第10話






 楓が、DWOの世界にやって来た。このことを僕は想像できなかった。1年の時彼女を誘い、断られてしまった経験がある。それ以降、僕は楓がVR空間に関心があまりないと思い込んでいた。


 だが、違った。楓は興味を持ち、VR世界に足を踏み入れた。……なぜ、僕の誘いを断った彼女が水瀬さんの誘いでVR空間へ来たのだろうか。理由は分からない。だけど、僕は楓と話す必要があると思った。だから何とかし……「レイちゃん、私と戦おうよ。全力勝負だよ」


 色々と考えていると、刀を手に持った水瀬さんがやって来て僕に向かってそう言った。……戦うってことは、模擬戦をしようということだろうか。でも、初心者の彼女が僕と戦えるのだろうか。


「か、か、彼女はトップランカーのDWOPVPプレイヤーですよ? 勝てるわけ、ありませんっ」


 隣にいた高橋が慌てて水瀬さんを止めようとする。しかし、彼女は彼の手を取り、ニッコリと笑ってこう告げたのだ。


「だったら、一緒に戦おうよ。2対1なら勝負になるかもしれないし」


 水瀬さんの言葉に、僕は目を見開く。……確かに、2人で協力すれば初心者でも僕の相手を出来るかもしれない。水瀬さんは僕と戦いたがっているみたいだし、楓が戻って来るまでの間なら……。


 手を握られて頬を赤くしている高橋と、笑顔を見せる水瀬さん。そんな彼女たちを見ていたら、不思議とやる気がわいてきた。









 

 一瞬の間が訪れる。そして次の瞬間、2人は同時に動き出した。互いに僕との距離を詰めていき、そして……刀を振り下ろした。二人の刀を、流れるように大剣を滑らせ防ぐ。火花が散り、衝撃音が鳴り響いた。初心者とはいえ、2人の同時攻撃を防ぐのはなかなか手ごたえがある。


「高橋君の言う通り、レイちゃん強いね。……勝つために、工夫しよう。私が主体となって戦うから、よさそうなタイミングで攻撃して」

「了解、先輩」


 何度か攻撃を防いできたところで、水瀬さんはそう言って前に出てきて、代わりに高橋が後ろに下がった。そして、刀を構えてこちらに突っ込んでくる。……なるほど、そういう戦法か。


 水瀬さんの一撃を受け止め、反撃しようと大剣を振るう。すると、彼女は刀をすっと引っ込めた。そして、反発力を利用して後ろに下がる。……その瞬間、衝撃を受けた。大剣に込めた力が行き場を失い、体勢が崩れる。そして、一撃が地面に激突し僕の手首に強いダメージを与える。そこへ、後ろから高橋の突きが飛んできた。僕は咄嵯に大剣に力を入れて体を回転させ、攻撃を避ける。


 右手が武器から離れてしまったため、左手で右薙ぎの斬撃を放ち反撃する。しかし、高橋のサポートに入った水瀬さんの刀に遮られ攻撃は失敗してしまう。この隙をついて二人はバックステップで僕から距離を取った。そして、水瀬さんが口を開く。



「今までずっとレイちゃんを見てきたから。ある程度動きを読めるんだ」

「そう……なかなか、やる」

「そう言う割には笑顔だね。長い間レイちゃんを見てきたけど、こんないい顔を見せてきたのは初めて」


 感心した様子の水瀬さん。見続けてきた、か。ただのクラスメイトだった僕をそこまで観察していたとは、恐れ入る。……だけど、そろそろ終わらせないと。楓が戻って来てしまう。


 水瀬さんが高橋に何か耳打ちをし、彼はこくりと小さく首を縦に振る。すると、再び彼女が前に出て、高橋が後ろに下がった。……今度は何をするつもりなんだ?


 水瀬さんが再び斬りかかってくる。僕はそれを受け止め、力を受け流し彼女の体勢を崩した。今度は横から高橋が攻撃してきたので、同じように受け流す。……しかし、彼は受け流された勢いを利用し、体をひねるようにして回転させながら刀で切りつけてくる。僕は大剣でそれを防ぐが……


「な、逆方向への回転?」

「レイさんの動画を参考にさせていただきました」


 武器の反発を利用して、逆方向へ回転する技。これは、攻撃の受け流しの応用。……まさか、僕が良く使う受け流しの技術を進化させたというのか。いや、違う。これは僕の大剣での一撃に対して有効な策だ。


「せやぁっ!」

「ぐっはぁ……」


 無防備な僕の右脇腹に強烈な斬撃が。さらに、体勢を立て直した水瀬さんの刀が僕の左肩へ振り下される。僕の体力ゲージが一気に減っていき、レッドゾーンへと突入した。しかし、まだ体力は残されている。受け流しを警戒しながら大剣を一振りし、二人から離れる。


