「宝くじ」

低迷アクション

第1話

「おい“K”聞いたか?“Y”先輩が事故ってな!そんで、例の宝くじ、あれ、お前等のモノになるっぽいぞ?」


“O”は焦った様子でドアを叩き、自分の”嘘”にニヤリと笑みを浮かべる。彼の学生時代の出来事だ…


3月後半、大学が新年度を迎える頃、彼が所属するサークルで“小さな事件”が起きる。春休み期間中、実家に帰省しなかったKと同期の“F”、先輩のYが、3人で宝くじを10枚買った。


車いじりの好きな3人(と言っても、実際に車を持っていたのは、Yだけだったが…)は昼頃から先輩のアパートで飲み始め、


その内、つまみが無くなり、買い出しついでに購入したモノだった。


金は全員の割り勘、Y先輩が少し多めに払ったらしい。


宝くじの種類は6桁の番号を決めるタイプで、それぞれが酔った頭で、デタラメな数字を決め、抽選日当日…


買った中の1枚が当選した。


配当金は200万…


1等ではないが、学生には充分だし、普通に考えて、早々、当たるモノでもない。


噂はあっと言う間に広まり、サークルの枠を超え、大学全体が当選金の使い道を想像しあった。


だが、事態は思いも寄らぬ展開を見せる。


Yが購入金を多く出した事、先輩特権で、200万円の独占を宣言する。


「お前等、実家に金あんだろ?部屋だって、バイトもしないで、借りれるし、飲む金、遊ぶ金も仕送りで事欠かねぇじゃん?俺みたいに奨学金+学生寮暮らしの貧乏学生とは雲泥の差、だから、いらねーよな?元々、俺が出した金だし!」


Oの大学は私立、学生の多いマンモス大学…


今はもっと顕著かもしれないが、当時は少子高齢化の影響により、どの大学も学生の確保に拍車をかけていた。


中高一貫のエスカレーター式進学は勿論の事、高校で、ボランティア系の部活を3年もやれば、筆記試験免除のAO入試等々


“親元に金があれば、誰でも入れる大学”が台頭する時代だった。


KとFは、上記のどちらかで入学し、Yは通常の入学ルート、それも、入学時に将来の借金を背負わされる奨学金と言うマイナス面を持った苦学生…


普段、表に出ない学生格差が“200万円”と言う金額の前で一気に表面化した形となった。


Yの主張、自分がほぼ全て金を出したと言い切るまでの欲を見せたのは、こう言った背景に加え、彼等が学生だった事もある。


社会人全て共通…と言うのは、穿った見方かもしれないが、

バイト、遊び、勉学の3つを同時に進める大学生では、


200万を稼ぐとなると、バイトに相当の重きを置く必要性が生まれ、非常な労力と犠牲を強いられる事が必須…


これが就職し、月給と賞与を得て、1年が経過すると、この金額は容易に貯められるようになる


そこから、貯蓄や散財かは、個人の人生設計になるが…

とにかく今、今作を読んでいる“社会人”の方々の中には


「200万ごときで…」


と言う感想を持たれるかもしれないが、一度、自身の学生時代を思い出して頂き、また、現在“学生”の方達は200万と言う金額を、自分が稼ぐには?と言うイメージで読み進めて頂ければ、幸いである。


