第2話 学校にて
目が覚めるとあたりは真っ暗で、僕はうず高く積もる瓦礫の上にいた。
まずは携帯を探す。バキバキに画面が割れているが、電源が付く。零時半、どうやら二時間以上気絶していたらしい。ライトを照らす。良かった。電波は通っていないが、ライトとしては使える。
あたりを照らすと、近くにヒロキが寝転んでいる。慎重に瓦礫の山を下りながら、ヒロキの元へ行く。
「大丈夫か」
ヒロキが目を覚ます。
「ああ、大丈夫だ」
「立てるか」
「ああ」
幸い、ヒロキも僕も怪我はなかった。ヒロキのスマホも使えることを確認する。
「とにかく、皆んなを探さないと」
すると、遠くの方から光が見えた。
「おーい」
スケヤンの声だ。
「こっちだ」
と僕は叫ぶ。
光が近づいてくる。スマホのライトのようだ。
「二人とも無事か?」
「大丈夫、二人とも怪我はないよ」
ヒロキが続けて言う。
「それより、他の皆んなは?」
「皆んな学校に避難している」
スケヤンがにかっと笑う。彼の坊主頭が光った。
「一人も欠けてねえぞ」
そう言い、僕達は瓦礫の山を慎重に越えながら、学校の体育館に向かうことになった。皆んなはそこに避難しているらしい。
「そこ、踏むなよ」
スケヤンが言う。見ると人の死体だった。跡形もなく、誰だか分からない。僕とヒロキは驚いたが、スケヤンは慣れているようだった。
「こんなの山のようにある。死体はまだ良い。それより生きている人間の方が地獄だ」
体育館に着くと、そこは悲惨なありさまだった。片腕を亡くした人、頭部を怪我した人。どうやら街中の人間がここに避難してきているらしい。とはいうものの、街中の人々にしては人数が少ない。避難できた人も少数なようだ。三年七組のクラスメイト達は保健室から包帯をありったけ集め、手当をしているようだったが、実際のところ、良く見えない。皆んなスマホのライトを使って動き回っている。
「明るいと、また爆弾が降るかもしれないから。ま、実際は停電しているだろうけど」
とスケヤンは言った。
「よく皆んなをまとめたな」
ヒロキが言う。
「生徒会長、ナバタさまさま」
「そうか、あいつが」
スケヤンが皆に声をかける。
「おーい。ヒロキとユウ、連れてきたよ」
わあっとどよめきのようなものがおこり、ヒロキの周りに人だかりができる。スケヤンはいやに誇らしげで、「な、俺が見つけるって言ったろ」と言う。
カオリが僕に近づいてくる。
「何だよ」
「怪我はない?」
「うん、大丈夫」
「良かった心配した」
そう言って手当に戻っていった。
生徒会長、ナバタとヒロキが話している。ヒロキは学級委員で、リーダーシップもあるが、頭が良く判断力に優れているのはナバタの方だろう。彼も、ヒロキの次にリーダーシップがある。これだけクラスをまとめて避難できたのも、彼の指示のおかげだろう。
「大丈夫かヒロキ」
「ナバタこそ。ありがとな」
「後は君にまかすよ。僕は疲れた。大体リーダーシップをとるのも苦手なんだ」
そう言い、手当の手伝いをしに行った。
スケヤンが言う。
なあ、これからどうするよ」
ヒロキが言う。
「三年七組の奴に怪我人は?」
「奇跡的に、誰も怪我していない」
「分かった」
と神妙な顔になる。
「ある程度手当をし終わったら、三年七組の教室で集まろう。皆んなにそう伝えといて」
「了解」
手当と言っても、包帯には限りがある。というか学校の資材ではどうしようもならない怪我が多い。僕は手当は他の皆んなに任せ、親とはぐれた子供達の面倒を見ることにした。家族のことは……信じるしかない。どうせこの暗闇の中だ。誰が誰だかも分からん。
「お兄さん。ママはどこいったの」
「大丈夫、直ぐ会えるから」
そう言って慰めるのだが、僕も家族のことが気がかりだった。生きていればいいが。しかし、弱音を吐いてもいられない。皆んな、家族のことが気がかりだろうに目の前に集中している。
「お兄さん、どうしたの?」
「ん?お兄さんは大丈夫だよ」
と言い、複数人の子供達を邪魔にならないよう、一か所に集める。とはいっても子供なので、そう簡単には集まらない。手の空いたまま呆けている男子達で子供達を寝かす。幸い、体育館にはマットが山ほどあった。
子供達を寝かした後、一段落したのか、「集合」という声がかかった。静かに教室へと移動する。
教室に入ると、机と椅子は後ろに下げられていて、皆んなは床に座っていた。気が緩んだのか、すすり泣き。
「これで全員集まったな」
とヒロキが教卓の前に立って言った。
「待って」
と声がかかる。カオリだ。指で教室にいる人の人数を数えている。
「やっぱり」
カオリは眼をまるくした。
「一人多いわ」
そのセリフを聞き、皆が静まり返る。
「どういうこと」
「そのまんまの意味、三十二人のはずなのに、三十三人いる」
冗談やめてよ~と声があがる。ヒロキは窓側の一点を見つめている。
「どうしたヒロキ」
と僕は声をかける。
「あいつだ」
「あいつ?」
「ああ。そこの窓際に立っているやつ。お前誰だ」
と不審な面持ちをしている。窓の隙間から風が吹き、月光に照らされる。
「やだな。そんな顔しないでおくれよ」
と白い短髪の美少年、目は青く、身長は百六十五センチくらいで服は真っ白な貴族のような服を着ている外人のような人が現れた。初めて見た顔だ。
「誰かの知り合いか」
とヒロキは皆に聞くが、一同首を振る。そしてどうやら、皆この美少年に見とれているらしく、少年から視線をそらさない。確かに、月光に照らされた彼の姿は幻想的だ。
「失礼だね。僕もこのクラスの一員なんだけど」
「どういうことだ。俺はお前のこと知らないぞ」
「当たり前だよ。僕は夏休み後に転校生としてこのクラスに入る予定だったからね」
皆んながざわざわする。
「紹介が遅れたね。僕の名前はヤナギ。白人とのハーフなんだ。よろしく」
どうする?と小声でスケヤンがヒロキに言う。出てってもらおうか?
