終末学校物語

ナカバヤシカド

第1話 バラの花

 空が赤く、落ちてきたのかと思ったほどの眩い光。

 

 真昼のような明るさを持った光の玉は僕等の頭上を通り過ぎ、尾を引いて、どこかへ向かっていく。


 八月十六日、夏祭りの夜。確実に世界は変わってしまった。


 その日、僕達は「受験勉強にも部活にも、息抜きが必要だ」と言うヒロキの言葉一つでクラスメイト三十二名、全員が学校に集まった。こういう時、僕のクラスは仲が良い。誰一人欠けることなく、近所の神社の夏祭りへと向かう。神社は少し高い山の麓にあり、鳥居からは街を一望できる。学校からは直ぐの場所にあるから、皆で歩いて神社に向かう。神社に着いてからはクラスメイトで固まっていることはない。部活の友達など別のグループの友達もいる。別々にばらけた後、部活をしていない僕は一人残されて、三百円で買った屋台の焼きそばを頬張っていた。


 大丈夫、一人でいることは慣れている。


 しばらくの間、ぼうっと盆踊りを観る。

座っている石が硬く、長く座っていられないなあと思った時に、カオリから声をかけられた。


「何しているの?」

「焼きそば食ってた」

「一人で?」

「うん」

「ヒロキは?」

「あいつは野球部んとこだと思う」

「そっか」


 隣良い?と尋ねられ、うんと答える。


「女バスのところ行かなくて大丈夫なの?」

「大丈夫。少し抜けるって言ってあるから」


 カオリ何?彼氏〜?と声が聞こえる。女子バスケットの奴らだ。カオリは笑いながら「違うよ〜」と返す。


「この浴衣、似合う?」

「母さんよりは良いよ」

「それはありがとうって言いずらい。普通に褒めれば良いのに」

 ポニーテールを振りながらカオリは言う。カオリが着ている服はうちの母親のお下がりだ。


 カオリがうちに居候し始めて、もう二年も経つ。

 カオリの両親が交通事故で亡くなって、僕の両親とカオリの両親は仲睦まじかったから(どうやら中学からの仲らしい)うちに来た。中一の頃だ。カオリはいつも明るくて、小学生の頃は僕をいじめから守ったりしてたくらい強いイメージだったから、葬式の時、驚いた。あんな、冷たい顔をするなんて。けれども通夜も葬式も、一滴も涙を流さなかったと聞いた。気丈だとうちの両親は言っていた。色々事情があって、親戚のところではなく、うちで引き取ることになった。丁度、爺さんが亡くなって以来ほったらかしになっていた部屋があったので、そこを使って貰うことにしたのだ。つまりカオリは幼馴染で同居人だ。それ以上の仲ではない。


「あのさ」

「何?」

「お世話になっているからって俺に構わなくて良いからな」

「何?あなたはお世話してないでしょ。お世話になっているのはあなたの両親。構うのは私の勝手」

「ああそう」

「あのきゅうりの漬物美味かったよ」

「まじで。買ってくる」

「待って、私も行く」


 きゅうりは百円で、まるまる一本漬けてある。よく分からんが浅漬けだろう。齧り付くと、確かに上手い。暑いから塩分が必要なんだなあとしみじみ思っていると隣でカオリが二本目を食べていた。


 食べ終わって、しばらくカオリと境内をぶらついているとヒロキから着信があった。


「もしもし」

「もし、あんさ。今からクラスで花火やるべ。カオリと一緒にいる?」

「いるよ」

「おけ。じゃ連れてきて。神社前の公園集合な」

「うい」


 電話を切る。野良猫と戯れているカオリに、「クラスで花火やるってよ」と声をかけ、公園に向かう。



「悪かったな。邪魔して」

 公園に着くと僕達が最後だったようで、クラスメイト全員が集まった。二人で来た僕らを見て、スケヤンが「お熱いんじゃないの〜」とか言ってるが無視だ無視。つられて周りも指笛を吹く。何だカオリ、一丁前に顔を赤くしやがってよ。


