第4話

 先代の劇団長は、弟の方に才能を見いだし跡を付かせた。

 出来のいい弟……しかも双子だ。兄は会計士という裏方を担当することとなった。

 さて、兄は劣等感を抱きそうなものだ。同じ顔をしたものがステージに立ち、人々の注目を集め……自分はといえば、裏で数字を見ているだけ。

 パトロンたる支配人の老人は、弟の頼みであれば劇場を新築してくれるぐらいだ。

「あの日、何かあったのか――」

 オレンジ女史はメモを取り始めようとペンを取った。

「今から話すのは、たわいのない推測に妄想だ。本当かどうかも判らない。

 それは、こけら落としのショーの最中または始まる前かもしれない……会計士と団長の双子はケンカをした。

 他の団員はいつものことだと、気にも止めなかったであろうが、その日は激しかった。

 そして、兄は手をかけてしまった。それが頭部の傷だ。その時はまだ息があった。

 だが、これからショーが始まり、弟はタップダンスをするために舞台に立たねばならない。こけら落としで、パトロンたる老人も来ている。

 ここで会計士の兄は考えた。

 いつ気が付くか判らない。気が付かなければ……いや、それ以上に、こんな傷害事件を起こしたのだ。シアターが中断しかねない。

 支配人は当然激怒し、劇団への資金援助は絶たれるかもしれない。弟がいたからこその資金源だ――」

 私は、会計士が思ったことを口にする。

「立たなければ。舞台に――」

「それで、タップダンスを披露したと? 会計士の兄が?」

 オレンジ女史の問いに頷いて見せた。

「手ほどきは親から受けていたはずだ、子供の頃から。それは素人には……その劇場に見に来た人物達を騙すことには十分だった。

 ただ、ひとりを覗いて――」

「支配人……耳が敏感になっていてそれを見抜いた。そして、疑問に思ったことを口にした。あの時、舞台に立っていたのはお前かと――」

「――当然、口論になるだろうな」

 彼女のメモが止まる。そして、血の気が引くような顔を私に向けてくる。

「スミスさんは……つまり、老人の死には、会計士の兄が関わっていると?」

「最初にいっただろう。たわいのない推測に妄想だ。そして、証拠はない」

 そう証拠はない。会計士のその日からのアリバイも調べていない。

 歩き回り、情報を調べたいが、私はこの都市にある大使館付武官。それに、脚の治療に来た病人だった人間だ。

 警察の人間でもないし、捜査する権利もないが……興味本位という話では、目の前のオレンジ女史が食いついてくるかもしれない。

「推測ですか――

 ですが、こけら落としの日にふたりも死んでいるのが、偶然なんて……私は思いません!」

 メモもペンもコートのポケットに仕舞うと、慌てて立ち上がった。


 ――私の脚代わりに動いてくれるかな。


「お茶、ご馳走様でした。

 あとひとついいですか? ショーの途中で弟は、意識を取り戻さなかったのでしょうか?」

「どうだろうか――」

 私は少し濁した。だが、だいたいの憶測は付いている。

 彼女の指摘通り、弟は気が付いたのだろう。

 朦朧とした意識の中、誰も来ることのない暗い地下室で。

 自分がどこにいるか分かった弟は、手探りで部屋を脱出した。階段をゆっくり踏みしめ上がり始めた。だが、どこかの途中で階段を踏み外し、転がり落ちた。気付かれず今度は、首の骨を折り、亡くなってしまった。


 それは不幸なのか、誰かの殺意があったのか。


 私は前者であって欲しい。これ以上殺人者を増やさないためにも――



〈了〉

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真新しい靴がステップ~灰色の習作~ 大月クマ @smurakam1978

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