第5話 新しい獲物

 ノックをする音が聞こえた。

 私は気だるさが残る体を無理やりベッドから起こし、椅子にかけた祭服を手に取って素肌に羽織った。

 ドアを開けると、入ったばかりの修道女が立っている。

 名前はたしかソフィー。

 小柄でまだ顔に幼さが残っている。

 12、3歳くらいか。

 ここへ来て半年経つか経たないかぐらいのはずだ。

 女にもなっていない少女が『神の花嫁』になるとはいうのはなんとももったいなく感じてしまう。

「どうしたの。ソフィー」

「レノー審問官。カトリーヌ司教がお呼びです」

 ソフィーは下を向いて目を合わさない。

 その姿は怯えているように見える。

 私が怖いのだろうか。

「すぐに参りますと伝えて。ありがとう」

「いえ」

 ソフィーが顔を上げ、はにかむように微笑んだ。

「ソフィーはお勤め熱心でとてもよく頑張っていると司教がほめていた。これからもその調子で頑張りなさい。きっと女神さまのご加護があるわよ」

「ありがとうございます」

 ソフィーの頬がポッと赤くなった。

 かわいい。

 思わず抱きしめたくなる。

 まだあどけない顔をしているが、あと数年もしたら、間違いなく美人になるだろう。

 できることなら、私の手で育てて好みの女にしたい。

 もっとも司教がそんなことを許さないだろうが。

 去ってゆく小さい背中を名残惜しく見送ってから、ドアを閉めた。

 ベッドの中で動く気配がする。

「ミッシェルさま、どこかへ行かれるのですか?」

 布団の中から女が顔を出す。

 鼻にかかった甘えるような声を出して媚びるような目をしている。

 歳は28。

 成熟した男を知っている女特有の脂がのった体をしている。

 反応もいい。

 抱きがいのある女だ。

 名前は……。

 名前などどうでもいいか。

 どうせ近いうちに火炙りになる女だ。覚えてもしかたがない。

 夫がこの女を魔女だと告発した。

 私が最初に取り調べたときは自分が魔女であるといことを頑強に否定していた。

 だが、女が魔女だという証拠はあった。

 女が夜中に森の中で悪魔たちと踊り狂い性交を重ねているのを見たという近所の者たちの証言。

 家の使用人たちの女が家の裏庭で聞いたこともない言葉で誰かと話しているのを聞き、その時の女の顔は悪魔のようだったという証言など。

 どれもが夫の知り合いや雇われている者たちばかり。

 告発した夫と利害関係があるものばかりの証言で信用性はあまりない。

 公平な目で検討するならば、女は魔女ではないという結論になるだろう。

 おおかた妻の体に飽きた夫が若い愛人でも作り、邪魔になった妻を合法的に葬りさろうとして、でっちあげたというのが真相だろう。

 夫は手広く商売をしていて、この教会にもよく出入りしている。

 司教にはそれなりの賄賂を渡しているはずだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 魔女だと告発された者に自白をさせ、処刑執行人の手に渡す。それが私の仕事。

