第2話
老人が「ステップが違う」とつぶやいたことを忘れかけたころ、朝食を済ませ、日課である新聞に目を通していると、ある新聞記事に目がとまった。
――あの老人ではないか。
それは、とある老人の死亡記事だ。
老人は目を患っていたが、あの劇場の支配人をしていたそうだ。
記事をよくよく読んでみると、死亡したのはこけら落としが行われた夜のこと。自宅の階段から足を踏み外し、頭部を打撲。それによる死亡だという。発見されたのは翌々日の朝、前日の分の牛乳が玄関に置かれたままであった。それを不審に思った牛乳配達員と近隣住民が、警察に通報したとか。
それよりも記事は、老人には莫大な遺産があった事。それの行方を面白がって伝えていた。
記事によれば独身で情熱は
――世の中には酔狂な人もいるものだ。
そんなことを思いながら記事を読んでいると、あることに目が留まった。
遺産の受け取りは、劇団ではなく個人。それも最後に舞台に現れた、タップダンサーの男だということだ――劇団の団長であるというのだから、事実上、劇団に遺産は振り込まれることとなる。
ただ、彼が死んでいるという。
発見が遅れていたが、彼が死亡したのは、劇場のこけら落としの夜だというのだ。
――あの舞台が最後のステップというわけか。
では、老人の遺産はどうなるのだろうか。普通なら、タップダンサーの身内に行くのではないだろうか。それは誰だろうかと考えると、あの時、私が双子だと思った男の元か――
ただ……やはり、老人の言った「ステップが違う」という言葉に何か引っかかる。
――関わるべきではない。
と、私の中の大使館付き武官が言っている。あまりこの都市の警察には、関わりたくはない。諜報活動をしているのは、公然の秘密として、扱っていてほしいところがある。
こちらから接近するのは、いただけない……だが、好奇心には勝てない。
同居人のミックス君がいたほうが、何かと動きやすいかもしれない。
こういう時、彼の鉄道局情報部の身分が利くであろう。適当に口実を付けて、捜査に潜り込めるかもしれない。しかし、彼は出張中でこの街にはいなかった。
老人のつぶやいた言葉の真相を知りたければ、自分だけで動かなければならない。
※※※
私は警察に行くのは諦めた。だが、老人の愚痴の真実を知りたく、別の情報源を求めてやってきた。
「なるほど……お話は面白いですよ。ですが――」
「そうですか……お忙しそうなので、私はこれで失礼します」
そう新聞社だ。死亡記事は細かく書かれているし、老人の遺産についても調べられている。警察と同等か、それ以上の情報を持っているかも知れない。
ただ、新聞社に来ることなど……ましてや、記事を編集しているようなところには、来たことがなかった。怒号と煙草の煙が充満した部屋には、電話が鳴り響き、重大事件でもない相手にされないだろう。さすがに、私自身の身分を明かしたので、ガラスで仕切られた編集長室に案内された。が、私個人の興味に相手に出来そうもない感じだ。
――情報を得るのも難しいか。
顔見知りでも出来れば、私の諜報活動の助けになるかと思ったが……無理を押し通すわけにはいかない。所詮、老人の愚痴など取るに足らなかった事であろう。
結局、新聞社を後にすることとした。
ふと、出てきた新聞社のビルを見上げる。あの通された3階の編集長室の窓が見えた。
――こちらを見ているな。
隠れるようにコソコソと、見下ろしていたいる者がいる。
誰であるか……ここからでは距離があり、シルエットだけでは判断できない。大方、先程の編集長であろう。
あちらもこちらと同じように、情報を扱う人間だ。秘密裏な情報を得るパイプはほしいだろ。こちらから接触してきたのだから、今はくだらない事件かもしれない。だが、この先どんなことが起きるか――
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