Yの強硬案に対し、FとKは当選番号を決めたのは自分達であり、3人で納得のいく分配、一人60万くらいを配当し、残った20万は、サークル活動や遊行に使う提案をする。


しかし、この数字に関しては、全員が酔っていた事と時間の経過が邪魔し、誰が番号を決めたか?と言う決定打に欠けていた。


結果、Yは主張を続け、当選くじを持つFが、受け渡しと換金を保留し、

3人のギクシャクした状態が新学期を迎える時期まで続く。


勿論、周囲のサークル仲間、O達の間では、話題になるのは当然だったが、そこは、若さが先行し、推移を見守り続けるのに、若干の飽きが生まれていた。


誰もが、解決もしくは、劇的なインパクトを望み、それが4月1日のエイプリルフールに便乗した、Oの嘘に繋がった…



 Kは寝起きだったようだ。ドアを開けた彼の目は充血し、疲れた様子だ。

課題の徹夜明け、いや、今は春休みで、課題はない。


恐らく薄いドア越しに、相手が驚く、それとも朗報であるOの声を聴き、取り乱したのかもしれない。


「まじかよ…先輩、大変だな。すぐ、見舞い行こう」


切迫したKの声、表情からは、本気で心配している様子が見える。Oはポケットに仕舞った、スマホの録音機能をONにしながら、相手の言葉に頷く。


「車は?あ、車あんのは、先輩だけか…じゃぁ、電車で行こう。始業式は出る必要ねぇな。O、Fとは?連絡ついてるのか?」


相手の声を聞くうちに、申し訳なくなってきた。いくら、悪ふざけとは言え、やりすぎたようだ。


苦笑いし、取り繕うように、両手をKの前で合わせる。


「ワリィ、エイプリルフール!嘘、嘘だよ。ホント、ゴメンな。お前等の事、結構話題になっていたから、アレだ。からかっちまった。スマン…えーっと、そうだ…埋め合わせはFも誘って飲むとすっか?ちょっと待ってて」


鳩が豆鉄砲…みたいなKの顔が怒り出す前に、スマホを操作し、耳に当てる。何回かの着信の後、呆然としたFの声が耳に響く。


「あ、Oか?先輩が、Y先輩がな。事故で入院した…」…



 全ての詳細が判明したのは、一月経ったGWの時期に入ってからだった。


OがKにエイプリルフールを仕掛けた前日の夜、Yはバイト先に車で向かい、途中、急に効かなくなったハンドルのせいで、対向車と激突し、全治6ヵ月の入院となった。


骨が肺に刺さり、息も絶え絶えの彼と同じくらいの傷を負った対向の運転手は、事故の目撃者が救急車を呼び、一命を取り留めた。


入院費や相手車両に対する必要経費は、当選額から、150万円があてられる。


FとKは残りの50万円を半分にした、25万円ずつ受け取ったが、互いの取り分から、サークルや友人達に“騒動の迷惑料”として、その後1年分の飲み会や旅行費を捻出してくれた。


全ては丸く収まったと言う事で、彼等の大学生活は終わる。その後、全快したYも含め、社会人となったO達の交流は続き、年に一度は全員が顔を合わせる。


宝くじの件も、今では笑い話だ。当時を振り返り


“あの時は凄かったな”


と喋る3人を見て、Oも相槌を打ち、酒の席は楽しい盛り上がりを見せる………


が、疑問は残ると、彼は話す。


大学の時は、Fの言葉“Y先輩が事故に遭った”と言う、嘘から出た真のせいで、考える暇はなかったが、Oが嘘を話した時のKの言葉…


“見舞い先が、電車を使う程の距離”


にあることを、何故、彼は知っていたのか?Y達の大学がある市内にも病院はある。軽い事故なら対応ができる内容の病院がいくつも…Oが虚言である事故の詳細を語る前に、彼は先輩の容態が、それらの病院では対応できない事を知っているようだった…


Y達を救った目撃者に関しても、彼等に意識はないため、詳細はわからず、治療後に病院側に尋ねたが、通報だけで、本人は現場にはいなかったとの事だ。


また、故障した車は、警察の調べによれば、急な故障との事だったが、後年、務め先の社用車を担当する修理業者と話した際、


相手の乗る車を少しいじって、特性を掴めば、故障に見せかけ、壊す細工は出来るとの証言がある。


FとKは、Yの車の整備を手伝っていた…


FがYの車を壊し、Kは万が一の時のため、Yを尾けた(例えば事故の通報が遅れ、死亡する事のないように)


Yの腕なら、故障した車でも、死ぬ程の運転ミスはないと踏んだ二人は、事故を起こし、治療や賠償の費用を宝くじから、本人が希望する取り分に近い金額を与える代わりに相応の代償は払ってもらう事を計画し、自分達の納得できない部分を満足させた…


こう考える事は出来ないだろうか?


毎回会うたびにOは聞きたくなる。だが、彼等の答えはわかっている。きっとKは、Oの疑問に対し、苦笑い一つ、あの時のOと同じように答えるだろう。


「ワリィ、エイプリルフール!嘘、嘘だよ。ホント、ゴメンな?」…(終) 

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