最終話 俺のこれから

強一きょういちくん強一くん」


「なんですか?」


「呼んでみただけぇ」


 木井きいさんが満面の笑みを向けてくるので頭を……撫でないで抱きしめる。


「ちょ、いつもは撫でてくれるだけじゃん!」


「最近それをよくやるので毎回同じ対応してたらマンネリ化するかなと。嫌でした?」


「嫌なわけないじゃんか」


 木井さんが嬉しそうに俺の背中に腕を回す。


 俺の手術から数ヶ月が経ち、俺は普通の生活が送れるようになった。


 と言ってもまだ油断はできない状況なのは変わってない。


 今は経過観察の状態だ。


「それはそうと強一くん」


「なんですか?」


「まだ?」


「そう言われても、まだ完全に治ってるかはわからないんですって」


 俺が退院してから木井さんは毎日さっきの『呼んでみただけ』と、今の質問をしてくる。


 前者はよくわからないが、可愛いからいいんだけど、後者は返答に困る。


 俺は木井さんに花火大会の日に告白されたが、長生きできるかわからないから返答を濁した。


 完治したら木井さんを好きにしていいとは言われたけど、付き合うタイミングについては話していなかった。


 それに……


「ずっと思ってたんだけどさ、強一くん恥ずかしがってる?」


「なんのことですか?」


「あ、とぼけた。なんだよぉ、いざとなったら恥ずかしくなったのかよぉ」


 木井さんがとても嬉しそうに俺の指をいじり出した。


「仕方ないじゃないですか、ちゃんと決めてなかったからどうしていいのかわかんなくて、そうしたらなんかタイミングとか、もう色々とわかんなくなったんですもん……」


 俺だって手術が終わってすぐに告白しようとした。


 だけどまだ完治してないなら告白していいのかわからなかった。


「完治したら木井さんを好きにしていいって言われたので、そこかと思ってたんですけど」


「私はいつでもウエルカムだよ」


「そもそも付き合うって何をするんですか?」


「多分ね、普段私達がやってるようなこと」


「そんなに変なことしてます?」


 俺と木井さんがやっていることと言えば、さっきみたいに抱き合ったり、頭を撫でたり、外に出る時は手を繋いだりだけど、友達ならそれぐらいするのではないだろうか。


「強一くんに常識を教えるのは私の役目なのかな?」


「馬鹿にされました?」


「してないしてない。それでいつ告白してくれるの?」


「そうですね、じゃあせっかくなので今してみますか?」


 逆に今じゃないとまた先延ばしにしそうだ。


 だから今やってしまった方がいい。


 ムードの欠片もないけど。


「あ、ちなみに私がドキッとしなかったらやり直しね」


「それを言うなら返事で俺がドキッとしなかったらやり直しですからね」


「ああ言ったらこう言うなんだから。そういうのは私をドキドキさせてから言うんだね」


 木井さんは余裕の表情だけど、確かにこのムードから相手をドキドキさせるなんて無理だ。


 だけど相手は木井さんなので、なんかいけそうな気がする。


「なんか馬鹿にされた気がするぞ」


「してないから大丈夫ですよ。それよりもやってみますね」


「楽しみ」


 告白とはもう少しサプライズ性があるものだと思っていたけど、こんなに待ち望まれていていいのだろうか。


 まあ俺達らしいと言えばそうなんだけど。


夢奈ゆな、大好き」


「反則だろぉ……」


 ちょっとやってみたかったから言ってみたけど、木井さんが崩れ落ちたので成功なのだろうか。


 だけど……


「俺、まだ告白してないので続けますね」


「や、やめ──」


「俺、夢奈のことが好き。夢奈が俺と友達になってくれたから俺は生きる理由を貰えた。俺がこうして生きていられるのは夢奈のおかげだよ。だから……は違うか。生きる理由をくれた夢奈が好きなんじゃなくて、夢奈を好きになったから生きる理由を貰えたんだもんね」


