雑な気分だ。

 タウさんらにとっては念願の家族との再会だ。「良かったな」と笑って送り出すべきなのだろうが、俺は何故か晴れやかな気持ちにはなれなかった。

 彼らが居なくなる事が寂しいのだろうか?


 タウさんやカンさん達とは一緒に住んでいたわけではない。

 タウさん達は王都の血盟アジトに住んでいた。

 何かある度に皆で集まったりしていたが、俺たち、俺やパラさんやリンさん、それと山さんやあっちゃん達は、ここムゥナの街のやまと屋を拠点として生活していた。タウさん達とは生活は別だったのだ。


 そもそも地球にいた時でさえ、生家を出て30年近くをひとりで暮らしていたが、こんな気持ちになった事はなかった。

 気がつかなかったが俺はずいぶんとタウさんやカンさんミレさんに頼っていたのだろう。



「今日から10日後でしょ?また神さまが来るの?それとも神様はもう来なくて急に日本にテレポートとかするのかな?」



 あっちゃんの指摘はもっともだ。どうやってその瞬間は来るのだろう。



「こっちに残るつもりだったから、その辺は聞かなかったな」



 パラさんが苦い物を噛み潰したような顔をした。

 タウさんはふっと笑う。



「そこら辺は聞きました。今日を入れて10日目の夜、日を跨いだ時に戻る為の門が開かれる、と言っていました」


「日を跨いだ時って、たぶん、深夜0時だと思います」

「そうですね」

「門が開くってのは何でしょうかね」

「恐らくですが、転移してきた時と同じように転移する何かが現れるんじゃないですかね。と言っても来た時は気を失っていたので門…ゲートは見ていないですけど」

「んん〜、最後の時までは一緒にいたい。だってもうリンと会えなくなるでしょう?」



 アネさんが寂しげにつぶやいた。家族と逢える嬉しさと仲間と別れる寂しさで複雑なようだ。



「そうですね。帰還組は10日後の0時少し前まで一緒にいる事にしましょう」

「そうだな。けど、どこに集まる?アジトは売っちまうんだろ?」



 そう、タウさんは血盟月の砂漠の盟主をパラさんへ譲渡、王都のアジトは売ると言っていた。

 パラさんはこっち、ムゥナの街のやまと屋を拠点としているので盟主を引き受けても王都のアジトは管理が面倒なのでこっちにアジトを作るそうだ。



「なら、ここに集まればいいじゃないか」


 俺の口から出た言葉に皆の視線が集まった。

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