「知らない奴をクラスメイトと認められない」
「勿論、そう言うと思った。だから、君たちにとって有益な情報を提供しよう」
「有益な情報?なんだそれは?」
「その前に、その情報を言ったら、僕を仲間に入れてくれるかい?」
またクラスがざわざわする。皆戸惑っている様だった。
「直ぐには決められないな」
「そう。とは言っても時間はないよ。もうすぐまた、奴らはやってくる。そうしたら、ここにいる皆んなは全滅だ」
「奴らって何だ?また、爆撃されるのか?」
「その前に、僕を仲間に入れてくれるかい?」
ヒロキは戸惑っている。ミオが「はい」と手を挙げる。
「私、そもそもどうしようもないことを皆んなで話合うために集まったと思ってたからさ。情報があるなら有益だし、怪我人手当するのも人数必要だし、仲間に入れてもいいんじゃね」
たしかに。と言う声が上がる。そうかもな。どうしようもないもんな。なぜ、気負う言う時だけ頭が良いの。うるせえよ。
ヒロキが頷く。
「分かった。ただし、クラスの奴らには危害を加えないでくれ。俺は得たいのしれないお前をまだ、信用できない」
「勿論だよ。じゃあ、仲間になったということで、情報を提供しよう」
皆が息をのむ。
「まず、第一に皆んなの家族だが、はっきり言おう。ほとんどの人が死んでいる。生き残っていたとしても、助けることはできない。なぜなら、自衛隊も、この国の政府諸機関も、全て攻撃を受け、停止しているからだ。助けることはできない。それは体育館にいる人達もそうだ。怪我をしている人はまず助かることはない」
ヒロキが怒鳴る。
「なんで断言できるんだ!助かるかもしれない。学校にいない家族だって、別の場所に避難しているかもしれないだろ!」
「残念だが、それはない」
カオリが口を挟む。
「どうしてあんたがそんなこと言えるわけ」
ヤナギが言う。
「外から体育館を見て」
「どうして?」
「良いから」
皆が窓を開け、体育館を見る。
僕は空を見上げる。視界に何か入ったからだ。
「またか」
光輝く爆弾のようなものが降ってくる。今度は僕達をめがけて。
「終わった」
と声が聴こえる。
爆弾の光は徐々に近づいてきて、ついには体育館に降った。
目を開けると、真っ黒に焦げた体育館の残骸が、暗闇の中で薄く見える。あれでは人は助からないだろう。
ヤナギが言う。
「そういうことだ」
スケヤンが震えながら言う。
「どういうことだ?」
ヤナギが言う。
「僕には未来が見えるんだ。様々な分岐の先の未来をね」
皆がざわめく。確かにこいつは、体育館の方を見ろと言った。予言していたのではないか?
