第3話

 私、ジャン・スミスは新人を引き当てるのが、運なのかもしれない。

 下宿の同居人アトルシャン・ミックス君は、20代前後で経験の浅そうな雰囲気を醸し出している。だが、年齢のせいか、少々子供っぽいところを除けば、彼の頭の回転は速い。もっと経験を積めば、立派な工作委任でもなりそうなものを――

 そして、目の前に現れた女性も、同じぐらいの年齢であろう。

「オレンジといいます」

 癖の強い赤毛の女性が、私を新聞社から追ってきていた。

 見た目で判断はしてはいけないが、黒縁メガネにソバカス、薄いブラウンのレインコート……あか抜けない顔をしている。それがあの新聞社の私への回答であろう。

 道端での立ち話は、私の治療した脚に負担が掛かる。

 近くのカフェで座って、話をすることとした。

「あの元劇場の支配人の死亡事件について、ご興味がお持ちだと、編集長デスクから聞きました」

 妙にハキハキした彼女は、ペンとメモ帳をテーブルに並べると、私に子犬のような瞳を向けてくる。

「元支配人といったかね? マドモワゼル・オレンジ」

 確かに老人は劇団に投資をしていたが、あの劇場自体を所有していたのは初耳だった。

「イヤですわ。マドモワゼルだなんて。なんだか小っ恥ずかしい。それに私。結婚しておりますのよ」

「それは失礼したマダム。それで話の――」

「ええ、あの劇場は死亡した老人のものでした。こけら落とし初日の日に亡くなるなんて、可哀想な方。それよりも、演目は見られました? どうでしたか?」

演目シアターは――」

 あまり私の好みではなかったので、話を変えたい。

「――好みが分かれますよねぇ、あの演目は。刺激が強すぎるところもあるかと思います。

 劇団員も、反応が分かれていることは、解っているのかどうなのか。

 そもそも、あの劇団、仲は結構悪いみたいですよ」

「そうなのかね?」

「ええ、特にタップダンサーを見ました? 彼が劇団の団長です。

 前は家族経営でやっていた劇団を、双子の兄弟が引き継いだそうですが……彼らの代から、劇団員を増やして大きくなったそうです。

 ただ、その双子の兄は会計をやっていて……お判りでしょ?

 このふたりが特に仲が悪いそうです。

 特に金銭面で対立しているようで、劇団員の中には派閥が出来上がっているぐらいに――」

 オレンジ君はペラペラとよく喋る。

 彼女の印象はそんなところから始まった。

「ステップが違う。何のことだろうか――」

「それッ! 老人がいった言葉ですよね。どういう意味なんでしょう?

 目が見えない老人が最後のタップダンスを聞いて、何を感じて発したんでしょうか?」

 と、ペンをこめかみに当てながら、彼女はいった。

 整理すると、私が劇を見たときが劇場のこけら落としの時だ。

 その夜にタップダンサーの男は死亡した。劇場のこけら落としが、最後のステージになったということになる。劇場の支配人たる老人は、「ステップが違う」言い残し、その夜、事故により死んでしまった。

「ステップが違ったのは、新しい劇場だから、新しい靴を準備したからでしょうか?

 わたし、調べたんですが、靴屋で新品を頼んだことを――」

 と、パラパラとメモ用紙をめくる。

 だが、私は違う気がした。

「支配人は目が見えないところを考えると、耳は鋭くなっているだろ。

 靴が変わったからといって『ステップが違う』とはいわないのじゃないか?」

「こけら落としの舞台だから、サプライズでダンスを変えたとか――」

「ダンスを変えたか……何か意味があるのかもしれない。だが、その理由を聞こうにも、本人はその日の夜になくなったのだろ?」

「そうでした。しかし、不思議ですよねぇ。

 新しい劇場が出来たその日に、ふたりが亡くなるって、偶然にしては――」

 そう呟いた彼女の言葉に、私の頭の中にぼんやりとしていたものが、見えてきた気がしてきた。

「――偶然じゃないかもしれない」

「と、いいますと?」

「――大切なことを私は知らないのだが、タップダンサーはどこで見つかったんだ?」

「ああ……警察は黙っていますから――

 えっと劇場の階段です、地下室に降りるところで。状況からして、足を踏み外し転げ落ちたようです。地下の暗闇の中に……警察の話では、後頭部の強打と首の骨を――。

 地下室には倉庫になっているそうで……当日はショーに必要な分を機材を持ち出していたので、誰も近づかなかったそうです。だから、発見が遅れていたそうです」

 と、オレンジ女史はメモをめくり説明してくれた。

 見立て通り、警察の情報も新聞社がかなり持っているようだ。正式に発表されないことも。

「タップダンサーの正確な死亡時間は解っているのかい?」

「いえ、正確には判っていません。アルコールも入っていたそうですから。

 ショーに立っていたことを考慮されて、こけら落としの後とされています」

「アルコールか――気付けか何かに飲んだのか? それとも一仕事終えた乾杯?」

「だと思いますが、プロでも緊張するでしょうから――」

「マダムのことだから、いろいろと劇団員のことも調べているだろう?」

「まあ、多少は――」

 と、照れくさそうに笑う。

「これは……私の推測にしかないが――」

 前置きをしてから、私は頭に浮かんだことを話し始めた。

「会計士をしていた双子の兄は……前からずっと会計だったのか?」

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