「よし、花火買っといたから。後で一人二百円徴収ね」

とヒロキが声を張る。


 ヒロキは僕の親友にして、カオリと僕の幼馴染だ。けれども中学に上がって、部活仲間ができると少しだけ疎遠になった。二年半学級委員をやってる珍しいやつで、勿論、三年七組の学級委員でもある。野球部部長でもある。凄い!と手放して褒めたくなる。けれども勉強はからっきしダメで、テスト前になるとうちに来て三人で勉強をするが、勉強ができる僕とカオリに教わるばっかしである。復習に丁度良いと言いながら僕らは勉強を教えているが果たして本当に勉強になっているのか。疑問である。身長は180センチを超え、僕より5センチくらいでかい。ガタイも良く、女子から人気がある。今年のバレンタインではチョコレートを20個貰ったと言うもっぱらの噂だ。どうでも良いけれど。


 ぱちぱちっと目の前で鳴る。花火が始まる。僕も何本か持ち、てきとうにやった後、喉が渇いたので近くの自動販売機に行こうと思い


「自販機行くけど、なんか飲みもんいる人?」

 と大きな声で言う。

「大丈夫よー」

「こっちも大丈夫」

 という声がした後、

「あ、待って私も行くわ」

 とミオがついてくる。


 金髪セミロングのギャル。今日は髪を結って上げているが、普段は下げている。中学生で髪染めるのはまずいだろと勝手に思ってる。年上の彼氏がいるらしい。という噂である。自販機に行く途中も「この髪型どう?イケてるっしょ?」しか言ってこなかった。「イケてるイケてる」とてきとうに返す。


 飲み物は僕はコーラを、ミオはお茶を買っていた。すぐさま戻ろうとすると「ちょっと待って」とミオが言う。彼女は自販機の前でしゃがみ込み、大きく息を吸う。そしてゆっくりと息をはく。


「ごめん。私大人数ちょっとダメでさ」

「あ、そう」

 と言って僕もしゃがみ込む。呼吸をする。鼻から吸って口から吐く。

「俺もダメだわ」

 そう言うと彼女の緊張していた顔が、ゆっくりと弛緩していく。

「大人数ダメなのに良くクラスの集まり来るね」

 とミオに聞いてみる。すると意外な返事が来た。

「だって楽しいじゃん。なんか団結っていうかさ、青春って感じ? うちらのクラス体育祭も優勝したじゃん。で今、合唱コンクールの練習しているじゃん。私はじめてなんだ。歌が楽しいと思えるの。夏休みなのに毎日CDで曲聴いてる。そのくらいクラスが好きなんだよね」

 驚いた。輪に溶け込んでいるとはいえ、ちょっとスカしたやつだと思っていたのだ。

「そうね」

 と答える。


「私こうやって髪染めてるし、歳上の彼氏もいたからさ。とっつきにくいって思われがちで、実際一二年の頃は敬遠されてたんだ。だけど、今のクラスになって友達もできてさ。すごく楽しい」

 そうやって彼女は少し笑う。

 確かに一二年の頃、彼女は誰とも関わらなかった。恐れられていたのだ。けれども、「クラス皆んな友達」をモットーに掲げているヒロキが学級委員になったことで、ヒロキが色々手を回して、女の子の輪に入った。