ヒロキが怒鳴る。
「仮に未来が見えたとして、誰が信じる?偶然だってことはあるだろ。むしろ、お前が未来を見えるのだったら。体育館に降った爆弾も、止められたんじゃねえのか?」
「残念ながらそれは無理だ。ここにいる僕を含めて、三十三人、生き残る未来が最善だ」
毅然とした態度でヤナギは言う。
「いいかい。僕が伝えたいのはこういうことだ。君達は赤い玉を見ただろう?あの玉を見た人は全てなんらかの能力に目覚めるんだ。そしてその能力を持って、敵と戦わなければならない。僕の場合は未来視、未来が見えるんだ。僕のような能力に目覚めた人はいるはずだよ」
ヒロキが言う。
「敵ってなんだ?能力ってなんだ?なぜ俺たちが戦わないといけないんだ?」
「一つ一つ説明しよう。敵は、君達も見ただろう。あの真っ黒くて巨大な物体だ。敵の名はアンサーテイン。おいおい説明するけれど、僕が所属している宗教団体が名付けた。能力は、能力だ。それ以上でもそれ以下でもない。抽象的な能力もあれば具体的な能力もあることしか分からない。能力は一人一つ。ランダム。戦う理由はただ一つ、生き残るためだ、としか言えない」
「宗教って何?」
カオリが言う。
「僕も所属している割には良く分からないんだ。けれども、彼等はこの戦いを聖戦と名付けている。彼等はアンサーテインの侵略も、能力の発言も、全て予言していた。僕はその情報を伝えに来た一介の人間にすぎない。ごめんね」
「全部でたらめだ!」
とスケヤンが叫ぶ。その顔には涙が浮かんでいる。
「敵が来て、家族が死んで、能力?戦う?どういうことだ?何が信じられるんだ?」
「そのことだけど」
とミオが言う。
「私、さっきから人の気配がする、というか、人の場所が分かるというのかな。だから、体育館で生き残りがいないのも、街に行っても生きている人がいないのも分かるんだ。これも能力?」
「能力だろうね。生体認識かな。生きている人の場所が分かる能力だろうね」
「じゃあ、あんたの言ってることは信用できるね。この街に生き残りは私達しかいない」
「なんで、そんなに簡単に受け入れられるんだよ。家族が死んでると言われたんだぞ」
とスケヤンが言う。
「死んだものはしょうがない」
とミオ。
「なんだてめえ!」
とスケヤンが殴りかかろうとする。が、なんとなく僕の身体が動き、僕は止めに入る。
「落ち着けよ」
その時、というか、ずっと、僕はなぜか落ち着いていた。現実味がないからかもしれない。色々と釈善としないことはあったものの、あの敵の攻撃をくらってからは、どちらにせよ信じるしかないとヤナギのことを信じるしかないと思っていた。
「おまえはよく落ち着いていられんなあユウ!女の子を守ってかっこつけたいのか?あ?」
「何だと」
僕はキレそうになる。そんなわけないだろ。
「それまでだ」
とヒロキの声が響き渡る。
「どちらにせよ、この状況では、ヤナギの言うことを信じる他ないだろ。どちらにせよ。あんな攻撃を受けちまっているんだ。何も縋るものがないよりは、こいつに縋って、最悪、こいつのせいにすればいい。納得できないのは分かる。けれど、一旦皆んなはそれでいいな。家族については嘘かもしれない。体育館も生き残りもいるかもしれない。まだ分からないが、一旦こいつを信じてみよう。能力なんて、あるならあった方が良い。戦って生き残れるかもしれないからな」
「聡明だね」
とヤナギが言う。
「生き残りに関しては皆で探してみると良い。敵は夜しか動かない。明日の昼間にでも街に出ればいい。体育館は今から見に行けばいい。ついでに、急いで自分の能力を探すんだ。そうしなければ、戦いに間に合わない」
「どうしても、戦わなければいけないの?」
と泣きながらルカ―泣き虫ツインテールロリ―が言う。
「逃げることはできない。なぜならこの街はもう封鎖されている。明日、というかもう今日か、今日の朝、外を見れば分かるよ。この街は高い壁で覆われている。僕達を戦いから逃がさないためにね」
「誰がそんなことを?」
とヒロキが言う。
「宗教団体さ。僕も所属はしているけれど、戦いに出されたから、まあ被害者だね。彼等が高い壁を作った。それは能力なんかじゃ超えられない壁をね。ま、とりあえず、この服を着るんだ。皆んな浴衣じゃ、動きにくいだろう?」
と言って、後ろの方を指さした。ヤナギと同じ白い服が並べてある。確かに、それは宗教っぽい感じがした。
僕を含め、何人かは服を着替えた。汗でびしょびしょだったからだ。その服は通気性が良く涼しく感じた。その後、何人かは体育館に行った。やはり生存者はいないようだった。というかいたとしても、あの瓦礫の山じゃどうしようもなさそうだった。吹奏楽部が合宿の時に使うというほこりだらけの布団を音楽室からひっぱりだし、教室にしいて皆んなで寝た。時折、爆弾が降る音が聞こえたが、それは遠く、疲れ切っていたのか、皆んなは直ぐに眠りについた。ヤナギは見張りをしていた。女子の誰も別々の部屋が良いとは言わなかった。きっと恐ろしかったのだろう。
僕はと言えば、家族の死に実感がわかないまま、何か、遠くの親戚が亡くなったような気分がずっとしていて、どうすればいいか分からず、目が覚めていたので、ヤナギと一緒に見張りをすることにした。
「隣いいか」
とヤナギに声をかける。ヤナギは窓側から外をずっとにらんでいる。
「ユウ君だね」
「良く名前知っているね」
「夏休み中にクラス名簿貰ったからね」
「なるほどね」
「ユウ君も寝た方がいいよ」
「まあてきとうに寝るよ」
と言いながら、二人して夜の暗い空をずっと眺めつづけていた。
終末学校物語 ナカバヤシカド @baysufyuuu
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