 なにが真実かなど関係ない。

 どんな手を使ってでも自白さえさせればいい。

 魔女だと一度告発されれば、助かるすべなどない。

「司教に呼ばれた」

「戻って来られますか」

 女がいじらしい声を出す。

「戻ってくるよ。それまでにシャワーを浴びておきなさい。その汚れた身をまた清めてあげる」

「はい」

 女は嬉しそうな顔をした。

 自分がこれからどうなるかは女もよくわかっているはずだ。

 それなのに、こんな顔がよくできるものだ。 

 シャワーを浴び、祭服を整えて部屋を出た。


 カトリーヌ司教が待つ謁見の間に向かう。

 王でもない一司教風情が自分と会う部屋を「謁見の間」というたいそうな名前を付けるなど不遜にもほどがある。

 だが、どこの司教も多かれ少なかれ同じようなものだ。

 不遜で傲慢、欲の塊のものばかり。

 私は謁見の間に入ると、カトリーヌ司教の前まで進み片膝をついた。

 カトリーヌ司教が数段上の玉座の椅子に座り、悠然と見下ろしてくる。

 その姿はまるで女王様のようだ。

 司教の服を着ていなければ、顔に深いしわを刻んだ50過ぎのババアにすぎないが。

「お呼びということで参りました」

「また、異端の告発があった」

 カトリーヌ司教は眉間にシワを寄せ、いかにも困ったというような表情をしてみせる。

 内心では懐がまた膨らむと喜んでいるくせに。

「では、今から捕縛に参ります。どこのものですか」

「ロラン男爵の令嬢フランソワととマラー商会の三女ミッシェル」

「二人もですか?」

 サバトを行っていたということで多数の魔女が一度に告発されることはあるが、それ以外で複数の魔女が同時に告発されることは珍しい。

「オモセクシュアリテの罪だ」

「そうですか」

 二人はレズビエンヌということか。

「一人では無理か?」

 異端者が多数の場合は複数の審問官で捕縛に向かうこともある。

「いえ。大丈夫です」

 たかが小娘二人。私一人で十分だ。

 それにこんな美味しい獲物たちをほかの者に渡すなど考えられない。

「そうか。しかし、嘆かわしい。次から次へとよくこんなに異端者が出てくるものだ。これもわたくしの信心が足りないためかもしれない」

 カトリーヌ司教は白々しいため息をつく。

 何が信心だ。

 一番の異端者はカトリーヌ司教自身ではないか。

 女神アプラディートを崇拝するアッレシアス教の教義では、聖職者になれるのは女だけ。

 聖職者は世俗の欲を捨てたと言っても、しょせんは人間。すべての欲望を捨て去るのは不可能だ。

 金銭欲や性欲もその一つ。

 特に、性欲は女の聖職者にとっては、一生封じこめなければならないもの。

 女は性欲が無いように世間では言われるが、そんなのは嘘っぱちだ。

 それは女の聖職者も当然にある。

 女のみの教会において性の対象は必然的に同性ということになる。

 同性愛は異端だと言いながら、カトリーヌ司教は未熟な修道女の心を浄化するためという名目で自分好みの若い修道女を食いまくっている。

 あのかわいいソフィーが餌食になるのも時間の問題だろう。

 カトリーヌ司教は性欲だけでなく金銭欲も旺盛。

 多額の賄賂を受け取って無実の者を魔女だとして処刑し、その金で贅沢三昧をしている。

 カトリーヌ司教自身が魔女ではないのかとさえ思える。

「では、すぐ二人の家へ捕縛に向かいます」

「待ちなさい」

 立ち上がろうとした私をカトリーヌ司教が止めた。

「もう家にはいない。捕まることを恐れて逃亡したらしい」

 普通は私たち審問官が捕縛に行くまで厳重に監禁しているはずなのに。

 貴族や金持ちのすることはわからない。

 逃げるとしたら国外だろう。

 国内ならすぐに捕まることぐらい本人たちも分かっているはずだ。

 国外に出られると、教区が変わってしまう。

 異端審問官の担当区域は所属する教区内に限られている。

 国外へ逃げられたら、私が捕まえるのは不可能になってしまう。

「では、すぐに追います」

 せっかくの獲物をみすみすのがすのは惜しい。

「焦ることはないだろう。国境は朝まで開かない。夜明け前に行けば充分だろう。ところで、ブノワ・メラニーはどうした?」

「ブノワ・メラニー?」

 一瞬、カトリーヌ司教が誰のことを言っているのか分からなかった。

 だが、すぐに私のベッドの中にいる女のことだと思いいたった。

「自白しました」

 火あぶりになることが分かっていて、自分が魔女だと簡単に認めるものはいない。