「それは良かったよ」

「彼氏と別れても寂しくないもん」

「あ、別れたんだ」

「そうだよ」

「あ、そう」


 戻ろうぜ、と言って立ち上がる。彼女が両手を広げるので、両手を掴んで仕方なく立ち上がらせる。

「そういえば、合唱コン。ユウ君のピアノ、期待しているから」

 はいはい。



 公園に戻ると、皆んなは線香花火をしていた。

「おかえり」

 とヒロキに声をかけられる。

「一緒にやろうぜ」


 おう、とだけ答えて男子の輪に入り、線香花火をする。徐々に丸くなる小さな火の玉、少しすると弾ける。揺れないように右手を左手で固定する。それでも時間が経てば落ちる。


 一通り皆んなが花火をした後、今日はもう解散ということになった。神社の祭りも、撤収作業に入っている。クラスがバラバラに分かれる。そんな時だった。


「あれは何?」

「どこ」

「ほらあれ」

周りがザワザワし始める。


 空から大きな火の玉のようなものが落ちて来ている。真っ赤な玉。尾を引いて流れるようにこちらに迫ってくる。あまりにも美しい光景に皆息を呑む。


 パッと一瞬、昼間のように明るくなり、目を瞑る。すると火の玉は僕達の頭上を通り越して、どこかへ行った。


「隕石か?」

「動画撮れば良かった」

「何あれ」


 様々な声が聞こえる中で、僕は昔踏みつけたバラの花のことを考えていた。


 あれは小学一年生くらいの時だったろうか。興味本位で庭にある真っ赤なバラを一本取り、花弁を思いっきり踏みながら床に擦り付けたのだ。花弁はみるみるうちにボロボロになり、その色彩だけが強く目に残った。

案の定、翌日おばあちゃんに思いっきり怒られたのだが、どうして今、そんなことを考えるのだろうか。



 ヒロキはスマホでSNSを開き、「ここ以外にも降ったらしいぞ」と言ってすぐ、皆のスマホから一斉に地震速報が鳴る。あの、不協和音の後、「地震です」の声が幾重にも響く。


―――揺れる


そう思った時、それは来た。


「地震だ」

「でかいぞ」


 確かにでかい。震度四はあるのではないか。

「きゃあ」と言い、ミオがヒロキに捕まる。何人か座り込んでいる。


 僕はそれよりも頭上が気になっていた。


「影?」


 頭上に巨大な影があった。それは夜の星空よりも暗く、とてつもない黒色だった。周りに稲光を携え、こちらに向かってきている。


―――何だあれは?


 と思った途端、空から何か、光るものが降って来た。


 ドーンとでかい音が鳴り響く。


―――ミサイル?


「見に行くぞ」というヒロキの掛け声で、男子数人で街を一望できる鳥居の前へ向かう。すごい人だかりだ。


「すいません」と言い、人をかき分けて街を見下ろすと、街の大半の電気が消えて、その代わり、燃えている。街の外側から中心部にかけて黒く焦げているのが、燃えている火の光で分かる。


―――何だこれは。


 また空からチカチカと光るものが降ってくる。今度はこちらに迫ってきている。


「これはやばい」


 人間、本当のパニックになるとフリーズするらしい。大勢が空を見上げて立ち尽くしたままだ。残念ながら僕もその一部で、「死んだな」と思ったのだ。走馬灯のように人生を振り返る。薄いけど楽しい人生だったなあと考えていると、ヒロキが僕の腕をぎゅっと掴んだ。その手は震えている。そういえば、今でこそリーダーシップを発揮しているが小学校低学年くらいまで、一番泣き虫だったのはヒロキだったのだ。今でも弱い感情とかあったりするのだろうか。と思うと頭が急速に動き出し、とっさに喋る。


「おい、ヒロキ。逃げようぜ、ここから」


 逃げるぞ!と大声で僕は叫ぶ。叫び慣れてないせいか声は掠れる。するとゆっくりと恐怖を思い出したかのように皆が鳥居から山の方へと逃げていく。


 逃げろ!ここから、今すぐに逃げろ。


 段々と光は大きくなり、激しい轟音を立てながら、僕たちがさっきいた場所で爆発した。その勢いで僕らは飛ばされる。


 ごん、と鈍い音を立てて何かにぶつかった。


 逃げろ!ここから、今すぐに逃げろ。という声をリフレインしながら、僕の意識は遠くなっていった。



 




 

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