 せっかくの機会なので夢奈への想いを伝えることにした。


 なんだか夢奈の方はもう限界みたいに見えるけど、多分気のせいだから無視して続けることにする。


「とりあえず夢奈の好きなところを言えるだけ言ってみようかな」


「それはほんとにやめて。心の準備が──」


「まずは、声かな。綺麗でずっと聞いていたい」


「やめろぉぉぉぉぉ」


 夢奈が顔を真っ赤にして俺の肩を掴んで揺する。


 少ししたところで俺は夢奈を抱きしめた。


「俺と出会ってくれてありがとう。大好きだよ」


 固まる夢奈の目をまっすぐ見つめて伝える。


「不意打ちやめろし。だけどヘタレたな」


「何が?」


「今のところは言った後にキスするとこだろ」


「ふーん」


 夢奈がドヤ顔で言うのでちょっとその顔を歪ませたくなった。


 ドヤ顔はドヤ顔で可愛いんだけど。


 せっかく言質は取ったんだから。


「押し倒すよ」


「え?」


 俺は夢奈を押し倒して夢奈の顔の隣に両手をつく。


「自分で言っといて恥ずかしいの?」


「え、だってほんとにやるとは……」


「言わなかったっけ? 俺って夢奈に色々とやりたいの我慢してたんだよ?」


 夢奈の顔が茹でダコのように真っ赤になった。


 反応が可愛い。


「夢奈の気持ちもあるから自重してたけど、していいって言うなら俺も我慢をやめる」


「や、あの、嫌なわけじゃないんだけど、私にも心の準備がね?」


「ごめん無理」


 俺はそう言って夢奈の顔に自分の顔を近づける。


 すると驚いた表情で夢奈が慌てて目を瞑る。


 もう、抗えなかった。


「……」


「……」


「……もう一回いいですか?」


「……無理、私も我慢したくない」


 夢奈はそう言って俺の首に腕を回した。


 そして二度目のキスをする。


 少し長めの。


「……クセになりそう」


「正直なこと言っていい?」


「なに?」


「ほんとはする気なかったんだよね。恥ずかしがる夢奈を見てからほっぺか耳にでも行こうとしてたんだけど、目を瞑った夢奈があまりにも可愛すぎてほんとに我慢できなかった」


「そう言って私が油断したところにする気だったでしょ」


「当たり前じゃないか」


 ほんとに夢奈のキス待ち顔に全てを狂わされた。


 あんな可愛い顔されたら抗えるわけがない。


「そういえば先にキスしちゃったけど、ドキドキしてくれた?」


「それ聞く?」


「返答次第では敬語に戻さないとだし」


「お顔を拝借」


 夢奈はそう言って自分の胸に俺の耳を付けた。


 夢奈の心臓はちょっと心配になるぐらいにドキドキ言っている。


「私の貧相な胸では発情しないか」


「好きな人の胸で何も感じない男は病院行った方がいいよ」


「えっちな気分になっちゃったかな?」


「なったって言ったら続きしていいの?」


「んー、まだ駄目かな。そういうのは強一くんが完治したらね」


「すぐに完治させてやるし。だから今はこれで我慢」


 俺はそう言って夢奈と三回目のキスをする。


 我慢とは言っているが十分に満足だ。


 これからの人生は楽しいことしか待っていない。


 俺は近いうちに完治して、夢奈と色んなことをする。


 未来なんて考えたこともなかったけど、夢奈と出会ったおかげで俺にも『夢』ができた。


 夢奈と長い人生を一緒に生きるという『夢』が。


 少し前の俺なら絶対に思わなかっただろうけど、夢奈のおかげで未来に希望を持てた。


 だから何度でも言う。


「夢奈、ありがとう。ずっと大好きだよ」

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余命宣告をされた俺が恋をしてもいいですか? とりあえず 鳴 @naru539

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