 まさか、二人からメタを張られていたなんて。……これだから、ゲームは面白い。初心者には扱いづらい『刀』を二人とも選択していたのは、僕の大剣のパワーを逆に利用するためか。僕と戦うのに最適な武器だったというわけだ。


「……初心者二人を相手にここまで苦戦するなんて、悔しい」

「悔しそうには全然見えないけど。レイちゃん、嬉しそうだね」


 ……水瀬さんに、表情を指摘される。 僕としたことが、つい戦いに熱中しすぎてしまったようだ。でも、この熱を止めることはできない。この二人には、僕の強さを証明する価値がある。


「……これは、本気を出す必要があるみたい」

「え? 今まで本気じゃなかったんですか?」


 相手が初心者だから、心のどこかで遠慮しながら戦っていたのかもしれない。だけど、二人がここまでこちらを追い詰めてくるのなら話は別だ。僕の全力で迎え撃たないと。


 大剣を背中に担ぎ、深呼吸をする。そして、二人の方を向いてニヤリと笑った。


「これで、決める」


 僕はそう宣言し、地面を蹴る。まずは高橋に狙いを定め、大剣を横に一閃。彼は僕の攻撃を刀で防ごうとするが、それはフェイント。背後に回り込み、渾身の一撃を放つ。何とかギリギリのところで反応した彼だが、体制が崩れてしまう。


「もらった」


 まずは一振り。高橋に大きなダメージを負わせる。二つ目の攻撃を加えようと、一歩踏み出す。その瞬間、反射的に後ろを振り返る。そこには、水瀬さんの姿があった。彼女は刀を上段に構えて、僕の脳天めがけて振り下ろしていたのだ。


 次の一振り。刀を防ぎ、そのまま水瀬さんにも一撃を加え、大きく吹き飛ばすことが出来た。彼女の受け流しに対して、それを上回るパワーをぶつけた結果である。


 1人になった高橋に向かい、連続で大剣を振るう。防御するので精いっぱいの様子の彼は、少しずつ体制を崩していく。そして、ついに彼の体は宙に浮いた。そこへ追撃の一撃を加える。


「ま、参りました……」


 地面に倒れ伏した高橋。そして、僕は水瀬さんの方を見る。彼女は刀を鞘に納めると、ゆっくりと歩いて僕の前に来た。


「私の負けだよ、レイちゃん」

「……お疲れ様」

「レイちゃん、強かったよ。でも、私の方がもっと強くなってみせるから」

「楽しみにしてる」


 水瀬さんが差し出した手を握り、握手を交わす。こうして、僕たちの特訓は終了したのだが……



「……悔しいです」


 倒れていた高橋が。ぽつりと言った。彼は、水瀬さんに手を差し伸べられて立ち上がる。


「後少しだったはずなのに、レイさんが急にガチの本気になって手も足も出なくなっちゃった……」


 高橋はそう言うと、刀を杖代わりにして膝をつく。相当落ち込んでいる様子だ。そんな彼に水瀬さんが近づき、肩を抱く。


「レイちゃん、あんなに本気になっちゃったんだもん。仕方ないって」

「初心者相手なのに……」

「僕を楽しませた二人が悪い」


 二人の元へ行き、水瀬さんと同じように彼らの肩を抱いた。すると、二人は顔を見合わせて笑う。それにつられ、思わず僕も笑みを浮かべてしまった。……こういうのも、悪くない。


「そういえば、高橋君。どもりがなくなってるけど、コミュ障治ったの?」

「コミュ障って……ハッキリ言いますね、先輩」

「ごめん。それで、どうなの?」

「さっきの戦いで、緊張が解けました。しばらくの間は普通にしゃべれると思います」

「そっか。良かったじゃん」

「はい!」


 高橋は、水瀬さんに対して満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、とても眩しい。


 そういえば、緊張が解けてるのは僕も同じか。いつもより二人と話せてる気がするし。二人に対する警戒も解けてきているかもしれない。……どうしてだろうか。


 理由を考えてみると、答えはすぐに見つかった。二人は真剣に僕と向き合っていたからだ。余計なことなど考えず、ただひたすらに僕を攻略することに主眼を置いていた。そんな彼女達だったからこそ、僕は心を開いて接することができたのだろう。


……すべて、分かった。必然だったんだ、楓と疎遠になってしまったのは。環境が変わり彼女との接点が減ってしまってから、真正面から彼女と向き合う事が怖くなって避けていた。そんな僕の心を、楓はしっかりと見抜いていたのだ。だから、彼女は僕から離れていった。


 楓に真っ向から立ち向かうべきだ。もう逃げてはいけない。僕は覚悟を決める。絶対に、楓との仲を取り戻してみせる。気が付いたときにはもう走り出していた。


 僕は走る。彼女の姿を求めて、ただ駆け抜ける。弓の練習場に向かって、僕は走る。そして、ようやく見つけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クーデレVR配信っ娘の話 @atla-tis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