 メラーニも初めのうちは魔女であるということを絶対に認めようとはしなかった。

 だが、どんな強情な女でも私たち異端審問官の手にかかれば赤ちゃんのようなものだ。

 たっぷり時間をかけて尋問してやれば、自分が魔女であることを必ず認める。

 メラニーも例外ではなかった。

「では、速やかに報告書をあげるように」

「分かりました」

 異端者に裁判などない。

 自白した旨の報告書を審問官が書きあげ、それを読んだ司教が刑の執行を命じて終わり。

 告発された者は弁明の機会を一切与えられず、全身を焼き尽くされ灰にされてしまう。

「明日の夜明け前には国境に着くように。警備隊には、わたくしから知らせておく」

「承知しました」

 私は謁見の間を退出した。


 今度の二匹の獲物はヴァージンだろう。

 籠の中の鳥である育ちのいい未婚の男爵令嬢や豪商のお嬢さまが男を知っているはずがない。

 私は舌なめずりをした。

 異端者に対する審問官の尋問方法は拷問が主だ。

 異端者が男であろうと女であろうと鞭打ち、吊るし責め、体中に針を刺して苦痛を与える針責めなど様々な方法で肉体を痛めつけて自白を迫る。

 それでも自白しない場合、私は異端者を快楽責めにする。

 私は女の異端者専門の審問官だ。

 女は肉体の苦痛だけではなかなか堕ちない。

 体に苦痛をたっぷり与えてから、たっぷりと肉の快楽を味合わせてやる。

 女の身を持つ私は女の体の弱点を知り尽くしている。

 どんなに強靭な精神を持っててもこれまで堕ちなかった女はいない。

 部屋に戻ると、メラニーが布団の中から顔を出した。

「ミッシェルさま〜」

 甘えたこえをだし、手を伸ばしてくる。

「可愛がって欲しいのか?」

「はい」

 欲望に満ちた目で私を見てくる。

「まるで盛りのついた牝犬だな」

「意地悪。ミッシェルさまがこんな女にしたんです」

 メラニーが拗ねたような顔になる。


 最初はメラニーも頑なに魔女であることを認めなかった。

 手初めに鞭でさんざん打ちのめしたあと、たっぷりと肉体に快楽を与えてやった。

 口と指を使い体じゅうを愛撫してやる。

「いやだ」とか「やめて」とかメラニーは激しく拒絶の言葉を口にした。

 だが、夫に長い間放置されていた熟れた体は素直だ。

 二人の子どもを産んだ部分がだんだん潤ってくる。

「感じてるんだ?」

「違う」

 メラニーは必死に否定する。

 だが、体を可愛がり続けてやると、ふしだらな声を張り上げ、歓喜の頂上へ達した。

 肉の悦びを思い出した人妻を堕とすのは簡単だ。

 三日三晩休みなく責め続け、快楽の極致を数えきれないくらい味合わせてやった。

 成熟した体を嬲りつくし、恥辱と悦楽にまみれた水分がカラカラになるまで絞りとってやる。

「もう無理。これ以上続けられたら死んじゃう」と、メラニーは泣き狂う。

 私はその姿を嘲笑い、精も魂も尽き果て死んだようになってもメラニーの体を許さず、一瞬の安らぎさえも与えずに痛ぶり続ける。

 メラニーは快楽地獄にのたうち回り、抵抗する気力も死への恐怖さえもだんだん失っていく。

 身も心も私に屈服するまで責めをやめない。

 完堕ちしたメラニーは自分が魔女であることを認め、さらに火炙りになるまで自分の体を私のオモチャにしてくださいと土下座して頼んでくるまでになった。

 望み通り私の気の向くままにオモチャにして、たっぷりと楽しんだ。

 そろそろメラニーの体にも飽き始めていた。

 そんなとき、新しい獲物がでてきた。

 明日にでもメラニーを処刑執行人の手に渡すことにしよう。

 処刑執行人はハイエナの集まりだ。

 審問官の拷問により自我をほとんど喪失した異端者に正常な精神を失うまでありとあらゆる陵辱を加え、心と体を貪り食らう。

 生贄が完全に正気を失うと、一糸纏わぬ姿で町中を引き回し、ようやく火にくべる。

 犠牲者は自分が焼かれていることも分からないまま灰となる。

 そんな哀れなメラニーのために、極上で甘美な最後の晩餐を与えてやろう。

 私はメラニーの上に覆い被さった。

「今日は今までにない最高の夜にしてあげる」

「嬉しい」と言ってメラニーは私をきつく抱き締めてきた。

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親友(♀)に恋する男爵令嬢とノンケの商家のお嬢さま 青山 忠義 @josef

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